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44.刺客勇者(不可逆的ていく3)

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 夜中、なぜか寒気がして布団を引き上げ寝返りを打つ。
 直後、肩に猛烈な痛みを感じて飛び起きる。

「いでぇぇっ、な、なにがっ」

「ちっ、しくった!」

 男爵邸の俺の部屋に、黒ずくめの男が侵入していた。
 俺の肩には忍者の使うクナイのようなものが深々と刺さっている。
 痛みで肩にぐっと力を入れれば、肩の筋肉に挟まれたクナイは抜けなくなった。

「く、抜けない!」

 黒ずくめの男はクナイを諦め、後ろに飛び退く。
 俺の蹴りは空ぶった。
 なかなかに判断力がある男だ。

『ぴろりろりん♪神の苦無威はシゲノブのものになった』

 やはり、神器か。
 そうでなければ俺の肉体を刺し貫けるはずもない。
 しかしここまで深く刺さるとは、なかなか良い神器らしい。
 俺は肩に刺さった神器を引き抜く。
 神の苦無威か。
 どんな能力なのか気になるが、今はそんなことをしている暇は無い。
 俺はクナイを消し、男に目を向ける。
 予備の武器なのか腰の後ろから短剣を抜いた男は、額から一筋の汗を流してじりじりと少しずつ下がっている。
 逃げるつもりなのか。
 しかし屋敷には幾重にも罠が仕掛けて合ったし、この部屋にはかなり強力な結界を張ってあったはずなのだが、どうやって忍び込んだのかな。
 男は窮地にあっても、なお不適に笑う。
 まさか、と思った。
 この部屋の結界を破ることができたと言うことは、男爵の部屋の結界も破れるということ。
 俺は竜殺しの剣を具現化し、目にも留まらぬ速度で振るう。

「ぐぁぁぁぁっ」

 光の剣閃が男の身体をズタズタに切り裂いた。
 身体中から血を噴出して男は絶命する。
 俺は男の死体を蹴り飛ばして異空間に放り込む。

『ぴろりろりん♪軽業師の指輪はシゲノブのものになった』

『ぴろりろりん♪ピッチャーミサンガはシゲノブのものになった』

 どれが男の神器なのか分からなかったから、まとめて異空間に放り込んでみたがこれでも神器の所有権は移るみたいだな。
 俺はそんなことを脳の片隅で考えながらも、男爵の部屋に向かって駆け出した。
 嫌な予感がする。
 こんなことならば先日神のスマホを手に入れたときに、すべての勇者の神器の情報を洗い出しておくべきだった。
 プライバシーを著しく侵害する神のスマホへの心理的抵抗によって、俺はろくに他の勇者の情報を調べていないのだ。
 自分の神器への奢りもあった。
 アタリ神器を3つも持っている勇者は他にいないからといって、僅かな優越感に浸って天狗になっていたツケが回ってきたのだ。
 男爵の部屋の前に到着する。
 結界は破られてはいない。
 俺は少しホッとする。
 しかし良く考えてみれば俺の部屋の結界も、破られた感覚は無かったことに今になって気がつく。
 まさか、まさかまさかまさか。
 俺は結界を解き、男爵の部屋の扉を開ける。

「男爵!!!」

 そこには胸から夥しい血を流している男爵の姿があった。

「くそっ、くそっくそっ、なんで俺はっ!!」

 自分への怒りがこみ上げてくる。
 なぜ、神のスマホを手に入れたときにすべての勇者の情報を調べておかなかったのか。
 なぜ、もっと厳重な警備をしておかなかったのか。
 なぜ、なぜ、なぜ……。
 悔しさで涙がこみ上げてくる。

「まだだ……。まだ、諦めるには早い」

 驚くほど冷静な言葉が自分の口から飛び出した。
 胸が張り裂けそうなほどに激情が渦巻いているのに、頭だけはキンキンに冷えていた。
 俺は男爵に走り寄り、呼吸を確認する。
 呼吸は無い。
 手首を取り、体温と脈を調べる。
 男爵の手首はまだ温かい
 しかし脈はない。
 心臓停止から数分といったところか。
 俺は男爵の胸に指をあて、魔力で体内をサーチする。
 心臓は奇跡的に破壊されていない。
 しかし心臓に繋がる大動脈が損傷している。
 大量出血によるショック症状か。
 俺は指先から魔法で電気ショックを発生させる。
 ドクドクドクと、男爵の心臓は一瞬だけ動きを取り戻す。
 衝撃で胸の傷からは血が噴出す。
 これなら、いけるかもしれない。
 俺はもう一度電気ショックで心臓を一時的に動かし、男爵の口に神酒を流し込む。

「飲んでくれ、頼む!男爵!戻ってきてくれ!!」

 俺は何度かそれを繰り返した。
 幾度目かになっただろうか。
 諦めて別の方法を探そうかと思ったとき、男爵が咳き込んで口から神酒を吹き出す。

「がはぁっ、ごほっごほっ、はぁはぁ……」

「男爵!」

 俺は男爵の背中をさすり、もう一度神酒をゆっくりと飲ませる。
 胸の傷はあっという間に治った。
 涙が止まらない。
 それと同時に申し訳ないという気持ちがあふれ出す。

「男爵、すみません。私のせいでこんな目にあわせてしまいました。あと少し遅れていたら本当に死んでしまっていたかもしれません。私が、情報の確認を怠ったせいで……」

「し、しげのぶ殿、なにを言っているのですか。あなたがいなければ、私は死んでいましたよ。助けていただきありがとうございます」

 くそっ、自分が情けなくなってくる。
 どれほどすごい力を与えられようと、自分はうだつの上がらないサラリーマンだった頃と変わらない自分なのだと思い知る。
 小さなミスに気をつけて、大きなミスを見逃してしまう自分という人間を忘れてしまっていた。
 向こうでの仕事ならば大目玉を食らうだけで済んでいたが、今自分の立場でミスをすれば人の命が無くなる。
 そんな基本的なことに今初めて気がついたような気がする。
 
「そう落ち込むようなことではありませんよ。私たち貴族は昔から繰り返してきたことです。殺し殺され、何万何億の屍の上にこの国は成り立っているのですよ。さあ、屋敷の被害状況を確認しに行きましょう」

 改めて、住んでいた世界の違いを感じる。
 男爵たちは、切って斬られての世界に生きてきたんだな。
 そして俺も、今はその世界に身を置いている。
 自分の顔面を思い切りパンチした。
 かなり大きな音がして奥歯が吹っ飛んだけれど、気合は入った。
 神酒をがぶがぶとバスケ部飲みして、奥歯を生やす。

「よし、行きましょうか」

「ええ」

 俺と男爵は屋敷の被害状況を確認しに行くために、立ち上がったのだった。


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