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争いのあとに
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クロビスが手にしていた鞄を、乱暴に投げ捨てる。
鞄は廊下の壁に勢いよく当たって、ドンと鈍い音がした。
サクラはその音に驚いて、びくりと肩を振るわせる。
「ノルウェットは死んだのです! これで満足ですか?」
クロビスが怒気を帯びた声を出す。
今日の朝も、元気にヴァルカと家の中を走り回っていた。
一緒に城へ行く道中、たくさん話をした。
そんなノルウェットがもういないなんて、サクラには信じられなかった。
「……うそだよ。ノルくんが死んだってそんな……」
「流れ人が襲ってきたのです。あなたも襲撃を知らせる鐘の音を聞きましたよね?」
クロビスに肩を掴まれた。
そのまま力強く押されて、サクラは廊下の壁に背中を叩きつけられる。
羽織っていただけのストールが、ハラリと床に落ちた。
「……っ、鐘の音は聞いたけど。襲ってきたのは本当にその、異世界人だったの?」
水面に映った戦闘の様子を、サクラは見ていた。
たしかに、襲撃者はゲームと同じ初期装備を身につけていた。
だからこそ、サクラはおかしいと思った。
本当にプレイヤーなら、あんな軽装で街へやってくるだろうか。
死にゲープレイヤーとして、あまりに迂闊すぎる。
そこでサクラはひとつの考察をした。
ベルヴェイクの語っていた大樹による魂の円環の話が、本当なのだと仮定する。
この世界の住民にとって、今日の襲撃者とサクラは同じ異世界人という括りになる。
しかし、襲撃者とサクラが同じ世界からやってきたとは限らないのではないか。
大樹の中にいくつの世界が存在するのかはわからない。
少なくとも北欧神話の世界樹には、九つの世界が存在した。
──ベルヴェイクが「プレイヤー」とか「負けイベント」って単語を出したのは、私が地球のある世界から来たのかを確認したかったからなのかもしれない。そして、ゲームをプレイしたことがあるのかを知りたかったとか? それでも説明つかないことはある気がするけど……。
サクラはノルウェットの死を嘆いているクロビスの前だというのに、つい黙り込んで考えごとをしてしまった。
あまりにも迂闊、いくらなんでも不謹慎すぎた。
目の前のクロビスがチッと舌打ちをする。
クロビスはサクラの肩を掴んでいる手に力を入れた。
クロビスの爪が、肩に食い込んで痛い。
「あなたの同胞がノルウェットを殺したのです! そんな関係ないような顔をしていないで、言い訳くらいしてみたらどうですか?」
「──っ、同胞だなんて言われても。私は知らないわ。会ったこともない人だもの」
サクラは痛みに耐えて、落ち着いた声色で言った。
途端、サクラの肩を掴んでいたクロビスの手が離れる。
「……すみません。少し冷静さを欠いているようです」
「それはかまわないの。大切なお弟子さんを亡くされたのだから無理ないわ」
「……部屋に戻ります。少しひとりにしてもらえますか?」
クロビスはふうと息をはいた。
彼は自分が投げ捨てた鞄を拾い上げると、ふらふらと歩きだす。
「ダメ! ひとりにはしておけない」
サクラはクロビスを追いかけた。
廊下を歩く彼の前にまわりこむと、手を広げて通せんぼした。
クロビスは立ち止まって深くため息をつく。
頭を抱えて横に振った。
サクラはクロビスの様子にかまわず、彼の目の前に近づいた。
いつもは玄関の中に入ってくると、すぐに取り外す黒い仮面。
いまはまだつけたままのその仮面を、サクラは取り外した。
「こんなときくらい、我慢しないで泣いてもいいと思うけど?」
クロビスはぐしゃぐしゃに顔を歪ませていた。
彼の頬が薄汚れている。
いつもクロビスとノルウェットは一緒にいた。
最後は素顔で別れたのかもしれないと思うと、サクラはたまらない気持ちになった。
サクラはクロビスの背中に腕をまわした。
力の加減は慎重に、ぎゅっと抱きつく。
本当は気の利いた言葉の一つや二つ、かけたほうがいいのかもしれない。
しかし、サクラにそんな器用なことはできなかった。
親しい者を亡くした人にかける言葉が思い浮かばなかった。
あなたはひとりじゃないよと、態度で示すことしかできない。
「…………こんなときだからこそ、いつもの馬鹿力を発揮してくださいよ」
