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聖女召喚
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──スティラトス王国の王都。
その中心にそびえ立つ王の住む城、その一角に魔導局は存在する。
王国内に住むすべての魔術師だけではなく、大陸に住む魔術を嗜む者にとって憧れの職場である。
当然ながら、そこで働く魔術師は総じて優秀であり、その頂点に君臨するということがどれだけのことかは想像に難くない。
「……ずいぶんと遅かったのではないか?」
不機嫌さを隠すことなく、男はけわしい口調で言った。
男は部屋の一番奥に置かれている執務机で、室内に入ってきた者に視線を向けることなく、書類にペンを走らせている。
勇者と共に魔物を討伐し、建国を支えたシュルツヘルトの末裔。
シュルツヘルト家の現当主であり、スティラトス王国の魔導局において局長を務めているアルノ・アライン・シュルツヘルトが大きなため息をつく。
アルノはゆっくりとペンを机の上に置き、視線を上げた。
それから、アルノは室内に立つ三人、シリル、クリスタ、クルトの順に目を合わせてくる。
クルトはアルノと視線が合った瞬間、びくりと身体が大きく飛び跳ねてしまう。
アルノから漂ってくる怒りのオーラに、あまりの恐ろしさでクルトは自身の心が芯から冷えていくのがわかった。
「──っすみません、局長。三課長殿がちんたらしておられたので……」
「申し訳ございませんでした。ご兄弟でとーっても仲良くじゃれておられたものですから、のんびりとまいりましたの」
アルノの問いかけに、一課長のシリルは悔しそうに吐き捨て、二課長のクリスタは呆れたように肩をすくめながら答える。
「……そうかそうか、クルトがもたついていたのだな。身内が迷惑をかけたようで申し訳なかったな、クリスタくん」
「いいえー。シュルツヘルト家のごたごたに巻き込まれるのはいつものことですのでえ」
魔導局の局長であるアルノにここまでの嫌味を言えるのは、スティラトス王国広しといえど、クリスタだけだろう。
アルノは以前から、魔導局局長である自分に対して、面と向かって意見を述べてくるクリスタを気に入っている様子だった。
現にいまも、アルノはクリスタの物言いに機嫌よさそうにふっと微笑むと、彼女と視線を交わしている。
息子であるクルトには見せたことのない表情をしているので、戸惑いを覚えてしまうほどだ。
「……あ、あのう。父う……」
クルトは意を決して、クリスタと言葉を交わしているアルノに話しかけようと口を開いた。
どうしてもいまこの場で、アルノを待たせようと思っていたわけではないことを伝えたかったのだ。
しかし、変に気合いを入れて話しかけようとしたせいだろうか。クルトはまたうっかりと、局長ではなく父上と呼びそうになってしまう。
クルトがそのことに気がついて局長と言いなおすよりも先に、鋭い視線でアルノに睨まれてしまった。
「……クルト、お前はまったく。ここをどこだと思っているのだ。まさか自宅だと思って気を抜いているのではないだろうな?」
アルノは厳しい口調で問いかけてくるが、クルトは自宅でも気を抜いたことなんてほとんどない。
むしろ、自宅の方が父や弟、その二人に忠実な使用人たちの視線があるため、気を張っていると言っても過言ではない。
そう言い返したかったが、これ以上はアルノの機嫌を損ねたくないと強く思った。
クルトが父であるアルノに反抗的と判断される態度を取れば余計に苛立たせるだけだというのは、これまでの人生で嫌というほどわからされている。
クルトは素直にアルノに向かって頭を下げながら、謝罪の言葉を口にする。
「……も、申し訳ございませんでした。局長、でも、あの……僕はただ……」
「はあ、お前を見ていると気分が悪くなってくる。さっさと用件だけを伝える。一度しか言わんからひとことも聞き逃すな」
アルノは大きなため息をついて立ち上がった。
父のアルノは、弟のシリルよりも少し背が高い。クルトとは比べ物にならない圧倒的な体格を持つ魔術師がゆっくりと近づいてくる。それはクルトにとって恐怖以外のなにものでもなかった。
クルトは背中を丸めて身体を小さくする。
一体なにを言われるのかとガタガタ震えながら、アルノの次の言葉を待った。
「クルト、お前に聖女の教育係を任せる。聖女さまを立派な聖魔術師に育てあげろ」
「…………あ、はい。え……ええ?」
クルトはアルノに言われた通り、ひとことも聞き逃すまいと頭の中で言われた言葉を繰り返す。
しかし、言葉の意味は理解できるのに、さっぱりと状況が掴めなかった。
「……あ、あの。父上はいま、なんとおっしゃいましたか……?」
「──私からは一度しか言わない。あとはクリスタくんとシリルに聞け」
クルトにとってあまりに想定外の言葉に、戸惑いが隠せない。
動揺している間に、アルノは部屋を出ていった。
無理やり連れてこられた局長室の中には、クルトとシリル、クリスタの三人が取り残された。
「……ね、ねえ、シリル? 聖女さまの教育係ってさ。どうしてそんな誉れ高いお役目が、僕になんて回ってくる、のさ……」
クルトは苦虫をかみつぶしたような顔をして、アルノの出ていった扉をみつめているシリルに尋ねた。
しかし、いくらシリルの返事を待っても、いっこうに答えてはくれない。
「……まあ、ね。言ってしまえば私たちが聖女さまの信頼を得られなかったのよ」
シリルが話しだすことを待つのがもどかしくなったらしい。
