おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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18.浜焼き

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「「「おぅぇぇ……」」」

「皆すまない。本当にすまない。耐えてくれ。口直しに最高の酒と魚貝の浜焼きを用意させている」

 あの木の実の不味さは大の男に膝をつかせる。
 男爵領警備隊の訓練場には、大の男が200人ばかり蹲ってゲーゲー言っていた。
 俺も男爵も一度通った道だ。
 以前男爵に売った3つのどんぐりは、男爵と男爵の側近である家令のケルビンさん、それに男爵領警備隊隊長のブルーノさんが食べたようだ。
 この場に立っているのも、事前に食べていたその3人と俺だけ。
 地獄絵図だ。
 だがその味を乗り切ることができれば、隣でいい匂いをさせている浜焼きを食べながら冷えたビールをグイっとやることができるんだ。
 がんばれみんな。
 まあ俺たちは一足先に食べさせてもらうがな。
 魚貝が焦げたらもったいないから。
 地獄の閻魔の靴下みたいな味と戦う男爵領警備隊のみんなの健闘を心の中で祈りつつ、4人でテーブルに着く。

「それにしても、大変なことになってしまいましたね」

 そう話すのは男爵家家令のケルビンさん。
 渋いロマンスグレーの髪を綺麗にオールバックにしたナイスミドルだ。

「そうっすね。俺たちだけで一方面軍と戦えって無茶苦茶言いますね中央の連中は」

 軽い調子で返すのは男爵領警備隊隊長のブルーノさん。
 日本人のような黒髪を短く切りそろえた気のいいおっちゃんだ。
 無精ひげと顎の古傷が妙に似合う。

「おそらく私に死んでほしいのでしょうね。私には妻も子もいませんから、私が死ねば男爵家を継ぐのは誰になるのか私にも見当がつきません。中央にも遠縁の貴族がいますから、どうせその辺の貴族が男爵家の当主になりそうです。男爵家を乗っ取って、シゲノブ殿の力を手に入れたいのでしょうな」

「それで戦争に負けたらなんにもならねえじゃないですか。中央の貴族っていうのはバカなんですかね」

「あまり大きな声で悪口を言ってはいけませんよ。今回の命令を出したのは、表向きには国王陛下ということになっているのですから」

 ジュージューといい音を立てて焼ける魚貝。
 胸焼けしそうな話題から現実逃避するために、俺は一心不乱にエビを剥く。
 ブラックタイガーのような大きなエビだ。
 程よく焼き目の付いた殻を剥けば、朱色に色づいたプリプリの身が湯気を放つ。
 最近作り始めた男爵領産の藻塩を少量つけてかぶりついた。
 口の中に広がる磯の香りと濃厚な旨味。
 次の一口は殻に残ったミソを着けていただく。
 なんと贅沢な味だろうか。
 俺はすぐさま魔法によってキンキンに冷やされたビールを一気に流し込む。
 ごくりごくり。
 ごくりごくりごくり。
 止まらん。
 次に手を伸ばしたのはアジのような青魚の刺身。
 寄生虫が怖かったので男爵領に来た当初は生魚には手を出さなかったのだけれど、魔法を使えるようになってからは状況が変わった。
 闇魔法の初級魔法に吸生という極小の生き物から生命力を奪い取る魔法があったのだ。
 通称殺虫魔法と呼ばれるその魔法を使えば、寄生虫に怯える心配もなくなった。
 そもそもちゃんとした店で食べれば、調理人は大体殺虫魔法を使えるらしい。
 ビビッて損した。
 まあ神酒があるとはいえ、病気や寄生虫に気を付けるのは悪いことではない。
 俺は一応もう1回殺虫魔法をかけてから青魚の刺身を食べる。
 ネギのような香味野菜のみじん切りを混ぜた魚醤ベースのタレにつけていただく。
 美味い。
 青魚のような魚は臭みが少しあるが、香味野菜や魚醤の香りがうまく臭みを消してくれている。
 そして脂が乗っていて口の中で溶けるような食感。
 これは日本酒が合う。
 寒いから熱燗にして飲もう。
 お銚子でちびちび飲むのもいいけど、コップ酒というのも嫌いじゃない。
 そういえば最近作った粉引風の器があった。
 粉引で日本酒なんて、ちょっとおしゃれじゃないか。
 空間魔法で異空間に収納していた器を取り出し、辛口の純米酒を注ぐ。
 浜焼きの網の上に水を入れた鍋を置き、燗をつけさせていただくとしよう。
 酒が熱くなるまでの待ち時間も、また楽しい。

「中央の貴族なんて一発パーンってやっちまえばいいんですよ。そうしたらあいつらママーって泣きますよ」

「殴られたことなんてないでしょうからね。きっと傑作の顔で泣き叫んでくれますよ」

「実際殴りたくなることはしょっちゅうです。頭の中で何度殴り殺したか数え切れませんよ」

 3人の会話も盛り上がっている。
 酒が入ってヒートアップしているようだ。
 警備隊の中にもちらほら立ち直って浜焼きを食べに来ている人もいる。
 明日から魔法も含めた厳しい訓練の日々になるだろうから、今日は精いっぱい英気を養ってほしい。
 5、6分したところで、湯煎していたコップ酒が湯気を放ち始めた。
 鍋ごと下ろして熱々の器を布を使って持ち、一口啜る。
 体の芯から温まる。
 温度を上げたことによって米の香りが花開いたように感じる。
 美味い。
 再び刺身を食べて、ちびり。
 ちびり、ちびり、刺身。
 刺身、刺身、ちびり。
 どれだけ金を積もうとも、王都でこの味は楽しめない。
 馬車で1週間以上かかるのだ。
 青魚の鮮度がそんなに持つわけがない。
 これは男爵の領だからこそ食べられる味なのだ。
 そして俺の神器もまた、王都の連中には過ぎたる産物。
 酒の味も料理の味も分からん馬鹿な貴族に、治癒の神器だと持てはやされて使って欲しくは無い。
 まずは戦争をどうにかしよう。
 そんで中央の貴族にぎゃふんと言わせてやる。
 奴らに対して優位に立つことができれば、神器の力を貸す条件を付けられるかもしれない。
 この刺身レベルのつまみを用意できんものには力を貸さない、とかにしようかな。




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