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学生時代の友人の結婚式に参列した。
そりゃ社会人になってからは学生のときのように連絡を取り合っていなかったし、顔を合わせて遊んだりもしていなかった。
それでも、年に数回は会っていたし、仲の良い友人だと思っていた。
「ご友人さまは歩いてのご移動をお願いしております」
とある港町。そこの丘の上には教会が建っている。
その教会で式を挙げることに憧れている女性は少なくない。これまでにも何度かこの教会での式に参列したことがある。
「……えっと、バスとかタクシーとか用意されてないんですか⁉」
教会での式が終わり、友人一同で披露宴会場のホテルに移動しようとしていた。
披露宴は丘の下にある港町のホテルで行われる。
つまり、式の会場から披露宴の行われるホテルまで、丘を下って移動しなければならない。
確認しなかったこちらも悪いのだが、これまでの経験からバスかタクシーが用意されているものだと思っていた。
「申し訳ございません。バスのご用意があるのはご親族の方だけでございまして……。ご友人様やお仕事関係の方々は徒歩でのご移動をお願いしております」
式場のスタッフが申し訳なさそうに頭を下げている。その姿を眺めながら、友人一同は途方に暮れてしまう。
その日は大安吉日。しかも、連休のど真ん中だ。
式場の前は予約済みのバスとタクシーでごった返しているが、全て他家の式に参列した招待客のためのものだった。
ダメ元で配車を頼んだが、時間がかかると言われてしまった。なぜなら、この町は有名な観光地でもあるからだ。タクシーはすべて出払ってしまっているらしい。
「披露宴って式の終了から一時間後だっけ? もうあと30分しかないよ」
「披露宴会場ってここから歩いて15分くらいだし。それなら歩くしかないでしょ」
「マジで言ってる? ここの坂ってかなり急じゃん。こんなヒールで歩くなんて無理すぎるわ!」
華やかなパーティドレスに身を包んだ友人一同は、頭を抱えてしまっていた。
そこへ一人の男性が声をかけてくる。
「よかったら私たちが呼んだタクシーに乗ってください」
その男性は同じ式に参列していた新郎の会社関係の招待客だった。
その男性は年配の上司にこの急坂を歩かせるわけにはいかないと、無理を言って一台だけタクシーを呼んだという。
しかし、その上司もさすがに細いヒールを履いたドレス姿の女性にこの坂を歩かせるのは危険すぎると、タクシーを譲ってくれたのだ。
友人一同、新郎上司の方に何度も何度もお礼を言ってタクシーに乗った。
そんなトラブルから始まった披露宴も終わりに近づいている、とこの時は思っていた。
「どうぞ、皆さまお外をご覧くださいませ!」
司会者に促され、招待客たちは披露宴会場の窓の外、ホテルの中庭へと視線を向ける。
そこにはお色直しを終えた新郎新婦が、ライトに照らされながら並んでいた。
「わあ、綺麗だねえ」
「……うん、綺麗は綺麗なんだけどさ。あの子は何回お色直しすんのよ」
「それは言っちゃだめ!」
そんな風にこそこそと話をしていると、司会が友人のテーブルに近付いてきて「どうぞ新郎新婦とお写真を」と促してくる。
正直、三回目のお色直しとなってくると写真を撮りに行くのはしんどかった。
しかし、めでたい席なので断りづらい。司会に促されるまま、スマホを持って中庭にいる友人新婦の元へ近付こうとする。
すると、なぜか会場スタッフに止められた。披露宴会場から中庭へ直接出るのではなく、いちど宴会場の正面入り口から廊下へ出るようにと指示される。
「え、中庭にいる二人のところに写真を撮りに行くだけなのに……」
「どうしていちいち会場の外から大回りしなくちゃいけないの?」
何事かと友人一同で困惑していると、同じように招待客全員が会場スタッフに披露宴会場から追い出されていることに気が付いた。
「ええ、これってどういうことなのかなあ」
「まさか、招待客のみんなと撮影会でもする気なの?」
招待客全員が困惑しはじめ、周囲がざわついている。
そんな招待客たちを徹底的に無視した会場スタッフに促されるまま、ホテルの正面玄関まで案内された。
