上 下
39 / 205

39.内乱の兆し

しおりを挟む
「うーむ、どうにもスクアード辺境伯以外の大貴族の動きがおかしいですね」

「どういうことですか?」

「前線に出ている兵の数が少ないんですよ」

 地図を眺め、ウィスキーを舐めるように飲みながら俺と男爵は密談する。
 大貴族の軍といえば、2万とか3万とかの大軍だ。
 連合国軍と戦う上では主力になるような軍のはずだが。
 各戦線に配置した俺の偵察用虫型ゴーレムの送ってくる映像を調べた結果、大貴族3人が最前線に配置している兵の数が著しく少ないことが分かったと男爵は言う。

「これは、内戦でも始める気なのかもしれません」

「こんな時にですか?」

「ええ。大貴族の狙いはおそらく他陣営の勇者でしょう。いえ、正確には他陣営の勇者の持つ神器ですかな」

「気付いたのですかね。勇者同士であれば神器が奪えるということに」

「おそらくは。最前線は最低限の兵で時間稼ぎをして、他陣営の勇者の持つ強力な神器さえ奪えればその後連合国軍などどうとでもできるとでも思っているのでしょう」

「私たちはどう動きますか?」

「どうしましょうかねぇ……」

 男爵は腕を組んで悩みこむ。
 俺もなんとなく腕を組んで悩んでいる風を装った。
 脳の力が多少なりとも増幅されているとはいえ、元々の知識が少ないのだ。
 国内が内乱になりそうなときにどうしたらいいのかなど、普通のサラリーマンだったおっさんはいくら考えても分からない。
 やはりチートの力でゴリ押しするくらいしか思いつかないな。
 しかし他陣営の勇者に俺以上のチート神器を持つ勇者がいないとも限らない。
 そうなった場合、力のみによるゴリ押しでは返り討ちにされる可能性がある。

「いっそのこと、男爵領に帰りましょうか」

「え?」

「いや、もはや戦争どころではないでしょう。だから男爵領に帰って守りを固め、領内の繁栄に勤めませんか?

「私的にもその提案は非常に魅力的なのですが、いいのですか?一応今回の出兵は国王陛下の命令ですよ」

「まあいいんじゃないですかね。陛下なんてどうでも。私は貴族です。自領の利益が最優先に来てしかるべきですよ。封建国家などそんなものです。我々貴族は陛下に忠誠を誓っていますが、別に隷属しているわけではないですから」

 なんだか日本の戦国時代みたいだ。
 あの時代は面従腹背なんて当たり前だからな。
 強いから従っているだけで、弱ったら後ろから叩き切るみたいなね。
 実際この国のような国では、貴族は自領に帰れば王だ。
 小さな国がたくさん集まってできている国。
 それが封建国家なんだな。
 そのうちの大きな3つの国が外敵を放置して、国内で戦う準備をしている。
 おそらくこれから国内は大荒れになるだろう。
 自領の安定のために努めるのは非難されるようなことではない。
 よし、帰ろう。
 すぐ帰ろう。





「じゃあ男爵、後で追いつきます」

「ええ、頼みました」

 俺とアンネローゼさんは男爵と分かれて王都へと向かう。
 俺たちは内戦の混乱に乗じて、獣人の奴隷を秘密裏に解放して回ることにしたのだ。
 どうせ王国はこれから混乱の坩堝になるんだ。
 せいぜい引っ掻き回してやろう。
 解放した獣人たちは一度男爵領に連れて行き、船で連合国側に送る予定だ。
 奴隷を手土産にと言うと語弊があるが、奴隷たちを向こうに送り届けるついでに男爵領と連合国で密約でも結べればと思っている。
 男爵領と連合国は海で繋がっている。
 しかし今までは交流らしい交流は無かった。
 理由は男爵領沖の海域にある。
 男爵領の海は、入り江を抜けると荒れに荒れる。
 複雑な岩礁地帯もあり、大きな船は行き来できない。
 行き来できるのは、せいぜいが小さな漁船くらいだろう。
 だから今までは海運は諦めていたのだが、警備隊全員が魔法を使えるようになった今なら岩礁だらけの荒海を越えることができるだろう。
 ダメなら俺も手伝って海域の地形でも変えてしまえば良い。
 そうすれば男爵領は無理して内陸から物を仕入れる必要も無くなる。
 海運の拠点となれば港町も発展することだろう。
 男爵領の選択肢は大きく広がることだろう。
 なんなら王国から独立して都市国家としてやっていく道もある。
 男爵はあまり大きな国を差配するような器には見えないが、小さな都市国家ならば十分にやりくりできるだけの手腕はあると思う。
 まあそれもまだまだ先のことだ。
 今は目の前のことだけを考えよう。

