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お題:星間鉄道

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『月の理』


 人は死ぬと月に至り、やがて雨となって地上に降り注ぐ。
 そして植物となって食べられると、再び人として生を受ける。

「あなた、良いカラダをしているね」

「……それはどうも」

 乗り込んだ船の客室で、同室になった者に話しかけられた。
 私の乗るこの船の名前は「星間鉄道」。
 その名の通り星の間を移動する乗り物だが、鉄道とは名ばかりの宇宙船だ。
 客室内の装飾がかつて地球で運行していたという鉄道という乗り物に模しているから、この名前がつけられている。

「そんな良いカラダの持ち主なら、他人と同室にならない一等客室に乗るべきじゃないのかな?」

「どこに席を取ろうと、私の勝手でしょ」

「もしかして庶民の生活を体験してみたいとか?」

「こんな装飾ゴテゴテの観光船に乗るような客は、そもそも庶民じゃないでしょう」

 ただ星の間を移動するだけなら、鉄道を模した船に乗る必要なんてない。
 わざわざ無駄に豪華な装飾の施された船に乗るのは、時間を持て余している金持ちだけだ。

「あはは、それはそうなんだけどさ。せっかくコンセプトのある船に乗ったんだから、それっぽく振る舞いたかっただけだよ」

「変な遊びに巻き込まないで。私はあなたと遊ぶ気なんてないの」

「遊びでないなら、なぜこの船に?」

 全力で目の前にいる乗客を拒否する姿勢を見せているというのに、しつこく声をかけられる。
 この船はたったいま月を出発したばかり。
 次に船が寄港するのは火星で、普通の船ならばそう時間はかからない。
 しかし、この船は鉄道を模した観光船だ。
 あえてゆっくりと時間をかけて火星に向かっている。

「……あなたも良いカラダをしていますよね。私なんかよりよっぽど」

 ねっとりとした口調で嫌味っぽく、私は目の前の客にむかって話しかけた。
 車掌に頼んで別の客室に移動してもよいが、どうせ船の外には出られない。
 だったら目の前の客と会話をしてもいいかと思ったのだが、素直に話をする気持ちにはなれなかった。

「お褒めの言葉をありがとう。面倒なことも多いけど、とても気に入っているんだ」

「それは本当のあなたのカラダを複製しているの?」

「ええ、もちろん。私も一度はあなたのように機械のカラダにしたのだけど、どうにもこの自分のカラダが恋しくなってね」

 いまの私は、全身を機械化している。
 元の私のカラダはとうの昔に機能を停止し、灰も残さず焼却してしまった。
 周囲には組織の一部でも、せめて脳くらいは残しておいた方がいいと言われたが、私は自分の肉体に執着はなかった。

「うらやましいこと。私は肉のカラダなんて不便なだけで必要性を感じなかったから。さっさと処分してしまったわ」

「その機械のカラダの見た目は、本来のあなたの姿ではないのかな?」

「まさか。これは適当にデザインしてもらった姿ですわ。本来の私の姿はデータにも残してはいませんから」

 そう言うと、目の前の客は驚いたように目を見開いた。
 目の前の客は、見たところ脳を機械化しているだけだ。その他のカラダの部分は、すべて血の通った肉で構成されている。

「……へえ、おもしろい。久しぶりに人らしく感情を表現する方と会いましたわ」

「あなたも本来はこうであったはずなのにね。本当にデータを残していないのかな?」

「捨てたモノの記録を残していても無駄なだけですから」

 その昔、地球に大きな隕石が落ちた。
 かつて恐竜を絶滅させたものと同等か、それ以上のものであったかもしれない。
 その影響で、さまざまな動植物が地上から消滅した。
 例外なく、人もそうであった。

 人は地球を逃れ、月にあがった。
 人は生き残るために、それまで倫理的に禁止されていたカラダの機械化、クローン化に手を出した。
 人類の生き残りをかけた研究は花開き、月にはかつて地上に存在した人間という生き物のデータが集積されている。
 