ホテルの玄関には巨大なバスが用意されていた。招待客たちは事務的なスタッフの誘導に従い、次々にバスへと乗り込んでいく。
このとき、私はあまりに突然の出来事で困惑しており頭がうまく働いていなかった。招待客が全員乗れるバスの予約をしてあったことに気がついたのは、家に帰り着いてからだった。
招待客を乗せたバスは、港町にある桟橋に到着した。気がつけば、招待客全員が寒空の下に放り出されていたのだった。
この日は11月の半ばだった。
ちょっと中庭に出て写真を撮るだけのつもりだったので、上着はホテルのクロークに預けたままだ。
友人一同で肌寒さに震えていると、桟橋の先に停まっていた船の上に新郎新婦とその親族たちがずらりと並んでいることに気が付いた。
どういうわけなのか、招待客よりも先に桟橋へ到着していたらしい。
いつの間にと招待客たちはまたざわついていたが、そんなことにはまるで気がついていない司会が明るい声を出す。
「新郎新婦さま、御両家の皆さま、本日から新しい人生の旅路にご出発なさいます。どうかみなさま、大きく手を振ってお見送りをお願いいたします!」
たしか司会はそんなことを言っていたと思う。ちなみに司会も船に乗っていた。
司会の声が徐々に遠ざかっていく。新郎新婦、その親族を乗せたまま船は出航した。
桟橋に多くの招待客を残したまま――。
「……え、このあと私たちはどうしたらいいのさ?」
「つか乗ってきたバスいないじゃん!」
ちなみにプランナーも船に乗っていたので、桟橋に残されたのは招待客だけだった。状況を確認したくても、事情を知っていそうな人が誰もいなかったのだ。
幸い、友人一同は中庭に出て新郎新婦と写真を撮るつもりだったのでスマホは持っていた。
すぐさま船に乗っている新婦やその親に電話をかけたが誰もつながらなかった。沖合に出てしまえば圏外なのかもしれないし、そもそもあの衣装ではスマホは手元にないのかもしれない。
だが、こちらはスマホを持っていたおかげてホテルに連絡ができた。
ホテルは招待客の多くが披露宴会場に荷物を残したまま誰も戻ってこないので困惑していた。
ちゃんとホテルと打ち合わせをしていないのか、そんな突っ込みはもはや誰もしなかった。呆れて言葉が出てこないとはこういうことかと、このときほど思ったことはない。
とりあえず今から戻ります、そう言って電話を切り、友人一同はホテルに歩いて戻ろうとした。当時はスマホで決済できるタクシーは多くはなかったので、タクシー移動はすぐに諦めた。
すると、式終わりと同じように新郎の会社の方が声をかけてくれた。新郎の同僚男性は、スーツのポケットに財布を入れていたので現金があるという。
さすがにまたタクシーを譲ってもらうのは気が引けたので、上司の方と他にもいた年配の招待客の方に乗ってもらった。
そして、友人一同は新郎の会社の若い男性陣と一緒に歩いてホテルに戻った。
そこから恋愛関係に発展して、というなら少しは良い思い出になったかもしれない。
しかし、現実はそんなにうまくはいかない。
歩いてホテルの戻る途中は終始無言で、誰も連絡先の交換なんてしなかった。
そりゃあんな式を強行した新婦の友人なのだ。恥ずかしくて謝罪の言葉以外が出てこなかったのだ。
この結婚式の日から、新婦であった友人とは一切連絡を取っていない。
私は転勤をして住所が変わったが、そのことはもちろん知らせていない。
あの夫婦はまともな結婚生活を送れていないだろうと思っている。
新郎の上司と同僚はとても怒っていた。あんな式をした男と同じ会社だということに、恥かしさを覚えているかもしれない。新郎はあの上司や同僚たちのいる会社での出世は見込めないだろう。
そうなると、あれだけ派手な演出の式をするほど見栄っ張りなあの子のことだ。旦那が会社で出世できず、いつまでも稼ぎが増えないことにいずれは不満を感じるにきまっている。
だが、もう二度とあんな式に巻き込まれる被害者がでてほしくはない。
あの日に行われた一連の行事が、彼女にとって最後の結婚式であることを祈っている。
そりゃ社会人になってからは学生のときのように連絡を取り合っていなかったし、顔を合わせて遊んだりもしていなかった。
