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10.神酒の効果2

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「いやぁ、このお酒は本当に美味しい」

「ホントね。こんな美味しいお酒飲んだことないわ」

「さすがは勇者様の神器から湧き出た酒だ」

 港町の広場にはかがり火が焚かれ、人々が料理や酒を手に騒いでいる。
 主要な産業が農業と漁業しか無いような貧しい男爵の領地だが、今日だけは男爵家の食料庫が開かれたくさんの料理が領民に振舞われている。
 男爵は俺を勧誘することに成功したことを早馬で領地に知らせていたので、酒宴のことは何日も前から周辺の村まで伝わっていたそうだ。
 だから今日はこの港町の住民だけではなく、周辺の村からも人が集まり大変な賑わいを見せている。
 ここに男爵の領地町1つと村3つ分のほぼすべての領民が集まっているといっても過言ではないだろう。
 年に1回の収穫祭のときにも同じような光景が見られるのだと、男爵は嬉しそうに言っていた。
 きっと男爵は多少貧しいながらも領地を過不足なく治めているいい統治者なのだろうな、と思った。

「飲んでますか?」

 男爵がコップを手に、壁際に座る俺の隣に座る。
 さっきまで町の有力者たちとなにやら難しい話をしていた男爵は、その顔に濃い疲れの色を浮かべている。
 俺の生み出す酒を売らせて欲しいとか頼まれていたから、断るのが大変だったのだろう。
 これがただの美味しくて身体に害の無いだけの酒だったのなら、売り出すことになんの問題もなかった。
 しかしこれが霊薬のように人を細胞単位で若返らせるような凄まじい健康効果がある酒だと分かった今、安易に売り出すのははばかられる。
 その利権を争って戦時中だというのに国内で紛争になる可能性だってありえる話だ。
 俺はその話に触れないように、当たり障りの無い返事を返す。

「ええ、頂いてます。この町で作られた麦酒はなかなか美味しいですね」

「ははは、お世辞はやめてください。シゲノブ様が出してくださるお酒の足元にも及びませんよ」

 俺がせっかくその話題を避けたというのに、男爵は自分から突っ込んでいく。
 まあいいか。
 別に俺が気にすることではない。
 男爵が気にしていないのなら、俺も気にしない。

「お世辞なんかじゃありませんよ。これは蒸留したら美味しくなりそうな味です」

「蒸留、ですか」

「ええ」

 この国には蒸留という技術はまだ存在していないみたいだ。
 寒い国にはとても度数の強いお酒はあるということなので、同じような技術がまだ生まれていないわけではないようだけれど。
 
「このお酒は甘い麦汁を発酵させたお酒ですよね」

「ええ」

「男爵に昨日飲んでもらったウィスキーというお酒は、こんな感じの甘い麦酒を何度も何度も蒸留して、樽の中で熟成させたお酒なんですよ」

「その、蒸留、というのはどんな工程なのですか?我が領でもできるものでしょうか」

 蒸留か。
 なんて言って説明したらいいのだろうか。
 俺もあまり酒の蒸留の仕方には詳しくない。
 理科の実験レベルの知識しかないのに、男爵の領地でも再現することができるのか?

「蒸留っていうのは、要は蒸気を集めるってことですかね」

「蒸気を集める?」

「ええ、酒精っていうのは水よりも早く蒸発するんですよ。あ、蒸発って分かりますか?湯気になるってことです」

「湯気って水を沸かすと出るあの湯気ですよね。酒の湯気と水の湯気が違うっていうことですか?」

「はい。酒を沸かすと酒精が薄まりますよね。それは湯気になって逃げているからなんです。それを集めると、元の酒よりもずっと強い酒になるんですよ」

「なるほど。あの喉の焼けるような強い酒はそうやって作られているのですね」

 なんとか分かってもらえたみたいだ。
 男爵は貴族だから平民よりも高度な教育を受けている。
 そのために新しい知識を受け入れる脳の下地ができているようだ。
 新しい知識を受け入れられるのは頭が柔らかい証拠でもある。
 
「うちの領でもできますかね」

「どうですかね。私も酒の蒸留はやったことが無いんです。蒸留という知識を学校で学ぶときに、そのやり方を軽くならったくらいです」

「ではやってみるしかないですね」

「そうなります。あまり力になれず申し訳ない」

「いえ、うちの領に新しい産業を生み出せる可能性があることが分かっただけでもありがたいです。一度、シゲノブ殿の習ったという蒸留の方法を教えて欲しいです」

「ええ、私にできることなら」

 俺と男爵は木のコップを軽く合わせ、乾杯する。
 甘苦い酒が喉に流れる。
 まあこれはこれでうまいんじゃないかな。
 俺と男爵はしばらく無言で喧騒に耳を傾ける。

『な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!』

 俺と男爵の耳にそんな叫び声が飛び込んできたのは、コップの酒が無くなるころ。
 年老いた男の声で、凄まじい叫びが聞こえてきた。
 いったいなにが起こったというのか。
 俺達は連れ立って人ごみを掻き分け、騒ぎの中心に向かう。
 どうやら俺が酒を注いだ大きな樽が置いてあるあたりが騒ぎの中心のようだ。

「どうしたというんです?」

「あ、男爵様と勇者様。そ、それが、俺の、俺の、俺の……」

「俺の?」

「俺の指が生えてきたんです!!」

「「は?」」

 男爵と俺の声が重なる。
 指が生えてきた?
 どういう意味なのか俺は一瞬気付くことができなかった。
 しかしその意味を悟ったとき、俺の顔は真っ青になる。

「まさか……」

「俺の、千切れ飛んだはずの指が生えてきたんですよ!!!」

 やっぱりか。
 神酒の力に違いない。
 神酒は身体の不調を治す霊薬のような力があった。
 身体の欠損を治す力があっても不思議ではない。
 これは俺のミスだ。
 男爵のように若返るには神酒を何度も飲む必要がある。
 1回飲んだくらいでは少しシワが消えて身体の不調が良くなるくらいの効果しかないはずだった。
 その程度の効果ならば、神酒を領民に振舞っても構わないと思って出した。
 だが身体の欠損が治るレベルの治癒の力があるのならば話は違ってくる。
 これはまさしく神器。
 神の力だ。
 こんな力、誰だって欲しがる。
 この神器はアタリだったんだ。
 アタリではないと思って俺は神器の力を見せすぎた。
 人の口に戸は建てられない。
 もはや情報が広がるのは時間の問題だ。
 さて、どうするか。



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