呆れた顔をしたクリスタが、勝手に話をはじめてしまった。
その中心にそびえ立つ王の住む城、その一角に魔導局は存在する。
王国内に住むすべての魔術師だけではなく、大陸に住む魔術を嗜む者にとって憧れの職場である。
当然ながら、そこで働く魔術師は総じて優秀であり、その頂点に君臨するということがどれだけのことかは想像に難くない。
「……ずいぶんと遅かったのではないか?」
不機嫌さを隠すことなく、男はけわしい口調で言った。
男は部屋の一番奥に置かれている執務机で、室内に入ってきた者に視線を向けることなく、書類にペンを走らせている。
勇者と共に魔物を討伐し、建国を支えたシュルツヘルトの末裔。
シュルツヘルト家の現当主であり、スティラトス王国の魔導局において局長を務めているアルノ・アライン・シュルツヘルトが大きなため息をつく。
アルノはゆっくりとペンを机の上に置き、視線を上げた。
それから、アルノは室内に立つ三人、シリル、クリスタ、クルトの順に目を合わせてくる。
クルトはアルノと視線が合った瞬間、びくりと身体が大きく飛び跳ねてしまう。
アルノから漂ってくる怒りのオーラに、あまりの恐ろしさでクルトは自身の心が芯から冷えていくのがわかった。
「──っすみません、局長。三課長殿がちんたらしておられたので……」
「申し訳ございませんでした。ご兄弟でとーっても仲良くじゃれておられたものですから、のんびりとまいりましたの」
アルノの問いかけに、一課長のシリルは悔しそうに吐き捨て、二課長のクリスタは呆れたように肩をすくめながら答える。
「……そうかそうか、クルトがもたついていたのだな。身内が迷惑をかけたようで申し訳なかったな、クリスタくん」
「いいえー。シュルツヘルト家のごたごたに巻き込まれるのはいつものことですのでえ」
魔導局の局長であるアルノにここまでの嫌味を言えるのは、スティラトス王国広しといえど、クリスタだけだろう。
アルノは以前から、魔導局局長である自分に対して、面と向かって意見を述べてくるクリスタを気に入っている様子だった。
現にいまも、アルノはクリスタの物言いに機嫌よさそうにふっと微笑むと、彼女と視線を交わしている。
息子であるクルトには見せたことのない表情をしているので、戸惑いを覚えてしまうほどだ。
「……あ、あのう。父う……」
クルトは意を決して、クリスタと言葉を交わしているアルノに話しかけようと口を開いた。
どうしてもいまこの場で、アルノを待たせようと思っていたわけではないことを伝えたかったのだ。
しかし、変に気合いを入れて話しかけようとしたせいだろうか。クルトはまたうっかりと、局長ではなく父上と呼びそうになってしまう。
クルトがそのことに気がついて局長と言いなおすよりも先に、鋭い視線でアルノに睨まれてしまった。
「……クルト、お前はまったく。ここをどこだと思っているのだ。まさか自宅だと思って気を抜いているのではないだろうな?」
アルノは厳しい口調で問いかけてくるが、クルトは自宅でも気を抜いたことなんてほとんどない。
むしろ、自宅の方が父や弟、その二人に忠実な使用人たちの視線があるため、気を張っていると言っても過言ではない。
そう言い返したかったが、これ以上はアルノの機嫌を損ねたくないと強く思った。
クルトが父であるアルノに反抗的と判断される態度を取れば余計に苛立たせるだけだというのは、これまでの人生で嫌というほどわからされている。
クルトは素直にアルノに向かって頭を下げながら、謝罪の言葉を口にする。
「……も、申し訳ございませんでした。局長、でも、あの……僕はただ……」
「はあ、お前を見ていると気分が悪くなってくる。さっさと用件だけを伝える。一度しか言わんからひとことも聞き逃すな」
アルノは大きなため息をついて立ち上がった。
父のアルノは、弟のシリルよりも少し背が高い。クルトとは比べ物にならない圧倒的な体格を持つ魔術師がゆっくりと近づいてくる。それはクルトにとって恐怖以外のなにものでもなかった。
クルトは背中を丸めて身体を小さくする。
一体なにを言われるのかとガタガタ震えながら、アルノの次の言葉を待った。
「クルト、お前に聖女の教育係を任せる。聖女さまを立派な聖魔術師に育てあげろ」
「…………あ、はい。え……ええ?」
クルトはアルノに言われた通り、ひとことも聞き逃すまいと頭の中で言われた言葉を繰り返す。
しかし、言葉の意味は理解できるのに、さっぱりと状況が掴めなかった。
「……あ、あの。父上はいま、なんとおっしゃいましたか……?」
「──私からは一度しか言わない。あとはクリスタくんとシリルに聞け」
クルトにとってあまりに想定外の言葉に、戸惑いが隠せない。
動揺している間に、アルノは部屋を出ていった。
無理やり連れてこられた局長室の中には、クルトとシリル、クリスタの三人が取り残された。
「……ね、ねえ、シリル? 聖女さまの教育係ってさ。どうしてそんな誉れ高いお役目が、僕になんて回ってくる、のさ……」
クルトは苦虫をかみつぶしたような顔をして、アルノの出ていった扉をみつめているシリルに尋ねた。
しかし、いくらシリルの返事を待っても、いっこうに答えてはくれない。
「……まあ、ね。言ってしまえば私たちが聖女さまの信頼を得られなかったのよ」
シリルが話しだすことを待つのがもどかしくなったらしい。
呆れた顔をしたクリスタが、勝手に話をはじめてしまった。
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