スライムを出すだけのゴミスキルだと思ったけど妖精や精霊はこのドロドロが好きみたいです

兎屋亀吉

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1.異世界転移

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 いつもの通勤時間、いつもの満員電車、いつも通りつり革に両手をしっかり握りつけいざという時の保険を周囲にアピールする。
 しかしこの態勢は腕2本分のスペースを空けることになるので周囲からの圧迫は増し、ノーガードのあばら骨には隣のサラリーマンの鞄の金具が食い込む。
 たまにOLや女子高生と密着できてちょっとだけうれしい時もあるが、それは裏を返せば痴漢で訴えられるリスクと直面するということでもある。
 いくら両手でつり革をつかんで触ってないアピールをしたところで、息子が反応してしまったら訴えられる可能性は高い。
 たとえ反応していなかったとしても、下半身を押し付けてきたとか言われるだけでも俺のちっぽけな人生は吹き飛んでしまうことだろう。
 運転手付きの車で出社するまで出世したいとまでは思わないけれど、満員電車に乗る必要のない地位くらいまではなってみたいものだ。
 しかしよく考えたら俺が今年の春から働いている会社は、課長クラスになっても人によっては電車通勤しているんだった。
 俺なんてたぶん頑張っても40年かかって係長くらいが関の山だろう。
 この満員電車とも長い付き合いになりそうだ。
 そんなことを考えながら隣のサラリーマンの鞄の金具から逃れようと身じろぎしていると、突然いつになく電車が揺れた。
 急ブレーキの音もする。

「おいおい、事故か?」

「勘弁してくれよ」

「おわっ」

 周囲からの文句の声とともに揺れは大きくなり、ついには立っていられないほどになる。
 上に下にシェイクされてもはやどちらが上なのかもわからない。
 車内はまさに阿鼻叫喚で、悲鳴や怒号が吹き荒れる地獄と化した。
 照明は明滅し、意識も途切れ途切れになった。
 押しつぶされ、頭をぶつけ、蹴られた。
 ああ、やっぱ満員電車は最低だな。
 そんな思考を最後に俺は完全に意識を失った。






 なんだか夢を見ていた気がする。
 昔の夢だ。
 俺の実家は忍術を教える道場をしていた。
 怪しい道場ではなくれっきとした古武術の一種だ。
 近頃は某忍者漫画のおかげで道場の門下生も増えて商売は繁盛していた。
 大学まで行かせてもらえたのもひとえに岸〇先生のおかげと言えるだろう。
 そんな忍術道場の息子である俺は、小さい頃から父と祖父と一緒に稽古をしてきた。
 そんなに厳しい人たちではなかったから漫画のような修行をしてきたわけではないけれど、夏休みには実家の裏山で野営訓練と称したキャンプをした覚えがある。
 そんな楽しかったあの夏、みたいな夢を見ていた気がする。
 大人になってから子供のころの夏のこととかを思い出すと無性に叫びたいような気分になるときがあるが、今がその時だ。
 なぜ夏でもないのにこんな夢を見るのか。
 目をつぶったまま息をゆっくり吸い込むとその理由がだんだんわかってきた。
 この匂い、あの夏の匂いだ。
 少し湿り気を帯びた緑の匂い。
 森の匂いだ。
 ぱちりと目を開き完全に意識が覚醒した。

「森!?」

 起きたら森だったってそんな状況あるか?
 たまに酔っ払いの自慢話でどこどこで寝てたとか起きたらどこどこだったとか聞くが、俺は生憎と酒には強い体質なので前後不覚に陥った経験が全くない。
 そもそも酒なんて飲んでないし、最後の記憶は満員電車だ。
 そういえばなんか事故か何かが起こった気がするが、どうなったのだろうか。

「まさかあの世ってことはないだろう?」

 周囲を見回すと俺と同じように多くの人が横たわっていた。
 どうやらこんな状況になっているのは自分ひとりではないようで少しだけ安心した。
 しかしなんか見覚えあるなこの顔ぶれ。
 あの満員電車に乗ってた同じ車両の乗客じゃないか?

「やっぱりあの世?いやいやまさか……」

 あの世っていうのは河原があってその向こう側だと聞いている。
 ここはどうやら深い森の中のようだけど、川のようなものはどこにも見当たらない。
 よってここはあの世ではない。

「うっ、なんだここ……」

「なにこれ」

「なんなんだよ」

 どうやら周囲に倒れていた人たちが起きはじめたらしい。
 三人寄れば文殊の知恵というし、これだけ人がいればこの状況に心当たりがある人もいるかもしれない。
 どうでもいいけど文殊ってなんなんだろうな。
 なんだか気になりだしたら止まらない。
 俺はスーツのポケットに入っていたスマホを取り出し、検索エンジンを立ち上げるがインターネット接続ができないと表示される。
 右上の回線を確認すると圏外と表示されている。
 ここはいったいどこの森なんだろうか。
 俺のスマホは少し古めの機種だが大手携帯会社のもので、どこの田舎に行っても道路付近なら大体繋がるはずだ。
 圏外ということは車道が近くにないということだろう。
 俺はこの状況で会社に行かなきゃとか思えるほど社畜精神が染みついていないので、とりあえず家に帰りたいな。
 しかし道路が近くに無くてスマホも繋がらないとなると現在地の確認とかどうしたらいいんだろうな。
 太陽の位置とか星の方角とか、そういうのに詳しい人がいればわかるものなんだろうか。
 自衛隊の人とかいないかな。

「なあ、これってあれだよな」

「ああ、あれだよ」

「こんなのあれに決まってるだろ?」

「「「異世界転移キターーーーーー!!!」」」

 俺が自衛隊員を探してキョロキョロ見回していると、3人の高校生が突然叫びだした。
 ここにいた全員がびくりと肩を震わせて3人の高校生の方を見る。
 3人はガリ眼鏡、普通眼鏡、ぽっちゃり眼鏡といういかにも陰の者という見た目をしており、注目されることには慣れていないのか周りを見回して顔を赤くしている。
 しかしあの3人、確か異世界転移とか言ってたな。
 最近よく書店のラノベ売り場で見かけるフレーズだ。
 俺は二次元作品といえばお礼も兼ねて全巻新品で買った岸〇先生の忍者漫画と、その元アシスタントが作画を担当しているという続編しか知らないが、最近結構異世界ものが来ているくらいの知識はある。
 たぶんどこにでもいる普通の高校生とかが異世界に行ってなんやかんやする話なのだろう。
 え、それがキターーーーーってことはここは異世界だとあの3人は思ったわけ?
 そんなことがありえるんだろうか。
 そういえば変人物理学者が言ってたっけな。
 あり得ないなんてあり得ない。
 
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