上 下
53 / 205

53.到着

しおりを挟む
 大きな船が何隻も停泊する巨大な港町。
 ここはエルカザド連合国で一番大きな港、キムリアナだ。
 元奴隷の獣人たち5000人ばかしを乗せた我らがビューティフルマリーベル号はやっと連合国に到着した。
 別に交易に来たわけではないので降ろす荷物は他に無い。
 甲板からタラップを降ろして獣人たちを降ろしていく。
 男爵領では別に獣人たちの生産活動を禁止したりはしていなかったので、それなりに荷物を持った人も多い。
 犬人族などの手先の器用な種族は特に荷物が多い。
 荷物の少ない銀狼族と大荷物を抱えた犬人族があちこちで諍いを起こしているのを、男爵領警備隊の兵士が宥めている。
 銀狼族と犬人族は前から思っていたが仲が悪すぎじゃないかね。
 俺は銀狼族であるルークさんに聞いてみる。

「銀狼族と犬人族は姿形が似ていますからね。ライバル意識があるのではないでしょうか。身体能力的には銀狼族の方が優れていますが、犬人族のほうが手先が器用ですし魔力もあります。お互いがお互いにコンプレックスを抱きあっているのだと思います」

 そういえば銀狼族は魔法があまり得意ではない種族だと以前聞いたことがあったな。
 銀狼族はなんでも器用にこなす犬人族を羨み、犬人族は圧倒的な身体能力を持つ銀狼族を羨んでいるということか。
 嫉妬というのは人間の感情の中でも結構根深いものの一種だからね。
 部外者の俺がとやかく言うような問題ではないのかもしれない。
 部族単体では付き合いやすい部類に入る人たちなのだ。
 犬人族は話せば分かってくれるし、銀狼族は殴れば分かってくれる。
 まあ個人差もあるけどね。
 ルークさんのように理知的な銀狼族もいれば、肉体言語でしか分かってくれない犬人族もいる。
 まあ諍いくらいは獣人の中では日常茶飯事だ。
 人間もだけど。
 対応は男爵領警備隊のみんなに任せて、俺はもう少し休憩をしていよう。
 今朝から男爵をエルカザド連合国の首都まで送って、少し疲れているんだ。
 男爵はアンネローゼさんの実家を通して、エルカザド連合国との密約交渉を行うらしい。
 交渉の内容としては王国を滅ぼしても自分の領だけは安堵してもらうことや、その後の貿易のことについてなど。
 こちらから差し出せるのは王国全土から解放した5000人の奴隷と元軍人の捕虜4名。
 アンネローゼさんとウルリケさんは男爵と一緒に首都に向かったが、ルークさんとアマーリエは船に残っている。
 5000人の奴隷も船からは降ろすが、港町に待機してもらう。
 要は人質ということになる。
 まあこちらの最低要求は通るんじゃないかな。
 あとはどれだけの内容を引き出せるかが男爵の腕の見せ所だ。
 男爵はそこまで欲張らないかもしれないけれど。
 せいぜい相互安全保障条約くらいか。
 それも連合国全土ではなく、男爵領とここの港町の。
 男爵領に停泊した連合国の船の安全を保障する代わりに、この港町に停泊した男爵領の船の安全を保障する。
 そのくらいだろうな。
 それ以上は男爵の権限が小さすぎて対等の条約を結べない。
 ただでさえ男爵は領民5000に満たない小領主だ。
 普通なら交渉の席にすらつけない。
 奴隷を解放して返す意思を示すことでやっと交渉のテーブルに座ってもらえるのだ。
 あまり欲をかくとろくなことにはならないだろう。
 男爵が欲をかきすぎるイメージができないので大丈夫だと思うが。
 念のため虫型ゴーレムの映像を定期的に見ておくか。
 アンネローゼさんとウルリケさんが一緒だから、男爵が無碍に扱われることは無いとは思うけど。
 アンネローゼさんのご両親は娘が出世して少し変わってしまったようだから、少しだけ心配だ。
 人質に銃口を突きつけるような意味を込めて、俺はこの港町を長時間離れるわけにはいかない。
 向こうはなんとかトラブル無く済んで欲しいけどな。
 結局、交渉ごとで俺にできることは多くない。
 この町でぼーっとしているのが今の俺に与えられた役目だし。

「おじさん、暇なの?」

「おじさんは暇じゃないよ」

「暇でしょ。どう見ても」

 そう決め付けて話しかけてくるのはアマーリエだ。
 燃えるような赤髪を高い位置で括り、ポニーテールにしている。
 勝気な金の瞳とマッチしていて非常に可愛らしい。

「おじさん暇ならさ、町の見物でも行かない?」

「町?何か面白いものでもあるの?」

「この町出身の人に聞いたんだけど、なんか港でとれた魚とか近隣の村から集められた野菜とかを売る朝市が開かれているんだって。すごい賑やかで美味しいものがたくさんあるって聞いたの」

「へー美味しいものか。おじさんも食べたいね。いいよ、行こうか」

「やった!!ルークも呼んでくるね!!」

 アマーリエはピョンピョンと飛び跳ねるように甲板を走っていった。
 船を降りる人でごった返す甲板を走るものだからぶつかりまくっている。
 怒鳴られても気にしないメンタル、すごいと思う。
 でも走るのはやめよう。
 アマーリエは犬人族と銀狼族の喧嘩の仲裁をしていたルークさんの腕を掴んで無理矢理連れてきた。
 俺は顔の前で手を合わせ、謝るジェスチャーをする。
 ルークさんは気にしていないというように首を横に振って苦笑する。
 いつものことなのかもな。

「おじさん、行こう!!」

「はぁ、降りる人の順番は守ろう」

「そんなの待ってたら朝市が終わっちゃうよ!!」

 アマーリエは俺とルークさんの腕を引っぱると、助走をつけて甲板から港に向かってジャンプした。
 俺はなんとなくこうなるだろうとは思っていたので、タイミングを合わせてジャンプする。
 ルークさんも慣れているのか、引きずられることなく自分のタイミングで跳んだ。

「着地成功!」

 着地成功じゃないから。
 俺が別の神器を選んでいたら大怪我で済んでないからね。
 俺はそのことをくどくどとアマーリエに説教する。

「もう、うるさいなおじさんは。他の人にはやらないって」

「絶対だよ」

「絶対絶対」

 俺はもう一度溜息を吐き出した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

寝て起きたら世界がおかしくなっていた

兎屋亀吉
ファンタジー
引きこもり気味で不健康な中年システムエンジニアの山田善次郎38歳独身はある日、寝て起きたら半年経っているという意味不明な状況に直面する。乙姫とヤった記憶も無ければ玉手箱も開けてもいないのに。すぐさまネットで情報収集を始める善次郎。するととんでもないことがわかった。なんと世界中にダンジョンが出現し、モンスターが溢れ出したというのだ。そして人類にはスキルという力が備わったと。変わってしまった世界で、強スキルを手に入れたおっさんが生きていく話。※この作品はカクヨムにも投稿しています。

チートをもらえるけど戦国時代に飛ばされるボタン 押す/押さない

兎屋亀吉
ファンタジー
チートはもらえるけど戦国時代に強制トリップしてしまうボタン。そんなボタンが一人の男の元にもたらされた。深夜に。眠気で正常な判断のできない男はそのボタンを押してしまう。かくして、一人の男の戦国サバイバルが始まる。『チートをもらえるけど平安時代に飛ばされるボタン 押す/押さない』始めました。ちなみに、作中のキャラクターの話し方や人称など歴史にそぐわない表現を使う場面が多々あります。フィクションの物語としてご理解ください。

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

処理中です...