上 下
128 / 151
真実

しおりを挟む
 ――笑顔を向けられると幸せな気持ちになれた。彼の瞳に映る自分の姿を見ると安心した。
 
「……人は誰かを愛すると馬鹿になる、か」

 ライラは自分にだけ聞こえるような小さな声でぼやいたつもりだった。
 しかし、そばにいるイルシアとファルにはライラの発言が聞こえてしまったらしい。二人は互いに顔を見合わせて首を傾げた。

「急になんだよ。またおかしくなったんじゃねえよな?」

 イルシアが怪訝そうな顔をして尋ねてきた。
 ライラは困惑気味にイルシアに笑いかけてからクロードへ視線を向ける。彼に鋭いにらみを利かせながら、イルシアの質問にはっきりと答えた。

「この人と結婚するときに人に言われた言葉を思い出したの。愛は人に予想外の行動を取らせることがある。取り扱いの難しい感情だから気をつけろってね」

 ライラが自分をさげすむように笑うと、クロードの表情が崩れた。口をあんぐりと開けた間抜けな顔をして、ライラを見つめてくる。
 そんなに驚くような意外なことを言ったのかと呆れて物申したい気持ちになったが、クロードの隣でマスターが妙に感心した顔をしながら頷いているのが目に入る。それを見て食ってかかるのも面倒だと思い、ライラは何も見なかったことにしてイルシアに視線を戻した。

「おかしくなったと言われてしまえばその通りなのだろうなと思ったのよ。この土地にきてずいぶんと正気になったつもりでいたけれど、まだまだ駄目ね」

「たしかに初めて会った頃のお前はかなり馬鹿っぽかったけどさ。俺と会う前のことは知らないって言っているだろ」

「もう! 馬鹿だなんで失礼なことを言わないの。ごめんなさいライラさん。口が悪いだけでイルはライラさんのことを心配しているんですよ。もちろん私だって心配したんですからね!」

 ファルがあたふたとしながらイルシアの背中を叩いて頭を下げる。ライラは彼女を安心させるように微笑みかけた。

「わかっているわ。二人ともありがとう」

 ライラとファルが笑い合っていると、クロードが安堵したように頬をほころばせた。
 お前に笑顔を向けたわけじゃないぞ、とライラはもう一度ぎろりとクロードを睨みつけた。

「あなたが本気で私を愛してくれていたのなら、きっとあなたも馬鹿になっていたのよね。だからといって全てを許す気持ちはこれっぽっちもないから。安心したような顔をしないでちょうだい」

「――私は君を愛している」

 ライラは拒絶の意思をはっきりと態度にあらわしているつもりだった。しかし、クロードは真面目な顔をして、ライラの言葉をさえぎるように声をあげた。

 ライラはすぐに次の言葉を発言する気になれずにため息をついた。
 婚姻関係を継続していた頃の自分なら、愛していると言われれば喜んだろう。どんなに歯の浮くような台詞でも、待ちに待っていた言葉に違いない。
 だが、今となっては不快にしかならない。最低な言葉にしか聞こえない。そんな自分の感情の変化に気がついてひどく驚いてしまった。

「……そう。あなたもいまだに馬鹿をやっているということね。これからどんな素敵なお話を聞かせてくれるのか楽しみだわ」

「そ、そんな喧嘩腰にならなくてもいいじゃないか。私はただ本音を隠すのはやめようと思っただけで……」

「ああもう! あなたがいると苛々するわ」
しおりを挟む
感想 246

あなたにおすすめの小説

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

素質ナシの転生者、死にかけたら最弱最強の職業となり魔法使いと旅にでる。~趣味で伝説を追っていたら伝説になってしまいました~

シロ鼬
ファンタジー
 才能、素質、これさえあれば金も名誉も手に入る現代。そんな中、足掻く一人の……おっさんがいた。  羽佐間 幸信(はざま ゆきのぶ)38歳――完全完璧(パーフェクト)な凡人。自分の中では得意とする持ち前の要領の良さで頑張るが上には常に上がいる。いくら努力しようとも決してそれらに勝つことはできなかった。  華のない彼は華に憧れ、いつしか伝説とつくもの全てを追うようになり……彼はある日、一つの都市伝説を耳にする。  『深夜、山で一人やまびこをするとどこかに連れていかれる』  山頂に登った彼は一心不乱に叫んだ…………そして酸欠になり足を滑らせ滑落、瀕死の状態となった彼に死が迫る。  ――こっちに……を、助けて――  「何か……聞こえる…………伝説は……あったんだ…………俺……いくよ……!」  こうして彼は記憶を持ったまま転生、声の主もわからぬまま何事もなく10歳に成長したある日――

はじまりは初恋の終わりから~

秋吉美寿
ファンタジー
主人公イリューリアは、十二歳の誕生日に大好きだった初恋の人に「わたしに近づくな!おまえなんか、大嫌いだ!」と心無い事を言われ、すっかり自分に自信を無くしてしまう。 心に深い傷を負ったイリューリアはそれ以来、王子の顔もまともに見れなくなってしまった。 生まれながらに王家と公爵家のあいだ、内々に交わされていた婚約もその後のイリューリアの王子に怯える様子に心を痛めた王や公爵は、正式な婚約発表がなされる前に婚約をなかった事とした。 三年後、イリューリアは、見違えるほどに美しく成長し、本人の目立ちたくないという意思とは裏腹に、たちまち社交界の花として名を馳せてしまう。 そして、自分を振ったはずの王子や王弟の将軍がイリューリアを取りあい、イリューリアは戸惑いを隠せない。 「王子殿下は私の事が嫌いな筈なのに…」 「王弟殿下も、私のような冴えない娘にどうして?」 三年もの間、あらゆる努力で自分を磨いてきたにも関わらず自信を持てないイリューリアは自分の想いにすら自信をもてなくて…。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

【完結】私の見る目がない?えーっと…神眼持ってるんですけど、彼の良さがわからないんですか?じゃあ、家を出ていきます。

西東友一
ファンタジー
えっ、彼との結婚がダメ? なぜです、お父様? 彼はイケメンで、知性があって、性格もいい?のに。 「じゃあ、家を出ていきます」

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...