おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

文字の大きさ
上 下
78 / 205

78.多難なる旅路

しおりを挟む
 高い船券を買っただけあって、船は沈没することなく大海原を進んだ。
 海から魔物が現れても船の乗組員が颯爽と退治してしまう。
 当たり前のことなのに、なぜか感動した。
 このまま順調に行けばあと3日ほどで船は目的地に到着する。
 目的地である港町ラブカはなんの特徴もない普通の港町だ。
 当初南国の楽園バーメイを経由して別大陸に行くつもりだった俺だったが、ボロ船が難破してしまったおかげで少しルートがずれてしまった。
 岩の町リングドラムから別大陸に向かうのならば、ラブカまで船で行ってそこからは陸路で半島の先端まで行くのが最短ルートだ。
 当初の予定よりも海路を移動する距離が短くなってかえって安全かもしれない。
 この世界の海は危険だし、船に乗る時間は短いにこしたことはない。
 それに港町ラブカの近くには、迷宮都市と名高いドラゴニアという街がある。
 街の名前と同じドラゴニアの名が付いたダンジョンがあることで有名な都市国家だ。
 その名の通り、ドラゴニアダンジョンは出てくる魔物がすべて竜種という珍しいダンジョンだとミルファさんから聞いたことがある。
 近くに行ったら一度寄ってみたいと思っていたところだ。
 ラブカはたぶん男爵領と大差ない田舎の港町だろうから、昼だったらその日のうちに町を出て夜だったら一晩だけ泊まってさっさとドラゴニアに行くとしよう。
 男爵領にそんなものはいるわけないので俺はドラゴンを見るのは初めてとなる。
 少しだけ怖いような、でも楽しみなような複雑な気持ちだ。
 あと3日ボロ船とは大違いの快適な個室の船室でのんびり過ごして、SNSでドラゴンの情報でも集めるとしよう。





「え、降りられない!?」

「ええ。すみませんがラブカで疫病が発生しているらしく、少し沖合いで様子を見ようと思います」

 ドラゴンの情報も結構集めてさあダンジョン行くぞと思ったらこれだ。
 まったく、異世界はままならない。
 このままではせっかくラブカの近くまで来たのに、船は別の町に行かざるを得なくなってしまうかもしれない。
 なんとかしてラブカには上陸したいところだ。
 どんな病気でも多分神酒は治すことができるだろうが、また聖者だとか勇者だとか騒がれると近くにあるというドラゴニアに向かうときの妨げになってしまいそうだ。
 姿は隠して、とりあえず様子だけでも見にいってみるとしよう。
 俺は神の苦無威を握って隠密能力を発動し、海の上を空歩の魔法で駆け抜けた。
 船が停泊していたのはラブカの沖合い3キロ程度の位置だったようで、すぐに港が見えてきた。
 港には大きな白い旗が掲げられていて、それが停泊不可の合図になっていたらしい。
 俺は船員じゃないので分からないが、旗の色か何かが疫病を表す符号になっているのだろう。
 停泊の禁じられた港は閑散としていた。
 地元の漁船なども何日も船を動かした形跡が無い。
 疫病は相当深刻なものらしい。
 隠密能力を維持したまま町を散策していく。
 町は人が全くいなかった。
 普段ならばそれなりに人の出入りがありそうな酒場なども固く扉を閉めて板で隙間を塞いでいる。
 家の中には人がいる気配はあるから、おそらく病気が移るのを恐れて皆家に引きこもっているのだろう。
 病気の人たちはどこにいるのだろうかと空気の匂いを嗅いでみると、風上から人の匂いが強く感じられた。
 俺は風上のほうへ歩いていく。
 町の中心部から少しはずれた場所に、人の匂いが強い建物があった。
 おそらく病人が集められているのはここだ。
 建物には大きな十字架が掲げられていた。
 教会か。
 教会には良い思い出が無いな。
 ステルシア聖王国で見た教会上層部の暴走を思い出して俺は顔をしかめた。
 ここはステルシア聖王国から遠いし、あそこまで腐ってないといいのだが。
 開け放たれた窓から、教会の中にお邪魔する。
 予想通り教会の中には多くの病人がいた。
 病人たちの症状は高熱と全身に水ぶくれのようなイボか。
 素人目だが、天然痘に似ているような気がする。
 日本でも昔は疱瘡と呼ばれて猛威を振るった感染症だ。
 ここは異世界だから同じ病気かは分からないけれど、危険な病気だっていうことはビンビン伝わってくる。
 病人たちの世話は3人のシスターが行っているようで、あちこち走り回って水を飲ませたり汗を拭いたりと甲斐甲斐しく動き回っている。
 この教会の主であろう神父も、病人たちに必死で回復魔法をかけて回っていた。
 60代くらいの好々爺然とした神父だ。
 聖王国で政争を繰り広げているような腐れ坊主じゃなさそうで少し安心する。
 しかし神父は相当無理をしているのか、目の下にはクマが出来て今にも倒れそうな顔色をしていた。
 魔力ももう残っていないのに無理矢理搾り出しているような状況だ。
 病人よりも先に神父が御臨終してしまいそうだな。

「神父様、少し休憩を取ってください。神父様が今倒れてしまわれたら、病気に苦しむ人たちも助かりません」
 
「そうだね。少し休憩を取ることにする。君たちも休みなさい」

 さすがに神父の顔色が悪すぎるのに気がついたのか、一人のシスターが神父を休ませる。
 シスターもみんな疲れた顔をしているし、みんなで休憩を取るようだ。
 ちょうどいいので全員分のお茶に神酒を混ぜておく。
 これで神父とシスターが倒れることはないだろう。
 あとは病人の横に置かれている水差しにも神酒を入れておくか。
 これでここにいる病人は回復するはずだ。
 町中の井戸にも神酒を混入させておけば直に疫病も終息することだろう。
 少し作物の生育に異常が出てしまうかもしれないけれど、マイナスの異常じゃないから問題は無いと思う。
 さて、船に戻るとするか。

「あれ神父様、顔色が……」

「君たちもずいぶんといい顔色になっているよ」

「なんだか疲れが吹き飛ぶようです」

「このお茶、特別なものなんですか?」

「いいえ、普通のお茶です」

「これも神の思し召しかもしれないな。私たちの行いを、神は見ていてくれたらしい」

「「「ああ、神よ……」」」

 まあ、神の思し召しかもね。
 神器だから。
 神は多分人々の苦難を爆笑しながら見てるよ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

スキル「超能力」を得て異世界生活を楽しむ

黒霧
ファンタジー
交通事故で死んでしまった主人公。しかし女神様の導きにより、異世界に貴族として転生した。なぜか前世の記憶を持って。そこで超能力というスキルを得て、異世界生活を楽しむ事にする。 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

処理中です...