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66.おっさんと少年

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「なぜ、魔法を教わりたいんだい?」

「俺、他のみんなより弱いから……」

 その言葉で大体の事情は察した。
 この国は獣人の国だ。
 人間も排斥されるわけではないので住み着く人もいるだろう。
 だけど圧倒的に獣人のほうが数が多い。
 それは孤児院の子供たちも同じこと。
 おそらく少年の周りはみんな獣人の子供なのだろう。
 獣人は子供でも身体能力が高い。
 おおかた他の子供たちと自分を比べて弱いから何かで補わなきゃとでも思っているのだろう。
 でもおっさんは生まれ持った身体能力なんかよりも、植物図鑑を見て薬草を憶えたり老齢の院長先生を気遣って芋を洗ってあげたりするほうが大事なことだと思うけどね。
 まあ適当に着火の魔法でも教えてやれば気が済むだろう。

「いいよ。おっさんが魔法を教えてあげるよ」

「ホントか!?」

「ああ、対価は今日の夕ご飯奢ってくれるだけでいいから」

「おっさん、子供に見返りを求めて恥ずかしくねーのかよ……」

 おっさんは今日の晩御飯を手に入れた。





 少年は名前をカールといい、今年で11歳になるのだという。
 おっさんもそんな名前のスナック菓子が好きだったよ。
 今はもう食べることができないけどね。
 神のスマホで確認したけどお菓子を出せる神器は存在しないようだ。
 あったらすぐに飛んで行って神酒を対価にお菓子大人買いしてたんだけどな。

「いいかねカール君」

「なんだよおっさん」

「君、人にものを教わる態度じゃないね。俺のことは先生と呼ぶように」

「わ、わかったよお……先生」

「よろしい」

 俺は魔法の基礎を説明していった。
 初級魔法を使うことは神樹の実を使わなくても実はそれほど難しくない。
 魔力を使って空中に単純な記号を描くだけだ。
 俺はまずやってみせる。
 丸描いてチョンって感じの記号を空中に魔力で描く。
 俺の指先に小さな火が灯る。
 俺のは少しアレンジしているので青い火だが、普通の赤い火は本当に単純な記号なので魔力操作が得意では無い人でも頑張ればできるはずだ。
 俺は神巻きタバコを咥え、指先の火に近づけて着火する。

「ふー、とまあこんな感じ」

「わかんね」

 だろうね。
 魔力を感じ取る感覚が鈍い人には空中に描かれた魔力の記号なんて分からない。
 カールには何の前兆もなく俺の指先から火が出たように感じられたはずだ。
 そもそも俺のように魔力が目に見えるような感覚を持っているほうが珍しいことなので、普通は魔法陣を大体の感覚で描く。
 だからこそ魔法の上手い下手があるわけだ。
 初級の魔法が出来ない人はよっぽどだけどね。
 
「いいかね、これが着火の記号だよ」

「へー、こんなのが」

 俺は地面に着火の記号を描いてカールに憶えさせる。
 
「ようはこの記号を空中に魔力で描くことができれば着火の魔法が発動するわけだ。いいかね」

「魔法ってそういうものなんだ」

「まあ簡単そうに見えて結構難しいと思う。やってみて」

「わかった」

 カールは人差し指をじっと見つめてぐっと力む。
 うーん、全く魔力を感じない。
 というか魔力がどんなものかもピンと来てない感じだ。
 まずは魔力というものを身体で体感してもらったほうがいいかもな。

「カール、魔力っていうのは力んでも出てくるものじゃない」

「じゃあどうしたらいいんだよ」

「たぶん口で言っても分からないだろう。魔力っていうのは生まれてこのかた動かしたことのない手のようなものなんだ。手の動かし方なんて説明できないだろう?」

「そうだな」

「だからまずは俺がカールの魔力を少しだけ触ってみる。そうしたら、魔力っていうのはここにあったのかっていうのが分かるから」

「なんだか分からないけどそんなことができるなら頼むよ」

 俺は頷き、カールの魔力を探る。
 魔力っていうのは血液のように決まった臓器で作られるようなものではない。
 感覚で言うのなら魂から生えた触手から滴る粘液のようなものだ。
 その魂から生えた触手によって、空中に粘液で魔法陣を描くわけだ。
 俺の魂の触手によって、カールの魂の触手に触れる。
 カールはビクリと震えた。

「な、なんだこれ」

「わかったかい?」

「あ、ああ」

 カールはゆるゆるとだが、魔力を動かして見せた。
 やはり、その存在を感じることができれば人は不思議と魔力を操る方法を察する。
 カールは不恰好ながらも自分の魔力を使って空中に着火の魔法陣を描いてみせた。
 ボボボボという不安定な火がカールの指先に生まれる。
 これで一応カールも魔法を使えるようになったわけだ。

「成功だね。1食分の教導は終了しまーす」

「え?これで終わり?」

「夕食1食じゃこんなものでしょ。言っとくけど他で教われば銀貨が飛ぶから。おっさんはぼったくりなんてしてないから」

「そ、そっか……」

 まあ可哀想だけど本当の話だ。
 こんな子供騙しみたいな魔法を教えるだけで銀貨数枚取るところも珍しくない。
 世知辛い世の中やね。




「おっさん!」

「今度はなに」

 おっさんは今大変眠いんだ。
 昨日はギンコさんに朝までじっくりマッサージしてしまったから。
 大人のマッサージは体力を使うんだよ。
 いかに強化人間のおっさんであっても眠気には勝てないからね。

「この依頼、一緒に受けてくれ!」

「ん?どれどれ?」

 カールが持ってきた依頼書には、オークの討伐とあった。
 Dランク飛ばしてCランクの依頼じゃないか。
 こんなのおっさんとカールにはまだ早いよ。

「ダメ」

「なんでだよ!!」

「いや、明らかに力不足でしょ」

「そんなことないって、だって孤児院の友達がこの前オークを狩ったって言ってたんだ!」

「たぶん嘘じゃないかな」

「本当だって、オークの牙だって言ってこんなでかい牙を持ってたんだ!」

 カールは40センチくらいの長さを手で表す。
 オークってそんな大きな牙だったかな。
 オークはたしかに2足歩行の猪みたいな魔物だけど、牙はそれほど発達している印象が無い。
 どちらかといえば腕の筋肉のほうがゴリラのように発達していた記憶があるな。
 どうにもカールの友達の話は嘘臭い。
 だけどこの年代の子供に正論で諭したところで分かってもらえるかな。
 一人でオークを倒しに行ったりしたら大変なことになる。
 しょうがない、本物のオークを見るだけ見せてあげるか。

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