上 下
29 / 51

29

しおりを挟む
 別宅は湖のほとりにあった。

「この時期は湖の周囲に花が咲くのだ。良い眺めだろう?」

「わあ、とても綺麗です。連れてきてくださってありがとうございます!」

 別宅の二階のテラスから眺める景色は美しかった。湖面に太陽の光が反射してきらきらと輝き、その周囲に色とりどりの花が咲き乱れている。

「君もこれからは息抜きをしたいときに来るといい。こちらの屋敷にも常に人はいるからいつでも歓迎される」

「……ああ、つまり私を避けていた時はこちらに逃げ込んでいたのですねえ」

 ソフィアが乾いた笑いを浮かべると、途端にイーサンが慌てだす。

「そ、それはもういいじゃないか。今は避けていないだろう?」

「これだけ美しい景色ですもの。きっと女性を連れ込んでいらしたのでしょうねえ」

「も、もうここはいいな。ほら、次の場所を案内するから」

 イーサンはソフィアの腰に手を回し、強引にその場から移動させる。


 ソフィアはイーサンに別宅の中を案内されている。次に連れてこられたのは温室だった。
 
「わあ、すごい広い! とっても素敵ですわね」

 あまりに立派なつくりの温室に、ソフィアは興奮していた。
 広さにも驚いたが、先ほど二階のテラスから見た景色に負けないくらいの色とりどりの花が咲き乱れ、まるで異国に来たのかと思うほど緑であふれている。

「私の亡くなった母は身体が弱くてな。騒がしい本宅ではなく、こちらの別宅で過ごすことが多かったのだ」

 イーサンは話をしながら温室の中にあるベンチに腰掛けた。はしゃぐソフィアにも座るように勧めてくる。

「あまり外に出ることができない母のために、この屋敷の中で少しでも心穏やかに過ごせるようにと、父がこの温室を作らせたのだ」

「では、この温室はお父さまからお母さまへの愛の証なのですね」

 ソフィアはイーサンの隣に座って温室の天井を見上げた。半球形の高い天井、きっと先代の辺境伯は心の広い優しい人だったのだろうなと思った。

「そうだ。だから、この別宅に女性を招いたことはない。連れてきたのは君が初めてだ」

 イーサンが真面目な様子で語るので、ソフィアは天井ではなくイーサンを見上げた。

「申し訳ございません。先ほどは失礼なことを申し上げましたわ」

「……謝ることはない。私の行動が招いた結果なのだからな」

「素敵な思い出の場所にご案内していただいてありがとうございます。私、ここが気に入りましたわ」

 ソフィアは勢いよく立ち上がると、温室の中をさらに奥へと進もうとする。
 すると、イーサンが慌ててソフィアのあとを追いかけてきて腕を掴んだ。

「どうかなさいましたか?」

「あ、いや……。そっちは、まだ……」

「…………………………………まだ?」

 イーサンの目が泳いでいる。こういう時は何かうじうじと悩んでいる時だ。いい加減に彼のこういったところがわかるようになってしまった。

「まだ、何ですか? 何か隠しているのですか⁉」

「あ、いや。隠しているわけではなくて……」

「隠しているわけではないのならよろしいですわね⁉」

 ソフィアはイーサンの腕を振り払って先へと進んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)妹の身代わりの私

青空一夏
恋愛
妹の身代わりで嫁いだ私の物語。 ゆるふわ設定のご都合主義。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

結婚式の晩、「すまないが君を愛することはできない」と旦那様は言った。

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
「俺には愛する人がいるんだ。両親がどうしてもというので仕方なく君と結婚したが、君を愛することはできないし、床を交わす気にもなれない。どうか了承してほしい」 結婚式の晩、新妻クロエが夫ロバートから要求されたのは、お飾りの妻になることだった。 「君さえ黙っていれば、なにもかも丸くおさまる」と諭されて、クロエはそれを受け入れる。そして――

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

[完]僕の前から、君が消えた

小葉石
恋愛
『あなたの残りの時間、全てください』 余命宣告を受けた僕に殊勝にもそんな事を言っていた彼女が突然消えた…それは事故で一瞬で終わってしまったと後から聞いた。 残りの人生彼女とはどう向き合おうかと、悩みに悩んでいた僕にとっては彼女が消えた事実さえ上手く処理出来ないでいる。  そんな彼女が、僕を迎えにくるなんて…… *ホラーではありません。現代が舞台ですが、ファンタジー色強めだと思います。

処理中です...