それでも、年に数回は会っていたし、仲の良い友人だと思っていた。
「ご友人さまは歩いてのご移動をお願いしております」
とある港町。そこの丘の上には教会が建っている。
その教会で式を挙げることに憧れている女性は少なくない。これまでにも何度かこの教会での式に参列したことがある。
「……えっと、バスとかタクシーとか用意されてないんですか⁉」
教会での式が終わり、友人一同で披露宴会場のホテルに移動しようとしていた。
披露宴は丘の下にある港町のホテルで行われる。
つまり、式の会場から披露宴の行われるホテルまで、丘を下って移動しなければならない。
確認しなかったこちらも悪いのだが、これまでの経験からバスかタクシーが用意されているものだと思っていた。
「申し訳ございません。バスのご用意があるのはご親族の方だけでございまして……。ご友人様やお仕事関係の方々は徒歩でのご移動をお願いしております」
式場のスタッフが申し訳なさそうに頭を下げている。その姿を眺めながら、友人一同は途方に暮れてしまう。
その日は大安吉日。しかも、連休のど真ん中だ。
式場の前は予約済みのバスとタクシーでごった返しているが、全て他家の式に参列した招待客のためのものだった。
ダメ元で配車を頼んだが、時間がかかると言われてしまった。なぜなら、この町は有名な観光地でもあるからだ。タクシーはすべて出払ってしまっているらしい。
「披露宴って式の終了から一時間後だっけ? もうあと30分しかないよ」
「披露宴会場ってここから歩いて15分くらいだし。それなら歩くしかないでしょ」
「マジで言ってる? ここの坂ってかなり急じゃん。こんなヒールで歩くなんて無理すぎるわ!」
華やかなパーティドレスに身を包んだ友人一同は、頭を抱えてしまっていた。
そこへ一人の男性が声をかけてくる。
「よかったら私たちが呼んだタクシーに乗ってください」
その男性は同じ式に参列していた新郎の会社関係の招待客だった。
その男性は年配の上司にこの急坂を歩かせるわけにはいかないと、無理を言って一台だけタクシーを呼んだという。
しかし、その上司もさすがに細いヒールを履いたドレス姿の女性にこの坂を歩かせるのは危険すぎると、タクシーを譲ってくれたのだ。
友人一同、新郎上司の方に何度も何度もお礼を言ってタクシーに乗った。
そんなトラブルから始まった披露宴も終わりに近づいている、とこの時は思っていた。
「どうぞ、皆さまお外をご覧くださいませ!」
司会者に促され、招待客たちは披露宴会場の窓の外、ホテルの中庭へと視線を向ける。
そこにはお色直しを終えた新郎新婦が、ライトに照らされながら並んでいた。
「わあ、綺麗だねえ」
「……うん、綺麗は綺麗なんだけどさ。あの子は何回お色直しすんのよ」
「それは言っちゃだめ!」
そんな風にこそこそと話をしていると、司会が友人のテーブルに近付いてきて「どうぞ新郎新婦とお写真を」と促してくる。
正直、三回目のお色直しとなってくると写真を撮りに行くのはしんどかった。
しかし、めでたい席なので断りづらい。司会に促されるまま、スマホを持って中庭にいる友人新婦の元へ近付こうとする。
すると、なぜか会場スタッフに止められた。披露宴会場から中庭へ直接出るのではなく、いちど宴会場の正面入り口から廊下へ出るようにと指示される。
「え、中庭にいる二人のところに写真を撮りに行くだけなのに……」
「どうしていちいち会場の外から大回りしなくちゃいけないの?」
何事かと友人一同で困惑していると、同じように招待客全員が会場スタッフに披露宴会場から追い出されていることに気が付いた。
「ええ、これってどういうことなのかなあ」
「まさか、招待客のみんなと撮影会でもする気なの?」
招待客全員が困惑しはじめ、周囲がざわついている。
そんな招待客たちを徹底的に無視した会場スタッフに促されるまま、ホテルの正面玄関まで案内された。
ホテルの玄関には巨大なバスが用意されていた。招待客たちは事務的なスタッフの誘導に従い、次々にバスへと乗り込んでいく。
このとき、私はあまりに突然の出来事で困惑しており頭がうまく働いていなかった。招待客が全員乗れるバスの予約をしてあったことに気がついたのは、家に帰り着いてからだった。