「そんなの、あなたがいまにも泣き出しそうな顔をしているから無理だよ」
鞄は廊下の壁に勢いよく当たって、ドンと鈍い音がした。
サクラはその音に驚いて、びくりと肩を振るわせる。
「ノルウェットは死んだのです! これで満足ですか?」
クロビスが怒気を帯びた声を出す。
今日の朝も、元気にヴァルカと家の中を走り回っていた。
一緒に城へ行く道中、たくさん話をした。
そんなノルウェットがもういないなんて、サクラには信じられなかった。
「……うそだよ。ノルくんが死んだってそんな……」
「流れ人が襲ってきたのです。あなたも襲撃を知らせる鐘の音を聞きましたよね?」
クロビスに肩を掴まれた。
そのまま力強く押されて、サクラは廊下の壁に背中を叩きつけられる。
羽織っていただけのストールが、ハラリと床に落ちた。
「……っ、鐘の音は聞いたけど。襲ってきたのは本当にその、異世界人だったの?」
水面に映った戦闘の様子を、サクラは見ていた。
たしかに、襲撃者はゲームと同じ初期装備を身につけていた。
だからこそ、サクラはおかしいと思った。
本当にプレイヤーなら、あんな軽装で街へやってくるだろうか。
死にゲープレイヤーとして、あまりに迂闊すぎる。
そこでサクラはひとつの考察をした。
ベルヴェイクの語っていた大樹による魂の円環の話が、本当なのだと仮定する。
この世界の住民にとって、今日の襲撃者とサクラは同じ異世界人という括りになる。
しかし、襲撃者とサクラが同じ世界からやってきたとは限らないのではないか。
大樹の中にいくつの世界が存在するのかはわからない。
少なくとも北欧神話の世界樹には、九つの世界が存在した。
──ベルヴェイクが「プレイヤー」とか「負けイベント」って単語を出したのは、私が地球のある世界から来たのかを確認したかったからなのかもしれない。そして、ゲームをプレイしたことがあるのかを知りたかったとか? それでも説明つかないことはある気がするけど……。
サクラはノルウェットの死を嘆いているクロビスの前だというのに、つい黙り込んで考えごとをしてしまった。
あまりにも迂闊、いくらなんでも不謹慎すぎた。
目の前のクロビスがチッと舌打ちをする。
クロビスはサクラの肩を掴んでいる手に力を入れた。
クロビスの爪が、肩に食い込んで痛い。
「あなたの同胞がノルウェットを殺したのです! そんな関係ないような顔をしていないで、言い訳くらいしてみたらどうですか?」
「──っ、同胞だなんて言われても。私は知らないわ。会ったこともない人だもの」
サクラは痛みに耐えて、落ち着いた声色で言った。
途端、サクラの肩を掴んでいたクロビスの手が離れる。
「……すみません。少し冷静さを欠いているようです」
「それはかまわないの。大切なお弟子さんを亡くされたのだから無理ないわ」
「……部屋に戻ります。少しひとりにしてもらえますか?」
クロビスはふうと息をはいた。
彼は自分が投げ捨てた鞄を拾い上げると、ふらふらと歩きだす。
「ダメ! ひとりにはしておけない」
サクラはクロビスを追いかけた。
廊下を歩く彼の前にまわりこむと、手を広げて通せんぼした。
クロビスは立ち止まって深くため息をつく。
頭を抱えて横に振った。
サクラはクロビスの様子にかまわず、彼の目の前に近づいた。
いつもは玄関の中に入ってくると、すぐに取り外す黒い仮面。
いまはまだつけたままのその仮面を、サクラは取り外した。
「こんなときくらい、我慢しないで泣いてもいいと思うけど?」
クロビスはぐしゃぐしゃに顔を歪ませていた。
彼の頬が薄汚れている。
いつもクロビスとノルウェットは一緒にいた。
最後は素顔で別れたのかもしれないと思うと、サクラはたまらない気持ちになった。
サクラはクロビスの背中に腕をまわした。
力の加減は慎重に、ぎゅっと抱きつく。
本当は気の利いた言葉の一つや二つ、かけたほうがいいのかもしれない。
しかし、サクラにそんな器用なことはできなかった。
親しい者を亡くした人にかける言葉が思い浮かばなかった。
あなたはひとりじゃないよと、態度で示すことしかできない。
「…………こんなときだからこそ、いつもの馬鹿力を発揮してくださいよ」
「そんなの、あなたがいまにも泣き出しそうな顔をしているから無理だよ」
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