おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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11.神巻きタバコの効果

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「とりあえず領民にはシゲノブ殿の神器について他言せぬように言いつけておきました」

「ありがとうございます」

「後は一応警備も強化しておきますが、やはり領内の戦力だけではどうにも……」

「ご迷惑をおかけします」

「迷惑だなんてとんでもないですよ。まともに勇者様を守ることができなくてこちらこそ不甲斐ないです」

 男爵はひとり項垂れる。
 しかし今回のことは神器の力を甘く見た俺のミスだ。
 男爵は悪くない。
 しかし戦力が心もとないというのも本当のことだ。
 どうしたらいいのだろう。

「男爵、正直に答えてください。私はこの領にとって邪魔でしょうか」

「とんでもない!邪魔などではありませんよ。私の領は本当に何も無い領なんです。そんな領に来てくださる勇者様が居たことで、どれだけの民が期待したのか。異世界人の勇者様たちといえば、我々にとっては子供の頃から寝物語に聞いたような存在です。それが実際に自分たちの町にやってきてくれる。これほど嬉しいことはありませんよ。実際私たちのような国境から離れた領の人間にとって、今回の戦争は対岸の火事のようなものです。だからこそ、シゲノブ殿のような暮らしを豊かにしてくれるようなお力を持った勇者様を迎えることができたことに皆喜んでいたのです。今更シゲノブ殿の神器の力が強力すぎたからといって、迷惑だなんて思いません」

 気弱な男爵がここまで饒舌に語るなんて珍しい。
 それだけ、俺のことを思ってくれているということなのだろう。
 年甲斐も無く胸が熱くなる。
 
「男爵、私はもっと力をつける必要があるようですね」

「シゲノブ殿……」

「男爵のご好意に甘えているばかりではいられません。我々異世界人は元々魔族との戦争の戦力とするために召喚されたのですよ。私たちが戦う相手は魔族ではなくなるかもしれませんが、力は必要です」

「はい!持てる力のすべてを賭して協力いたします。私にも自陣営の勇者様を守る義務というものがありますから」

 俺と男爵はぐっと握手を交わす。
 おっさん同士の暑苦しい握手だが、不思議と悪い気分じゃなかった。




 次の日の朝。

「さて、とりあえず朝錬でもするかな」

 男爵の屋敷は田舎らしく土地をたっぷり使ってあって広い。
 庭で走りこみをできるくらいの広さは軽くある。
 俺は入念に準備運動をする。
 おっさんは怪我しやすいので若い子よりも入念にやらないと。
 15分くらいかけて筋肉や腱を伸ばすと、身体もいい感じに温まってきた。
 いきなりダッシュするのも心臓や肺に悪いので、軽いランニングから始めた。
 タバコのドーピング効果のおかげか、意外と走れる。
 こんなに走れたのは学生時代以来じゃないかな。
 やっぱり最初に直感でタバコを選んだのは正解だった。
 
「よし、そろそろスピード上げるかな」

 俺は徐々にスピードを上げていく。
 お、まだいけるのか。
 速いな。
 まだいけそうだ。
 あれ?まだいけるぞ。
 おかしい、もう人間のスピードじゃないぞ。
 息も切れないし。
 なんだ、これは。
 俺は一度止まる。
 これ以上足を速く動かしたら空でも飛んでしまいそうだった。
 ちょっと頭の中を整理しよう。
 何か不思議なことが起きたらそれは神器の仕業に決まっている。
 神酒の効果は昨日確認したとおり。
 身体の欠損であろうと瞬く間に治してしまう驚異的な治癒能力だ。
 百歩譲って、いつまで走っても疲れないのは神酒の力でもおかしくはない。
 女神様の言うアタリの神器であるのならそんなことが起こっても不思議ではない。
 しかし、人間を超えたスピードで走れるのは神酒の力では説明できないよな。
 筋肉の超回復が短期間に起こって脚力が超人的に強化されたとこじつけることはできるが、俺が訓練を始めたのは今日だし。
 脚も筋肉質になった感じは無い。
 神酒の影響か多少贅肉が少なくなって引き締まった感じはあるが、筋肉質になったわけではないんだよ。
 神酒の力でないとすれば、他の神器の力ということになる。
 神樹の実は今植木鉢だし、残るはタバコだ。
 タバコの能力は所有者の能力の増幅だったな。
 ”とても身体にいい”とか”能力を増幅する”とか、曖昧な表現に騙されたな。
 この神器もアタリだったわけだ。
 俺の100メートル走のタイムで考えると、増幅率は2倍や3倍程度のものではないぞ。
 本気を出してみないと分からないけれど、下手したら100倍とかもありえる。
 俺は一人唸ってしまう。