招待客を乗せたバスは、港町にある桟橋に到着した。気がつけば、招待客全員が寒空の下に放り出されていたのだった。
この日は11月の半ばだった。
ちょっと中庭に出て写真を撮るだけのつもりだったので、上着はホテルのクロークに預けたままだ。
友人一同で肌寒さに震えていると、桟橋の先に停まっていた船の上に新郎新婦とその親族たちがずらりと並んでいることに気が付いた。
どういうわけなのか、招待客よりも先に桟橋へ到着していたらしい。
いつの間にと招待客たちはまたざわついていたが、そんなことにはまるで気がついていない司会が明るい声を出す。
「新郎新婦さま、御両家の皆さま、本日から新しい人生の旅路にご出発なさいます。どうかみなさま、大きく手を振ってお見送りをお願いいたします!」
たしか司会はそんなことを言っていたと思う。ちなみに司会も船に乗っていた。
司会の声が徐々に遠ざかっていく。新郎新婦、その親族を乗せたまま船は出航した。
桟橋に多くの招待客を残したまま――。
「……え、このあと私たちはどうしたらいいのさ?」
「つか乗ってきたバスいないじゃん!」
ちなみにプランナーも船に乗っていたので、桟橋に残されたのは招待客だけだった。状況を確認したくても、事情を知っていそうな人が誰もいなかったのだ。
幸い、友人一同は中庭に出て新郎新婦と写真を撮るつもりだったのでスマホは持っていた。
すぐさま船に乗っている新婦やその親に電話をかけたが誰もつながらなかった。沖合に出てしまえば圏外なのかもしれないし、そもそもあの衣装ではスマホは手元にないのかもしれない。
だが、こちらはスマホを持っていたおかげてホテルに連絡ができた。
ホテルは招待客の多くが披露宴会場に荷物を残したまま誰も戻ってこないので困惑していた。
ちゃんとホテルと打ち合わせをしていないのか、そんな突っ込みはもはや誰もしなかった。呆れて言葉が出てこないとはこういうことかと、このときほど思ったことはない。
とりあえず今から戻ります、そう言って電話を切り、友人一同はホテルに歩いて戻ろうとした。当時はスマホで決済できるタクシーは多くはなかったので、タクシー移動はすぐに諦めた。
すると、式終わりと同じように新郎の会社の方が声をかけてくれた。新郎の同僚男性は、スーツのポケットに財布を入れていたので現金があるという。
さすがにまたタクシーを譲ってもらうのは気が引けたので、上司の方と他にもいた年配の招待客の方に乗ってもらった。
そして、友人一同は新郎の会社の若い男性陣と一緒に歩いてホテルに戻った。
そこから恋愛関係に発展して、というなら少しは良い思い出になったかもしれない。
しかし、現実はそんなにうまくはいかない。
歩いてホテルの戻る途中は終始無言で、誰も連絡先の交換なんてしなかった。
そりゃあんな式を強行した新婦の友人なのだ。恥ずかしくて謝罪の言葉以外が出てこなかったのだ。
この結婚式の日から、新婦であった友人とは一切連絡を取っていない。
私は転勤をして住所が変わったが、そのことはもちろん知らせていない。
あの夫婦はまともな結婚生活を送れていないだろうと思っている。
新郎の上司と同僚はとても怒っていた。あんな式をした男と同じ会社だということに、恥かしさを覚えているかもしれない。新郎はあの上司や同僚たちのいる会社での出世は見込めないだろう。
そうなると、あれだけ派手な演出の式をするほど見栄っ張りなあの子のことだ。旦那が会社で出世できず、いつまでも稼ぎが増えないことにいずれは不満を感じるにきまっている。
だが、もう二度とあんな式に巻き込まれる被害者がでてほしくはない。
あの日に行われた一連の行事が、彼女にとって最後の結婚式であることを祈っている。
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自分もかつて大学時代の同級生の結婚式で同じ様な経験をしたなぁ、と思い出しました。
参考までにその友人のその後ですが、一度は離婚したものの再度元亭主と同棲する、などの不可解な行動を取っていた、と記憶しております。
最もその同級生元からちょいと情緒不安定な人でしたけど。