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お題:差出人不明のお中元
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『駄菓子はお中元に入りますか』
「どうしたものかしらねえ」
竹中弘美(たけなかひろみ)30歳。
大卒で入社した社員数30名ほどの地元の工務店で、今日も頭を悩ませている。
「どうしたんすか竹中さん」
「相田(あいだ)くん、ちょうどよかった。これ心当たりある?」
弘美が腕を組んで首をかしげていると、営業の相田くんに声をかけられた。
机の上に置かれている物を指差して弘美が問いかけると、相田くんはぽかんとした顔をする。
「なんですかそれ。駄菓子?」
「そうなの。駄菓子なの。しかも、そこのコンビニで買ったって感じの」
弘美がそう言うと、相田くんはビニール袋の中からスナック菓子をひとつ手に取った。
「こういうお菓子って懐かしいですね。もしかして従業員の誰かからの差し入れですか?」
「うん、差し入れだと思うよね。だけどね、従業員の誰かの差し入れじゃないのは確定なんだ」
コンビニのビニール袋に入った駄菓子の山。
これを見たら誰だって「休憩のときにでもどうぞ」と従業員の誰かが差し入れてくれたのかと思うだろう。
「どういうことっすか?」
「それがね、お中元ですって言って、社外の方がお持ちになったらしいのよ」
「──っお中元! これが⁉」
相田くんは手にしていたスナック菓子を落としそうになりながら大声をあげた。
その声に、なんだなんだと、事務所にいたベテランパートの土屋(つちや)さんが声をかけてくる。
「うるさいぞ相田。なにを騒いでいるの」
「ちょうどよかった土屋さん。これをお中元ですって言って持ってくるお取引先さまに心当たりありますか?」
弘美よりも10年長くこの工務店に勤めている土屋さん。
土屋さんならこの駄菓子のお中元に心当たりがあるかと思い、弘美は問いかけた。
「……嘘でしょ竹中さん。これがお中元?」
「そうなんです。私たちが来客対応中に麻華(あさか)さんが受け取ってくれちゃって」
「適当に受け取ったから、相手のことがわからないのか」
「そういうことなんです。どうしましょうこれ?」
麻華とはこの工務店の社長の娘である。
歳は弘美と変わらないはずだが、よくある縁故採用だ。
会社に籍こそあるものの、勤務実態はほとんどない。
そんなわがまま社長令嬢がどうして今日は出勤していたのかというと、お中元の期間だからである。
お中元の時期は事務所に届く荷物の量が増える。
それに加え、来客の数も半端ない。
ご挨拶ついでにと、取引先の方がお中元を手渡しにやってくるのだ。
たいていの方は「〇月〇日の何時ころに」とあらかじめ連絡を入れてくれる。
そうすればこちらもそれなりに出迎えの準備をする。
ここは町の工務店だ。場合によっては社長が自ら出迎えることもある。
だが、約束なしでいきなりやってくる取引先も少なくはない。
そういう方に限って「社長によろしく」と言って、ろくに名乗りもせずにさっさといなくなる。
それでも、熨斗(のし)に名前が書いてあれば問題ない。
お礼状に丁寧なあいさつの文面を添えればいいだけだ。
そもそも、取引先の顔さえわかれば荷物に名前なんて必要はない。
だからこそ、今日は営業の相田くんや、ベテランパートの土屋さんが事務所に詰めているのだ。
「コンビニの袋じゃ熨斗もついてないし、普段から仕事をしていない麻華さんじゃ取引先の顔なんてわからないもんねえ」
「そうなんです。それがよりによってこんなイレギュラーな荷物を受け取ってくれちゃって」
とうの麻華はとっくに逃げた。
弘美がとんでもない顔をして駄菓子の山を見ていたので、まずいと思ったのだろう。
「どんな人が持ってきたか、麻華さんには聞いたの?」
「二十代くらいのスーツを着た男性って言ってらっしゃいました」
「そうねえ、そんな人はそこらへんを歩いていれば何人も見かけるわね」
弘美と土屋さんは同時にため息をついた。
「悩んでいたってしょうがないわ。いつもお中元のやりとりがあるお取引先さまのリストと、すでに届いているお中元を照らし合わせてチェックしていくしかないでしょう」
「……やっぱりそうなりますか?」