「うーん、うーん」

「何をなさっているんですか?」

「あ、リゼさん。おはようございます」

「おはようございます」

 リゼさんは妖艶な笑顔であいさつを返してくれる。
 朝からエロいな。
 今日は通勤途中だったのか、メイド服ではなくシンプルなワンピース姿だ。
 私服も新鮮で良い。
 リゼさんは自分の経営する娼館の経営もあるので、男爵の屋敷にいつもいるわけではないのだ。
 ちょっと詐欺じゃないか、と思わないでもないけれど別にいつも側に居るなんて言われてないからな。
 3日に1回くらいだけでも身の回りの世話をしに来てくれるだけでもありがたいと思わないとな。
 今度店のほうに行っちゃおうかな。
 はぁ、いかんな。
 ちょっと色々頭の整理ができないせいで現実逃避気味になってしまっている。
 でもこれはちょうどいい機会かもな。
 リゼさんには確認しておきたいことがあったのだ。
 
「リゼさん、タバコ1本どうですか?」

「まあ、いいんですか?でも男爵には内緒でお願いしますよ?なんかシゲノブ様のタバコを領内外に売るつもりらしくて、最近タバコの管理にはうるさいんですよ」

 俺もその計画は聞いているしマージンのことまで話し合ったが、どうやら一時中断してもらうことになりそうだ。
 これから行う確認次第では、永遠に売りに出すことはできないかもしれない。

「男爵には言いませんからどうぞ。その代わり私にも火をお願いします」

「はーい、よろこんで!」

 リゼさんは俺の差し出したタバコを咥え、俺に顔を近づけるように促す。
 おお、これは俺が生涯に一度はやってみたかった女の人と一つの火でタバコを着け合うやつじゃないか。
 リゼさんの顔が今までになく近い。
 最初会ったときは30代らしくお肌の曲がり角といった様子だったのに、今では神酒の影響か20代の頃の肌を取り戻している。
 シミ一つ無いきれいな白い肌、まつ毛も長いな。
 甘美な時間は一瞬で終わってしまった。
 リゼさんの残り香はタバコの香りに消える。
 まあ良い匂いだけどね。
 この匂いがちょっと邪魔だと思ったのは異世界に来て初めてだ。
 さて、色香にばかりかまけてられない。
 おっさんは切り替えが重要なことを知っているんだ。
 夢の中まで頭の中ピンクで居ていいのは童貞だけだ。
 
「リゼさん。ちょっと、飛んだり跳ねたりしてみてくれませんか?」

「え、いきなりどうしたんですか?あ、そういうことですか。わかりました。おっぱいがなるべく揺れるように頑張りますね?」

 どえらい誤解をされてしまった。
 まあいいか。
 それはそれで眼福だ。
 胸ばかり見ないように多少の意志力が必要だけどな。

「よっ、ほっ。どうですか?私胸には自信があるんです。下から見上げるように見てもいいんですよ?」

 では遠慮なく。
 俺は少し腰を落とし、下からその形のいい丸みを楽しむ。
 すごい迫力だ。
 しかし思っていたような身体能力の増幅は見られないな。
 説明文にあった所有者というのは神器所有者のことでよさそうだ。
 そもそも他人にも効果があったのなら男爵やハワードさんがとっくに気付いていてももおかしくはないか。
 特にハワードさんは帰り道に数回、野生動物を狩りに行くと言って森に入ったから。
 狩りなんて身体能力が上がっていたらすぐに気付くだろう。
 ということは他人が吸う分にはとても良い匂いのするただのタバコというわけか。
 これでなんとか男爵のタバコ販売計画はそのまま進めることができそうだ。
 一応もう一度男爵やハワードさんにも確認してもらうか。



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