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「旦那さまはいったいどういうつもりなの⁉」

 自室で叫ぶソフィアに、侍女のルイースがまあまあと言って宥めてくる。
 彼女はソフィアと共に辺境伯家にやってきた。この家の中でソフィアが唯一心を許せる存在だ。

「……どういうつもりと私に言われましてもねえ。ご夫婦なのですから、ご自分でお尋ねになったらよろしいのではないですか?」

「自分で聞けるのならとっくにそうしているわよ!」

 初夜からひと月の歳月が流れた。
 あの日から一度たりともイーサンはソフィアの身体に触れてこない。
 それどころか、寝室は別のうえ、同じ屋根の下に暮らしているというのにろくに顔を合わせない。
 これでは夫婦とは呼べない、ただの同居人だ。いや、会話がないので同居人以下かもしれない。

「旦那さまはお忙しい方ですからね。もう少し時間が経てばお暇になるんじゃないですかあ?」

「適当なことを言わないでよルイース!」

 忙しいのは間違いない。
 わが国は辺境伯家の領地と接している隣国と国交を結んでいない。
 国境ではつねに睨み合いが行われており、ときおり諍いも起きていると聞く。
 辺境伯領は国防の要だ。領主であるイーサンが常に気が抜けないというのは理解できる。

「だってそもそもは、先代辺境伯さまが突然の事故で亡くなられたから、旦那さまの身になにかあっては困ると婚姻を急いだのでしょう? だったらさっさと子供を作らなければ意味ないじゃない!」

 ソフィアは目の前のテーブルを勢いよく叩いた。
 すると、ルイースが用意してくれていた紅茶が、カップから溢れてテーブルの上にこぼれてしまう。

「……………あ、ごめんなさい。せっかく淹れてくれたのに……」

「いいのですよ。ソフィア様が焦るお気持ちは十分に存じておりますので」

 ルイースは布巾で手早くテーブルの上を拭いて、新しい紅茶を用意する。
 彼女は新しい紅茶の入ったカップをソフィアの目の前に置きながら、ぷっくりと頬を膨らませた。 

「わたくしだってソフィア様を惨めなお気持ちにさせている旦那さまに憤っております! 許されるのなら胸倉を掴んで、うちのお嬢さまのどこが気に入らないのかと怒鳴りつけてやりたいですわよ」

「ありがとうルイース。でも、そんなことを本気でやったら首が飛ぶわよ」

「わかっておりますよ。せいぜいこっそりと睨みつけるくらいにしておきますわ」

 ルイースが腕を組んで険しい顔をするので、ソフィアは声を出して笑った。




「…………そういえば、お姉さまは見つかったのかしら」

 ひとしきり笑い終えたソフィアが真面目な顔をして呟くと、ルイースは腕をおろして顔を伏せた。

「いいえ。まったく消息が掴めないと聞いております」

「そりゃそうよねえ。痕跡を残さず姿を消すなんてお手のものよね」

 姉は一族を代表する魔術の使い手だ。王都にある魔術研究院の主任研究員をつとめるほどの魔術の腕前がある。

「……姉上さまは結婚したら研究が続けられなくなると、心配なさっていましたものね」

「今頃どっかの山奥で自分の研究を続けているのよ。でもなあ、まさかあの大人しいお姉さまが自分の結婚式から逃げ出すとは思いもしなかったわ」

 ソフィアがテーブルに両肘を付いてため息をつくと、ルイースが棚から焼き菓子を出してくれた。
 菓子を一つ手にとって口に放り込む。甘い味が口の中に広がるが、心の中は苦々しい思いでいっぱいだった。

「真面目で大人しい姉上さまだからこそ、思い詰めて大胆な行動に出てしまったのかもしれませんね」

「……ふふ、きっとそうね」

 姉は、魔術の才能に溢れた美しく優しい人だった。 
 その姉が逃げると決めたのだから、きっと探し出すのは困難を極めるだろう。


「……家同士が決めた結婚とはいえ、きっと旦那さまは本気でお姉さまのことを愛しておられたのね」

 イーサンと姉は王立学園の同級生だった。同じ教室で肩を並べて勉学に励んでいたと聞いている。あの姉がそばにいたのなら、惚れるのは納得してしまう。

「だからってさ、もう私と結婚した事実はなくならないってのにね。お姉さまのことは諦めて、さっさと私を抱いて下さらないかしら」

「またソフィア様はそうやって遠慮せずにはっきりと物事をおっしゃるからあ。そういうの、殿方はあまり好まれないと思いますよ」

「あら、そうかしら?」

「そうなのですよ。お姉さまだって物静かでひたすら研究に励んでいるような真面目な方だったでしょう? 旦那さまはきっとそういうお方が好みなのですよ」

「そうね、たしかにそうだわ。お姉さまはお淑やかで私とは正反対……」

 ルイースの話を聞いていて、ソフィアはある決意をした。

「私はこれからお姉さまのような女性になるわ。それで絶対に私を抱かせてみせる!」





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