「私は自分のカラダが古くなるたびに、新しい機械のカラダにデータを移し替えてきましたわ。不要なデータはその度に消去していますの」

「だけど、月にはあなたのオリジナルデータを残しているのではないのかな?」

「言ったはず、私は肉を残していないの。オリジナルの脳がない以上、私の記憶はデータだけ。いくらオリジナルデータとはいえ、それが本物の私の記憶であるかの証明はできないのよ」

 私の答えに、目の前の客は肩をすくめた。
 呆れたように笑い、蔑んだ視線を私に向けてくる。
 
「そんなあなたがなぜこの船に乗ったのかな?」

「月の理(ことわり)から逃れられるのか試したいの」

 私の答えに、目の前の客は顔をしかめた。

「………………月の理、とは?」

 目の前の客はじっくりと時間をかけて考えたあと、慎重に質問をしてきた。
 私は目の前の客と視線を合わせ、ゆっくりと口を開いた。
  
「人は死ぬと月に至り、やがて雨となって地上に降り注ぐ……」
 
 私がそこまで話すと、目の前の客が続きを話し出す。

「人は死ぬと魂が月にとどまり、雨となって地に戻る。そして、植物に吸収されて穀類となり、それを食べた男の精子となる。男が女と性的に交わることで精子が胎内に注ぎ込まれて胎児となり、再び誕生する」

 目の前の客は、私が言いたかった言葉をすらすらと話した。
 私はその話す言葉を、頷きながら聞いていた。

「五火、だったかな。これがどうかしたのかな?」

「ええ、その通り。私のように全身を機械化してしまった人間は胎児として生まれることはできない。けれど、いま使用しているカラダの機能が停止すれば、自動的に月にある記憶データを新しい機械のカラダにうつして生まれなおすことができる」

「ああ、なるほど。つまり、結局のところ昔もいまも、月が人類の故郷であることに変わりないということかな」

「はい、その通りですわ」

 私が大きく頷いて答えると、目の前の客は再び肩をすくめた。

「だから、それがなんだというのかな。もしかして私はからかわれているのかい?」

 その問いに、私は首を横に振った。
 そして、船の窓に視線を向けると、月の姿を視界に入れた。

「人は死ぬと月に至る。昔もいまも変わらない。ならば、その輪廻から私は逃れたいの」

「……それで鉄道に乗ったと?」

 その問いに、私はこくりと頷いた。

「いまの人類はその魂とカラダの記憶が月に記録され、永遠に命を繰り返しているわ」

「かつて地上に存在した輪廻転生という考えが、明確に目に見える形に姿を変えたといえるかもね」

「はい。まったくもってその通りですわ」

「だけど、あなたが月の理から逃れたいのであれば、月に存在するあなたのオリジナルデータを消せばよいだけでは?」

「ええ、その通りですわね」

 私はゆっくりと頭を上下に動かしてから、口角をあげた。
 視線を目の前の客に戻すと、口を開く。

「なので、これは私の遊びです。でなければ、星間鉄道などという観光船には乗らない」

 私は自分の胸に手を置いた。
 肉のカラダであれば、心臓のある場所だ。
 しかし、機械のカラダに心臓はない。 

「私はもう自分が人であるのかどうかもわからない。だけど、私がいまでも人だというのなら、この船に乗って月から遠く離れた場所で機能を停止したとしても、再び月で目が覚めるはず」

 かつて心臓があったころ、胸に手を当てればどくんどくんと振動があった。
 その記憶すら、私は消してしまった。
 失ったカラダに未練を感じたくなかったから。

「あなたは死がおそろしくはないのかな?」

「私にはもう感情なんてものは、ありません。すべて捨ててきましたから」

 私は口角をあげたまま話し続ける。

「これは永遠を生きる暇を持て余した私だけの遊びなの。はるか彼方の暗い宇宙で命が尽きたとしても。私が再び人として生を受けられるかどうか」

 だから私はあなたと遊ぶつもりはない、きっぱりとそう言い切る。
 すると、目の前の客は真剣な顔つきになった。

「……人間界に戻るのか、新たな世界に至るのか?」

 目の前の客が静かに問いかけてきた。
 私は大きく頭を上下に動かす。

「そうか、それはたいそうな遊びだ。お邪魔をして悪かった」

 そうつぶやいたきり、目の前の客が私に話しかけてくることはなかった。
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