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ノンプレイヤーキャラクター
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黒い仮面の男はサクラの言葉をひと通り聞くと、ため息をついた。彼はサクラの手を振りほどくと、不服そうに腕を組む。
ゲーム通りに話を進めるなら、プレイヤーであるサクラは黒い仮面の男の申し出に素直に頷けばいいだけだ。そうすれば、彼は最初のダンジョンまでの道のりを、ざっくりと教えてくれるはずだった。
「それもそうですね。いきなり王になっていただきたいと言われても、わけがわかりませんよね」
「……あ、うん。それはそうなのだけどね。そこはそれというか、なんというか……」
多少強引でも、そうしなければ物語が始まらない。
そこはゲームのシナリオの都合上、だれも突っ込んではいけないところだ。
それをあっさりと声に出してNPCに指摘されてしまうと、なんとも言えない気まずい気持ちになる。
サクラがぶつぶつ小声でぼやいていると、男はパンと手を叩いた。
「わかりました。あなたには今日から私の自宅で暮らしていただきます」
「ええ、それっていいの? そんなことが可能なの⁉︎」
この世界を恋愛シミュレーションゲームとして考えるなら、攻略対象の家に住めるというのはとても良いことなのではないか。
サクラは驚きのあまり、間抜けな声で尋ねてしまった。
「かまいません。こちらのお願いを一方的に聞いていただくのは悪いですからね。当面の衣食住の提供はさせていただきます」
男が手のひらを合わせたまま、やけに嬉しそうな声を出す。
いかにも胡散臭い雰囲気が漂っているが、サクラには現状この男以外に頼れる存在がいない。
「あ、ありがとう。行くところがないから助かるわ」
不安を覚えつつも、サクラは黒い仮面の男に礼を言う。
すると、黒い仮面の男はすっと右手を突き出して人差し指を立てた。
「ただし、ひとつだけ条件がございます」
なるほど、そうくるのか。
サクラはそう思いつつ、ゲーム内ではしたことのないNPCとのやり取りに、高揚している。心臓の鼓動が、どんどんと早くなっていく。
「……いいわ。その条件とやらを聞かせて」
ここで取り乱してはいけない。サクラは心の中で落ち着けと自分に言い聞かせる。
すると、黒い仮面の男は空いている左手を、仮面の上に置いた。彼はそのまま顔に着けていた仮面をそっと取り外す。
「あなたにはこれから、私とごく親しい間柄の存在として過ごしていただきたいのです」
仮面の下からあらわれたのは、端正な顔立ちの青年だった。
サクラはこのとき、仮面の男の素顔を初めて見た。
ゲーム内で仮面の下の顔を拝める機会はなかった。最初から最後まで、彼はしっかりと仮面をつけていたからだ。
公式の設定資料集にも、素顔のデザインはなかった。
「……ご不満ですか?」
「不満なんてとんでもない! 衣食住の面倒を見てもらえるなら大助かりだわ」
男の言動や、彼に関するアイテムのフレーバーテキストの内容から、もう少し無骨な印象があった。
年齢も40歳過ぎの中年男性かと思っていた。
まさか、整った顔立ちの青年だとは意外すぎたのだ。
驚いて固まっていると、男が不機嫌そうに顔をゆがめる。
「そうですか。突拍子もない条件だというのは自覚していますが、それにしても不満そうにしていらっしゃるように見えたので」
「それはあなたの方だってそうじゃない! 初対面の相手にいきなり王になれとか言うしさ」
サクラは動揺していて、つい大きな声で返事をしてしまう。だがすぐに、このままではいけないと気がついた。
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、男に向かって淡々と問いかける。
「……えっとさ。それって恋人か婚約者のふりをしてほしいって理解であっているのかな? 私みたいな不審者にそんなことを頼んでいいのかしら」
「かまいません。ちょうど周囲からそろそろ結婚したらどうかと、うるさくせっつかれていたので助かります」
「そうなの? それならいいけどね」
サクラは右手を差し出した。
握手を求めたのだが、この世界に握手という文化はあるのかと不安になる。
「……えっと、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたします」
サクラの不安は杞憂に終わった。
男はサクラの差し出した右手を握り、胡散臭い笑顔を浮かべる。
「そういえば、まだ名乗っていなかったですね」
男は身をかがめてサクラの右手の甲に唇を落とす。
まるで子供のころに読んだ絵本の中に出てくる王子さまのような仕草に、あっけにとられる。
そこで、サクラはこのNPCが時おり気恥ずかしくなる言動をするキャラクターだったことを思い出した。
「私はクロビスと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね、婚約者どの?」
クロビスが上目遣いで視線を送ってくる。
サクラは頼りにするNPCを間違えたかと頭を抱えたくなった。
しかし、サクラひとりではこの場から動き出す勇気すらない。
このまま熊の肉片とともに朽ちていくのは絶対に嫌だ。
