おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉

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6.神巻きタバコ

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「やはり、うちのような待遇の良くない陣営にはあまり興味はないですよね……」

「い、いえ、そのようなことは……」

「もう、男爵様は弱気すぎるのよ」

 俺と下級貴族の煮え切らないやり取りに業を煮やしたのか、人妻メイドさんがぐいっと俺の腕を取る。

「ねえ、勇者様。うちの領に来てくださいよ。私、なんでもしますよ。私は見てのとおり若くありませんけれど、その分若い娘のようにめんどくさいことは何も言いませんよ。あなたの都合のいいようにできる女です。どうですか?やっぱり私のようなおばさんは嫌ですか?」

 あからさまな色仕掛けだが、ここ7、8年は女の裸を見ていないおっさんには効果抜群だ。
 きっと俺の鼻の下はだらしなくゆるんでいることだろう。
 人並み以上に給料がもらえてこんな綺麗な人妻メイドが付いてくる職場、良い。
 おまけに仕事は後方での街の警備などときた。
 これは好条件なのではないだろうか。
 もう俺は他の陣営の話を聞く気がなくなっていた。
 色仕掛けに引っかかったバカのように思えるけれど、別に人妻メイドさんが付いてこなくてもここにしていた可能性は高い。

「こちらにお世話になってもよろしいですかね」

「え、いいんですか!?他にもっと魅力的な陣営がまだたくさんありますよ!?」

「ちょっと男爵様、余計なこと言わなくてもいいじゃないの。どうぞどうぞうちの領に来ていただければたっぷりとご奉仕しますからね」

 ひとつ難点を挙げるとすれば、少々押しが強すぎるところか。
 ぐいぐい来られるのは苦手だ。
 俺はブルジョアな同世代たちと違って、そこまでキャバクラ遊びもした経験が無い。
 こういった男を相手に商売をしてきた女性との接し方の正解を誰か教えて欲しい。

「ありがとうございます、ありがとうございます。まさか我が陣営に来てくださる勇者様がいらっしゃるとは思いもしませんでした。申し遅れました私ピエール・リザウェルと申します。ルーガル王国で男爵の位を頂いております」

「木崎繁信です。木崎が家名で繁信が名前です。これからよろしくおねがいします。雇っていただくのは私のほうなのでそんなに頭を下げないでください。私こそそんなに大した神器を持っていないのですが、いいのでしょうか」

「神器はこの世で最も尊き魔道具です。それをお一人で3つもお持ちである勇者様方は誰であろうと素晴らしい人材ですよ」

 魔道具か。
 俺の神器は3つとも魔道具っぽくないんだけどな。
 2つは嗜好品だし、1つは木の実だ。
 そもそも、俺は神樹の実を食べたとしても初級魔法が使えるだけの普通のおっさんだ。
 神巻きタバコのおかげで多少のドーピングができたとしても、はたして人材として優秀といえるのだろうか。
 酒とタバコを無限に生み出せるから、金を稼ぐにはいい人材だ。
 しかし兵士としては微妙だ。
 俺達は戦争で窮地に陥ったから戦力として召喚されたのだ。
 商売には役に立っても戦力としては役に立たない俺は、召喚の目的に即していないのではないだろうか。
 
「あの、私の神器は多分戦いに向いていないと思うのですが」

「ええ、そういった神器を持つ方もいらっしゃると事前に聞いております。よろしかったら、どのような神器なのかお聞きしてもよろしいでしょうか」

 言っちゃってもいいのかな。
 この世界で生きてきくための俺達の切り札と言っても過言ではない神器。
 その能力を明かすことに、多少の抵抗はある。
 しかし俺の神器はあまり戦闘向きではないし、隠すような大した能力でもない。
 秘密にして何かが有利になるようなこともないだろう。
 俺は自分の持っている3つの神器について説明する。

「まずは一つ目は神巻きタバコという神器です。とても良い香りがするタバコで、所有者の能力を増幅してくれるようです。1本いかがですか?」

「良いのですか?」

「ええ、数量無限ですからね。私も初めて吸うんですよ。どんなものなのか楽しみです」

 俺は男爵にタバコを1本渡し、自分でも1本抜き取る。
 軽く香りを嗅いでみると、なんともいえない甘美な香りがする。
 とても上品な香りだ。
 外国製の葉巻みたいな香りの中に、複雑な香りが絡み合ってまさに神のごとき香り。
 説明文通りだ。
 俺は口に咥えてはじめてライターを持っていないことに気がついた。
 女神様が神器をくれた空間に呼ばれたとき、着ていた服以外の持ち物がすべてあちらの世界に置き去りになったのを思い出す。
 これじゃあ吸えないじゃないか。
 そう思ったとき、横からすっと手が伸びて指先にボッと小さな火が灯った。
 その手は人妻メイドさんのものだった。
 すごい、手品みたいだ。

「魔法ですか?」

「ええ、魔力量の関係で初級くらいしか使えませんが」

 俺はここにきて、やっと異世界に来たのだという実感が湧いてきた。
 人妻メイドさんの指先の火にタバコの先を近づけ、軽く吸って火をつける。
 筆舌しがたい香りのする煙が口腔から肺までを満たした。
 なんという甘美。
 これは確かに神器だ。
 人の手では、これほどの香りを作れるとは思えない。
 そんな植物がこの地上に存在しないだろう。
 それほどの香りだった。
 
「私は以前南大陸産の高級葉巻を頂いたことがあるのですが、このタバコはその葉巻の何倍も素晴らしい香りですね」

「そうなんですか。私もこんなに香りのいいタバコは初めてです」

 男爵は目を瞑り、優雅に香りを楽しんでいる。
 俺も今だけは、1本のタバコに集中したい。
 ガチムチ執事が横からコトリと灰皿を俺の前に置いてくれる。
 爽やかな笑顔だ。
 白い歯が眩しい。
 灰皿をありがたく使わせてもらってゆっくりとタバコを楽しんだ。
 あっという間にタバコは灰になり、フィルターだけが残される。
 もう1本吸いたい。

「ねぇねぇ、あたしにも1本くださいな?」

 人妻メイドさんに色っぽくおねだりされたらあげないわけにはいかないだろう。
 俺は全員に1本ずつ配ると、自分も1本咥えて人妻メイドさんにまた火をつけてもらう。
 合同就職説明会のような会場の一角が、喫煙ルームのようになった。
 
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