離婚したので冒険者に復帰しようと思います。

黒蜜きな粉

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ランクアップ

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「……冗談はさておき、ライラさんのお耳に入れたい重要なお話があるのです。今からお時間よろしいですか?」

 先ほどまでのふざけた態度をしまい、マスターが真面目な調子で話し出す。
 いきなり雰囲気の変わったマスターに、ライラは顔をしかめた。

「そんなに急ぎの話なの? 私はさっき試験を終えたばかりなのよ。今日ぐらいゆっくりさせてくれてもいいじゃない」

「さほど時間はかかりませんので……。お願いいたします」

 ライラは真剣な様子のマスターに戸惑いながら、ちらりと背後に視線を向ける。
 今日はライラのランクアップ祝いを、ハチが主催でしてくれる予定になっている。
 冒険者登録試験のときには打ち上げに参加しなかったので、今日は素直に祝われるつもりでいたのだ。
 ライラの背後にいて視線の合ったハチは、八重歯を見せてにかっと笑った。

「そういうことなら、俺は他の人らと先に店へ行っています! 会場は温めておくので、姉さんもあとから来てくださいね! 絶対ですよー」

 ハチはライラとマスターに向かって敬礼すると、彼の仲間の元へと駆け寄っていった。
 こういう時のハチは察しがよく、うまく物事を運んでくれる。
 はじめて会った頃の卑屈さがなくなって、最近は若手の中でも抜きんでた存在になってきていた。
 一連のやり取りを見ていたイルシアとファルも、そんなハチについて行こうとする。

「待ってください。イルシア君とファルさんのお二人にも聞いてもらいたいのです」

 イルシアとファルは、マスターに呼び止められて互いの顔を見合せた。
 イルシアはすぐにファルからマスターに視線を向けると額に皺を寄せた。

「話ってライラだけじゃ駄目なのかよ」

「こらっ! マスターに何て口の利き方するの。す、すみません!」

 マスターにぞんざいな口を利いたイルシアを見て、ファルが顔を青褪めさせる。
 ファルはイルシアの首根っこを掴んで頭を下げさせた。

「念のためですよ。よろしいですかね?」

「も、もちろんです! ね、イル?」

「……ええ、面倒くせえな。早く飯が食いてえのに……っいで!」

 イルシアがめんどくさそうにしていると、ファルが杖で彼の頭を叩いた。
 ファルはイルシアの首根っこを掴んだままさっさと歩き出す。
 マスターに呼び出しを受けるときは、たいてい彼の執務室で話をする。
 それが分かっているファルは、組合の最奥にあるマスターの執務室に向かってイルシアを引きずって行った。

「あらら、仲が良くていいわね」

「あの二人は昔っから変わりませんねえ」

 ライラとマスターは、ロビーに立ったまま小さくなっていく二人の背中を見つめていた。
 すると、マスターがライラの顔を覗き込んでくる。

「私たちも二人のように仲良く行きますか?」

「あら、マスターも首根っこ掴まれて引きずられたいのかしら」

 ライラが胸の前で拳を握ると、マスターは顔を覗き込むのをやめて肩をすくめた。

「それは勘弁して頂きたいな」

「ええ、私だってそんなのは嫌よ」

 そう言って二人そろってため息をつくと、イルシアとファルに続いて大人しく歩き出した。 



 ライラはロビーを出る直前、見覚えのある冒険者たちがこちらを見ていることに気が付いた。

「ムカつく女だぜ。マスターに取り入りやがって」
「どうせ女を使ったんだろ。実力じゃねえさ」
「どうせいい顔をしていられるのも今の内だけさ」

 冒険者たちはライラに向かって聞こえるように暴言を吐いてくる。
 冒険者登録試験のときに、受験者に向かって悪態をついていた者たちだ。

「おや、ライラさんは人気者ですねえ。……大丈夫ですか?」

 ライラに聞こえるのだから、隣を歩いているマスターにも当然ながら彼らの言葉は聞こえている。
 彼らは単純にライラの気分を害したいだけだったのだろうが、そうすることでマスターに自分たちの素行の悪さを晒していることに気が付いているのだろうか。
 ライラは彼らの頭の中身が心配になってしまっていた。いまだにライラに喧嘩を売ってくるあたり、懲りてはいないらしい。

「あんなのを私が気にするとでも思うのかしら? そのうち勝手に消えていくような奴らのことなんか、いちいち構っていられないわ」

「そんな余裕そうにおっしゃっていますけれど、登録試験のときはやらかしていたじゃないですか」

「うそ、あれを見ていたの? 演習場にはいなかったじゃない!」

 ライラは一次試験での出来事を思いだして、恥ずかしさから頬が熱くなる。
 赤くなった頬を隠すように手で覆ったライラを、マスターは笑って見ていた。
 その態度に腹が立ったので睨みつけたが、彼は涼しい顔をして受け流した。
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