「ええ、よろしく。私の大切な婚約者さま」
クロビスの目をしっかりと見返し、サクラはこの世界で生き抜くことを決意した。
ゲーム通りに話を進めるなら、プレイヤーであるサクラは黒い仮面の男の申し出に素直に頷けばいいだけだ。そうすれば、彼は最初のダンジョンまでの道のりを、ざっくりと教えてくれるはずだった。
「それもそうですね。いきなり王になっていただきたいと言われても、わけがわかりませんよね」
「……あ、うん。それはそうなのだけどね。そこはそれというか、なんというか……」
多少強引でも、そうしなければ物語が始まらない。
そこはゲームのシナリオの都合上、だれも突っ込んではいけないところだ。
それをあっさりと声に出してNPCに指摘されてしまうと、なんとも言えない気まずい気持ちになる。
サクラがぶつぶつ小声でぼやいていると、男はパンと手を叩いた。
「わかりました。あなたには今日から私の自宅で暮らしていただきます」
「ええ、それっていいの? そんなことが可能なの⁉︎」
この世界を恋愛シミュレーションゲームとして考えるなら、攻略対象の家に住めるというのはとても良いことなのではないか。
サクラは驚きのあまり、間抜けな声で尋ねてしまった。
「かまいません。こちらのお願いを一方的に聞いていただくのは悪いですからね。当面の衣食住の提供はさせていただきます」
男が手のひらを合わせたまま、やけに嬉しそうな声を出す。
いかにも胡散臭い雰囲気が漂っているが、サクラには現状この男以外に頼れる存在がいない。
「あ、ありがとう。行くところがないから助かるわ」
不安を覚えつつも、サクラは黒い仮面の男に礼を言う。
すると、黒い仮面の男はすっと右手を突き出して人差し指を立てた。
「ただし、ひとつだけ条件がございます」
なるほど、そうくるのか。
サクラはそう思いつつ、ゲーム内ではしたことのないNPCとのやり取りに、高揚している。心臓の鼓動が、どんどんと早くなっていく。
「……いいわ。その条件とやらを聞かせて」
ここで取り乱してはいけない。サクラは心の中で落ち着けと自分に言い聞かせる。
すると、黒い仮面の男は空いている左手を、仮面の上に置いた。彼はそのまま顔に着けていた仮面をそっと取り外す。
「あなたにはこれから、私とごく親しい間柄の存在として過ごしていただきたいのです」
仮面の下からあらわれたのは、端正な顔立ちの青年だった。
サクラはこのとき、仮面の男の素顔を初めて見た。
ゲーム内で仮面の下の顔を拝める機会はなかった。最初から最後まで、彼はしっかりと仮面をつけていたからだ。
公式の設定資料集にも、素顔のデザインはなかった。
「……ご不満ですか?」
「不満なんてとんでもない! 衣食住の面倒を見てもらえるなら大助かりだわ」
男の言動や、彼に関するアイテムのフレーバーテキストの内容から、もう少し無骨な印象があった。
年齢も40歳過ぎの中年男性かと思っていた。
まさか、整った顔立ちの青年だとは意外すぎたのだ。
驚いて固まっていると、男が不機嫌そうに顔をゆがめる。
「そうですか。突拍子もない条件だというのは自覚していますが、それにしても不満そうにしていらっしゃるように見えたので」
「それはあなたの方だってそうじゃない! 初対面の相手にいきなり王になれとか言うしさ」
サクラは動揺していて、つい大きな声で返事をしてしまう。だがすぐに、このままではいけないと気がついた。
ゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、男に向かって淡々と問いかける。
「……えっとさ。それって恋人か婚約者のふりをしてほしいって理解であっているのかな? 私みたいな不審者にそんなことを頼んでいいのかしら」
「かまいません。ちょうど周囲からそろそろ結婚したらどうかと、うるさくせっつかれていたので助かります」
「そうなの? それならいいけどね」
サクラは右手を差し出した。
握手を求めたのだが、この世界に握手という文化はあるのかと不安になる。
「……えっと、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いいたします」
サクラの不安は杞憂に終わった。
男はサクラの差し出した右手を握り、胡散臭い笑顔を浮かべる。
「そういえば、まだ名乗っていなかったですね」
男は身をかがめてサクラの右手の甲に唇を落とす。
まるで子供のころに読んだ絵本の中に出てくる王子さまのような仕草に、あっけにとられる。
そこで、サクラはこのNPCが時おり気恥ずかしくなる言動をするキャラクターだったことを思い出した。
「私はクロビスと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね、婚約者どの?」
クロビスが上目遣いで視線を送ってくる。
サクラは頼りにするNPCを間違えたかと頭を抱えたくなった。
しかし、サクラひとりではこの場から動き出す勇気すらない。
このまま熊の肉片とともに朽ちていくのは絶対に嫌だ。
「ええ、よろしく。私の大切な婚約者さま」
クロビスの目をしっかりと見返し、サクラはこの世界で生き抜くことを決意した。
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