「まあまあお二人とも。せっかくですからお菓子でも食べてリラックスしてください」
肩を落としている弘美と土屋さんの前に、相田くんが駄菓子の入ったビニール袋を逆さまにして中身をぶちまけた。
「こらこら! 一応はお中元ってことで渡された物なんだから、乱暴に扱わないの」
「てか、これをお中元ですって持ってくるヤバイ取引先なんて心当たりありませんよ。誰かのいたずらじゃないですか?」
お菓子の袋を開けようとする相田くんを、土屋さんがたしなめる。
そのとき、弘美はお菓子の山の中に、紙切れが入っているのを見つけた。
手に取ると、それはコンビニのレシートだった。
まさかお中元と言って渡してきた袋の中に、中身の値段がわかるものを入れっぱなしにしているとは驚きだ。
「あ、竹中さん。それ裏になにか書いてありますよ」
「本当だわ。なにかしらね」
弘美がじっとレシートを見ていると、相田くんと土屋さんに声をかけられた。
弘美はすぐさまレシートを裏返すと、そこに書かれている言葉を読み上げた。
「佐藤さまへ。お中元でーす、なんちゃって。暑い日が続きますがこれで元気をだしてくださいね。鈴木より」
「よかったじゃないですか二人とも。これで誰から誰へ送られてきた荷物かわかりましたね」
相田くんは安心した顔をして手をたたいた。
しかし、弘美はさらに頭を悩ませることになる。
「うちの会社、30人もいるのにひとりも佐藤も鈴木もいないよ」
佐藤と鈴木は日本で多い苗字ツートップだ。
30人も従業員がいてひとりもいないのは珍しいのではないだろうか。
「……ってことはこのお菓子、そもそもうちに送られた物でもないってことじゃないの!」
「そういうことになりますね土屋さん。しかも、佐藤も鈴木もありふれた苗字ですから、送り主と受取人を探すのは苦労しそうです」
弘美と土屋さんはふたたび大きなため息をつく。
「探したところでコンビニで買える駄菓子ですよ? もうなかったことにしてみんなで食べちゃいましょうよ」
「それはさすがにダメ!」
おちゃらけた態度で言う相田くんに、土屋さんの怒号が飛ぶ。
すると、なんだなんだと、事務所に入ってきた従業員たちが近づいてくる。
差出人不明のお中元。
わが社ではもう少しこの謎の荷物と付き合うことになりそうだ。
「どうしたものかしらねえ」
竹中弘美(たけなかひろみ)30歳。
大卒で入社した社員数30名ほどの地元の工務店で、今日も頭を悩ませている。
「どうしたんすか竹中さん」
「相田(あいだ)くん、ちょうどよかった。これ心当たりある?」
弘美が腕を組んで首をかしげていると、営業の相田くんに声をかけられた。
机の上に置かれている物を指差して弘美が問いかけると、相田くんはぽかんとした顔をする。
「なんですかそれ。駄菓子?」
「そうなの。駄菓子なの。しかも、そこのコンビニで買ったって感じの」
弘美がそう言うと、相田くんはビニール袋の中からスナック菓子をひとつ手に取った。
「こういうお菓子って懐かしいですね。もしかして従業員の誰かからの差し入れですか?」
「うん、差し入れだと思うよね。だけどね、従業員の誰かの差し入れじゃないのは確定なんだ」
コンビニのビニール袋に入った駄菓子の山。
これを見たら誰だって「休憩のときにでもどうぞ」と従業員の誰かが差し入れてくれたのかと思うだろう。
「どういうことっすか?」
「それがね、お中元ですって言って、社外の方がお持ちになったらしいのよ」
「──っお中元! これが⁉」
相田くんは手にしていたスナック菓子を落としそうになりながら大声をあげた。
その声に、なんだなんだと、事務所にいたベテランパートの土屋(つちや)さんが声をかけてくる。
「うるさいぞ相田。なにを騒いでいるの」
「ちょうどよかった土屋さん。これをお中元ですって言って持ってくるお取引先さまに心当たりありますか?」
弘美よりも10年長くこの工務店に勤めている土屋さん。
土屋さんならこの駄菓子のお中元に心当たりがあるかと思い、弘美は問いかけた。
「……嘘でしょ竹中さん。これがお中元?」
「そうなんです。私たちが来客対応中に麻華(あさか)さんが受け取ってくれちゃって」
「適当に受け取ったから、相手のことがわからないのか」
「そういうことなんです。どうしましょうこれ?」
