お題に挑戦した短編・掌編集

黒蜜きな粉

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お題:オムライスから見たあの子

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『雪景色』



 君が幼かった頃の思い出話でもしようかな。

 ある日、君が幼稚園の送迎バスからスキップで降りてきたことがあったね。
 そんな君の手の中には、画用紙が握られていた。
 危ないでしょって声をかけるお母さんに、君は得意げな顔をして画用紙を広げて見せた。
 そこには真っ白な何かが描かれていた。
 これは何かなって尋ねたお母さんに、君は雪の絵なんだって笑って答えた。

 そのときの君は、雪というものを見たことがなかったね。
 当然、雪に触れたこともない。
 スキー旅行に行ったという幼稚園のお友だちから聞いた話だけで、描いた雪の絵だった。
 本物の雪とはどこか違う、想像して描かれた雪景色。

 いまの君は、それを雪ではないと否定するかな。
 雪の温度が感じられないと、拒絶するかな。
 そんなわけないよね。
 君のように優しい人が、そんな残酷なことをしないはず。

 雪を知らない子供の描いた真っ白な何か。
 描いた子供にとっては、間違いなくそれは雪そのもの。
 きらきらと優しく輝く、なによりも美しい雪なのだから。
 否定なんてできない。
 拒絶することなんて、君には考えられないはずだ。

 君の人生だってそうだよ。
 僕は君の生き方の本当を知らない。
 だから、いまの君の存在を否定することなんて、僕にはできないんだ。

 君自身だってそうだろ。
 君のこれからの人生のことなんて、まったく知らないよね。
 君にだって、自分の生き方を否定はできない。
 誰にだって君を拒絶することはできないんだ。
 君の生き方を否定する人は、この世の中に存在しないんだよ。

 だけどね、いまの君は何もかもを拒絶しているように見えるんだ。
 学校を拒否して、お母さんを遠ざけて、僕のいたお弁当箱の蓋を閉じるとき、自分の心にも蓋をした。
 君が世界を拒絶しているように、僕には感じられるんだ。
 三角コーナーに捨てられてしまった僕を見て、ゴミになりたいと思ったね。
 自分ではない何者かになりたいと思うほどに、自分自身を拒絶している。

 でもね、世界のほうはそれほど君を拒絶してはいないと思うよ。
 だって、世界は君のことなんか知らないもの。
 知らないから、世界は君のことなんて気にもとめてない。
 そこいると気がついたとしても、わざわざ拒否する理由もないからね。
 ほどほどに生きたらいいんだよ。
 君は優しい人だから、何もかもを拒絶して生きているのは苦しいだろ。
 
 もしかしたら、僕がこうして君は優しい人だと決めつけているのも、勝手な妄想だと嫌になるかな。
 こんなのは、オムライスのとりとめのない話さ。
 気にすることはない。
 だから、もう少しだけ。
 僕の意識があるうちにおしゃべりをするよ。

 人は生きていると、たくさんの選択をしなくてはいけないよね。
 その選択のひとつひとつが正解なのかどうかは、誰にもわからない。
 だからこそ、誰にだって他人の選択を否定する権利はない。
 もしそういうことをする人がいたら、優しい心を忘れてしまった人なのだと僕は思う。
 人ではない何かに憧れて、人としての思考を放棄したいだけなんだ。
 オムライスの僕が言うんだから間違いないよ。
 優しい心を保てないくらい、疲れてしまった人なんだ。
 
 ああ、そっか。
 こうして思い出話をしていたから気がつけた。
 まとまりのない話をするのも、たまにはいいね。

 いまの君もそうなのかな。
 何もかも拒絶するほど、疲れているのかな。
 それじゃ、しかたがないか。
 今日だけは、君が僕を否定することを許してあげる。
 ゴミになってあげよう。
 僕がゴミになって世界から消えるよ。
 疲れてしまった君の心を持っていくよ。
 
 さようなら、優しい君。
 人が大人になるっていうのは、僕が想像する以上にきっと大変なんだね。
 でも、君が描いた雪の絵を僕は忘れない。
 あれは間違いなく本物の綺麗な雪景色だった。
 成長するのは優しくなることなんだって、僕は信じている。
 僕はいつだって食卓の上から君を見守っているよ。
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