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お題:オムライスから見たあの子

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『雨模様』



 電車を降りて駅から学校の門までの短い道のり。
 普通に歩けば10分で着くはずなのに、気がつけば30分ものろのろ歩いている。
 同じ服を着た人たちに、どんどん追い抜かされていく。
 君はその背中すら見ることができなくて、遅刻ぎりぎり。
 もうすぐチャイムが鳴るからって、無理やり足を動かす。
 最近はそんな日が続いていた。
 
 今日もいつも通り、お母さんがお弁当を作ってくれた。
 数あるレパートリーの中から、本日のメニューに選ばれたのはオムライスである私だ。
 お母さんのつくるオムライスはおいしい。
 チキンライスに固めのたまご、ケチャップをかけたシンプルなものだが、心があたたかくなる味だ。
 君がしょっちゅうお弁当にリクエストしてしまうのも頷ける。
 
 けれど、今日の私は君のリクエストじゃなかった。
 こういうのは、親の勘ってのもあるのかもしれない。
 オムライスだったら、オムライスならもしかして、そう願ってしまったのだろう。
 オムライスは、君たち親子にとって特別なものだから。

 最近の君は、私から見ても危うさが漂っていた。
 どこかへ消えてしまいそうで、おぼろげな雰囲気。
 きっと、お母さんは引き止めようと必死だった。
 その心配が杞憂だったことは、君と目があった私にはすぐわかったけれど。
 お母さんはずっと不安なんじゃないかな。

 いまの君にとって、お母さんは敵なのだろうか。
 目に映る全てが、君にとっては悪なのか。
 立ちはだかる全てが、君の存在を否定しているように思えるのか。

 じゃあ、君の目の前にいる私は……。
 私は君にとって、いったいなんなのだろう。

 お昼過ぎ、ようやく自室から出てきた君は私を見つけた。
 お弁当箱の蓋を開けて、ほんの少し微笑んだ。
 だから、君は不安定に見えても根っこは君のままなんだって、私は安心したのに。
 食べてはもらえず、お母さんに捨てられてしまった。

 三角コーナーの中は暗くて狭い。
 お弁当箱の中だって同じようなものなのに、ここはすごく嫌なんだ。
 じめじめしていて臭い。
 自分がオムライスであることを忘れそうになっていく。

「私がゴミになりたかった」

 そうか、そうなのか。
 私はもう君にとってゴミなのか。
 オムライスじゃなかった。
 ここで朽ち果て消えいくただのゴミ。
 いまの君には、世界がそんな風に見えているのだとわかった。
 
 それは辛い。
 とても悲しいことだ。
 君の目に映る世界はどれだけ曇っているのだろう。
 薄暗くて、空気がなんだか重たくて、くらくらしてしまう。

 だが、天気なんてすぐに変わる。
 いまは君の心に梅雨がきているだけ。
 いずれ季節が変わって、からっと暑い夏がくる。
 それくらいの気持ちで生きていればいいんだ。
 いずれ君の心に虹がかかる。
 そのときには、おいしいって笑って私を食べてほしい。

 最後にオムライスのこんなとりとめのない話を聞いてくれてありがとう。
 明日の天気はどんなだろうか。
 今日と一緒でどんよりと曇っているのか、それとも土砂降りの雨か。
 どうか君の目に映る世界が穏やかに晴れ渡っていますように。
 
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