「んっ、ああっ」

「ちょっと変な声出さないでくださいよ」

 王都の高い城壁を登るために俺はアンネローゼさんをおんぶしているのだが、背中のアンネローゼさんがさっきから艶めかしい声ばかり出して気が散る。
 獣人の奴隷たちはきっと人間の俺のことを信用してはくれないだろうからアンネローゼさんを連れてきたのだが、失敗だっただろうか。

「すまない。振動が心地よくてな」

「変な汁とか付けないでくださいね」

「努力する」

 本当にね。
 俺は地面を踏みしめ、天高くジャンプした。
 大きな石を積み上げて築かれた巨大な壁の上に到着した。
 今夜は大きな月が出ていて、良い夜だ。
 大きな2つの月。
 これを見ているとやっぱりここは異世界なんだなと感じる。
 元の世界の月と同じような大きさで同じような形、同じような模様。
 しかし2つだ。
 まあこれはこれで綺麗だな。
 こんな夜には、月でも眺めながら日本酒でも飲みたいところだ。
 たぶん今夜中には無理だろうけどな。
 事前に虫型ゴーレムで調べた限り、獣人の奴隷は王国中に無数に存在している。
 それをすべて解放するのだ。
 とても今夜中に終わるとは思えない。
 まあ、気長にやろうか。
 俺は城壁の上から飛び降りた。

「あんっ」

「はぁ……」

 やっぱりこの人置いてこようかな。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

【旧作改訂】イレギュラー召喚で神器をもらえませんでした。だけど、勝手に付いてきたスキルがまずまず強力です

とみっしぇる
ファンタジー
途中で止まった作品のリメイクです。 底辺冒険者サーシャは、薬草採取中に『神器』を持つ日本人と共に危険な国に召喚される。 サーシャには神器が見当たらない。増えていたのは用途不明なスキルがひとつだけ。絶体絶命のピンチを切り抜けて、生き延びられるのか。

生産性厨が異世界で国造り~授けられた能力は手から何でも出せる能力でした~

天樹 一翔
ファンタジー
 対向車線からトラックが飛び出してきた。  特に恐怖を感じることも無く、死んだなと。  想像したものを具現化できたら、もっと生産性があがるのにな。あと、女の子でも作って童貞捨てたい。いや。それは流石に生の女の子がいいか。我ながら少しサイコ臭して怖いこと言ったな――。  手から何でも出せるスキルで国を造ったり、無双したりなどの、異世界転生のありがちファンタジー作品です。  王国? 人外の軍勢? 魔王? なんでも来いよ! 力でねじ伏せてやるっ!  感想やお気に入り、しおり等々頂けると幸甚です!    モチベーション上がりますので是非よろしくお願い致します♪  また、本作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨムで公開している作品となります。  小説家になろうの閲覧数は170万。  エブリスタの閲覧数は240万。また、毎日トレンドランキング、ファンタジーランキング30位以内に入っております!  カクヨムの閲覧数は45万。  日頃から読んでくださる方に感謝です!

強奪系触手おじさん

兎屋亀吉
ファンタジー
【肉棒術】という卑猥なスキルを授かってしまったゆえに皆の笑い者として40年間生きてきたおじさんは、ある日ダンジョンで気持ち悪い触手を拾う。後に【神の触腕】という寄生型の神器だと判明するそれは、その気持ち悪い見た目に反してとんでもない力を秘めていた。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

とあるオタが勇者召喚に巻き込まれた件~イレギュラーバグチートスキルで異世界漫遊~

剣伎 竜星
ファンタジー
仕事の修羅場を乗り越えて、徹夜明けもなんのその、年2回ある有○の戦場を駆けた夏。長期休暇を取得し、自宅に引きこもって戦利品を堪能すべく、帰宅の途上で食材を購入して後はただ帰るだけだった。しかし、学生4人組とすれ違ったと思ったら、俺はスマホの電波が届かない中世ヨーロッパと思しき建築物の複雑な幾何学模様の上にいた。学生4人組とともに。やってきた召喚者と思しき王女様達の魔族侵略の話を聞いて、俺は察した。これあかん系異世界勇者召喚だと。しかも、どうやら肝心の勇者は学生4人組みの方で俺は巻き込まれた一般人らしい。【鑑定】や【空間収納】といった鉄板スキルを保有して、とんでもないバグと思えるチートスキルいるが、違うらしい。そして、安定の「元の世界に帰る方法」は不明→絶望的な難易度。勇者系の称号がないとわかると王女達は掌返しをして俺を奴隷扱いするのは必至。1人を除いて学生共も俺を馬鹿にしだしたので俺は迷惑料を(強制的に)もらって早々に国を脱出し、この異世界をチートスキルを駆使して漫遊することにした。※10話前後までスタート地点の王城での話になります。

処理中です...