麻華とはこの工務店の社長の娘である。
歳は弘美と変わらないはずだが、よくある縁故採用だ。
会社に籍こそあるものの、勤務実態はほとんどない。
そんなわがまま社長令嬢がどうして今日は出勤していたのかというと、お中元の期間だからである。
お中元の時期は事務所に届く荷物の量が増える。
それに加え、来客の数も半端ない。
ご挨拶ついでにと、取引先の方がお中元を手渡しにやってくるのだ。
たいていの方は「〇月〇日の何時ころに」とあらかじめ連絡を入れてくれる。
そうすればこちらもそれなりに出迎えの準備をする。
ここは町の工務店だ。場合によっては社長が自ら出迎えることもある。
だが、約束なしでいきなりやってくる取引先も少なくはない。
そういう方に限って「社長によろしく」と言って、ろくに名乗りもせずにさっさといなくなる。
それでも、熨斗(のし)に名前が書いてあれば問題ない。
お礼状に丁寧なあいさつの文面を添えればいいだけだ。
そもそも、取引先の顔さえわかれば荷物に名前なんて必要はない。
だからこそ、今日は営業の相田くんや、ベテランパートの土屋さんが事務所に詰めているのだ。
「コンビニの袋じゃ熨斗もついてないし、普段から仕事をしていない麻華さんじゃ取引先の顔なんてわからないもんねえ」
「そうなんです。それがよりによってこんなイレギュラーな荷物を受け取ってくれちゃって」
とうの麻華はとっくに逃げた。
弘美がとんでもない顔をして駄菓子の山を見ていたので、まずいと思ったのだろう。
「どんな人が持ってきたか、麻華さんには聞いたの?」
「二十代くらいのスーツを着た男性って言ってらっしゃいました」
「そうねえ、そんな人はそこらへんを歩いていれば何人も見かけるわね」
弘美と土屋さんは同時にため息をついた。
「悩んでいたってしょうがないわ。いつもお中元のやりとりがあるお取引先さまのリストと、すでに届いているお中元を照らし合わせてチェックしていくしかないでしょう」
「……やっぱりそうなりますか?」
「まあまあお二人とも。せっかくですからお菓子でも食べてリラックスしてください」
肩を落としている弘美と土屋さんの前に、相田くんが駄菓子の入ったビニール袋を逆さまにして中身をぶちまけた。
「こらこら! 一応はお中元ってことで渡された物なんだから、乱暴に扱わないの」
「てか、これをお中元ですって持ってくるヤバイ取引先なんて心当たりありませんよ。誰かのいたずらじゃないですか?」
お菓子の袋を開けようとする相田くんを、土屋さんがたしなめる。
そのとき、弘美はお菓子の山の中に、紙切れが入っているのを見つけた。
手に取ると、それはコンビニのレシートだった。
まさかお中元と言って渡してきた袋の中に、中身の値段がわかるものを入れっぱなしにしているとは驚きだ。
「あ、竹中さん。それ裏になにか書いてありますよ」
「本当だわ。なにかしらね」
弘美がじっとレシートを見ていると、相田くんと土屋さんに声をかけられた。
弘美はすぐさまレシートを裏返すと、そこに書かれている言葉を読み上げた。
「佐藤さまへ。お中元でーす、なんちゃって。暑い日が続きますがこれで元気をだしてくださいね。鈴木より」
「よかったじゃないですか二人とも。これで誰から誰へ送られてきた荷物かわかりましたね」
相田くんは安心した顔をして手をたたいた。
しかし、弘美はさらに頭を悩ませることになる。
「うちの会社、30人もいるのにひとりも佐藤も鈴木もいないよ」
佐藤と鈴木は日本で多い苗字ツートップだ。
30人も従業員がいてひとりもいないのは珍しいのではないだろうか。
「……ってことはこのお菓子、そもそもうちに送られた物でもないってことじゃないの!」
「そういうことになりますね土屋さん。しかも、佐藤も鈴木もありふれた苗字ですから、送り主と受取人を探すのは苦労しそうです」
弘美と土屋さんはふたたび大きなため息をつく。
「探したところでコンビニで買える駄菓子ですよ? もうなかったことにしてみんなで食べちゃいましょうよ」
「それはさすがにダメ!」
おちゃらけた態度で言う相田くんに、土屋さんの怒号が飛ぶ。
すると、なんだなんだと、事務所に入ってきた従業員たちが近づいてくる。
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