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聖女召喚

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「こんにちは。お邪魔するわよー」

 とつぜん女性の明るい声が、三課の中に響きわたった。
 クルトが声のした方を見ると、そこには二人の人物が立っている。
 その姿を目にした途端、室内にいた三課の面々が慌てて立ち上がった。

「……これはこれは、一課長さまと二課長さまが揃っておいでとは。お珍しいこともあるものですね」

 アルフィオがにこやかに笑みを浮かべながら、二人に声をかける。
 アルフィオはゆっくりと立ち上がると、優雅な仕草で二人に向かって頭を下げた。
 三課の部屋の入口にたたずんでいるのは、スティラトス王国魔導局第一課の責任者である一課長と、第二課の責任者である二課長だった。

「…………ど、どうして二人が、ここに……?」

 アルフィオは表情こそ穏やかに微笑んではいるものの、いまにも一課長と二課長に喧嘩をふっかけそうな雰囲気を醸し出していた。
 クルトはそんなアルフィオを制しながら慌てて立ち上がると、ぼそぼそと二人に声をかける。

「いやあ、ちょっと困ったことになっていてね。のクルトくんに、ちょこっとご相談があるのよ。少しだけでいいから、いま外に出られるかしら?」

 二課長のクリスタ・アウリンが、わざとらしく困った顔をして手を合わせる。
 小首をかしげるクリスタの茶色い癖のある髪がふわりと揺れた。

 クリスタは城に勤める女性としては珍しく外見を着飾ることにはこだわりがないのか、いつもぼさぼさの髪と化粧っけのない姿をしている。
 それでも、顔立ちが美しいのもあってか、不潔さは感じられない。第二課の課長に任命されるほどの卓越した魔術の腕前を持つ、不思議な雰囲気をまとった女性だ。

 クリスタはクルトと同じ年に、王都にある国が運営している魔術の専門学校を卒業している。
 しかし、同期などと口にしてはいるが、クルトとクリスタに接点などほとんどない。
 クルトは王立の魔術専門学校に籍こそあったものの、ほとんど通ってはいなかったからだ。

 わざわざクリスタがなどと口にするのは、そのことに対しての嫌味なのだ。
 クルトはあきらかに出席日数が足りていなかったのに、試験で合格点さえ取れれば進級、卒業資格を問題なく与えられた。
 名門の一族だからこそ、それが許されたのはあきらかだ。
 誰がどうみても特別扱い、シュルツヘルト家に対する忖度と言わざるを得ない状況。
 クリスタとしては、嫌味のひとつも言いたくなるのだろう。

 クルトが困惑しつつ黙ったまま首をかしげると、クリスタの隣に立っている一課長がチッと舌打ちをした。

「いいから、さっさとこいよ。アンタに拒否するなんて選択肢はねえんだからな」

「ちょっとちょっと、シリルってば。お兄さんに対してあまりひどい言い方をしないの」

「──ッうるせえ! あんなやつ、兄貴でもなんでもねえよ」

 スティラトス王国、魔導局第一課、その責任者であるシリルはクルトの弟だ。
 ただし、クルトとシリルの母親は違う、いわゆる異母兄弟というやつだ。
 弟のシリルは兄であるクルトを差し置いて、いずれ父からシュルツヘルト家当主の座を継ぎ、魔導局の局長になる男なのである。
 

 勇者王の仲間であり、建国を支えたシュルツヘルトの末裔。そんな由緒ある魔術師一族の次期当主、シリル・ラウラ・シュルツヘルト。
 若くして魔導局第一課長を拝命するシリルは、魔術の才能に溢れた普段は落ち着いた振る舞いをする美丈夫だ。
 しかし、その姿は異母兄弟である兄の前では一変する。
 まるで汚物でも見るかのような視線をクルトへむけ、罵詈雑言を浴びせかけるのだ。

「もう、があるところで兄弟喧嘩をしないでよね。ま、クルトくんが相手にしていないから、喧嘩にもなっていないけれどさ」

 クリスタが呆れたように肩をすくめる。
 すると、シリルがギロリとクリスタを睨みつけた。

 シリルの目はクリスタを捉えている。
 シリルの怒りは、はっきりとクリスタに向けられている。

 だというのに、シリルの醸し出している怒りの雰囲気だけで、室内にいる三課の職員たちは青い顔をして震え上がっていた。

 三課の副課長を務めるアルフィオですら、先ほどまでの苛立ちをしまい、大人しく一課長のシリルとニ課長のクリスタのやりとりを見守っている。
 普段、一課や二課からの三課の扱いに文句を口にしているとはいえ、その長たちが醸し出す圧倒的な魔術師としての格の違いを見せつけられては、なにもできない。
 悲しいが、それが三課の現実だった。

「……あ、あの。ここで騒がれると、みんなの迷惑、だから……」

 クルトは睨み合うシリルとクリスタの間に割って入った。

「──おっと、嫌だわ。第三課長さまはあまり私に近づかないでくださるかしら。とっても不快だわ」

 クルトがクリスタに近づくと、彼女は慌ててその場から後ろに身体を引いた。
 忌々しそうに顔を歪め、クルトを睨みつける。
 そんなクリスタの態度に、二人の雰囲気に圧倒されて固まっていたアルフィオが動いた。
 アルフィオはクルトを背後に庇うように立ち、クリスタに抗議の声を上げる。

「勝手にきておいて、その態度はいかがなものでしょう。あなたがたがこんなところで騒がなければよいだけでは?」

「……アルフィオさん、残念だわ。あなたずいぶんと変わったわね。まあとんでもなく過保護になったこと」

 クリスタが侮蔑の視線をアルフィオに向ける。
 アルフィオはそんなクリスタをギッと睨みつけた。
 
「もういい。とにかく、局長がお待ちだ。早くいくぞ」

 一触即発の空気の中、一課長のシリルが動いた。
 シリルは面倒くさそうにぶつぶつと文句を言いながら、アルフィオのうしろにいたクルトの腕を強引に掴んだ。

「……父う、局長が? どうして、シリルとクリスタさんだけじゃなくて、三課の僕まで呼ばれる、の……?」

 つい局長のことを父上と呼んでしまいそうになる。
 クルトは慌てて訂正し、自分の腕を掴む弟のシリルを見上げながら尋ねた。

「──っんなのは、いけばわかんだよ。ほら、さっさと歩けよ」

「……う、うん。わかった、わかったから。そんなにひっぱらないでよ。ねえシリル、痛いってば……」

 シリルはクルトの腕を掴んだまま歩き出す。
 シリルは身長が一八〇センチほどあり、クルトと比べると二十センチ以上も長身だ。
 そうなると、当然ながら二人の歩幅に大きな差が生じる。クルトはほとんどシリルにひきずられる形になりながら、廊下を進むことになってしまった。

「──ックルト!」

「だ、大丈夫だよアルフィオ。三課のみんなのこと、頼むね?」

 廊下を引きずられるクルトを見て、アルフィオが慌てて部屋の外に飛び出してきた。
 クルトはアルフィオを安心させるように声をかける。
 アルフィオは納得していない顔をしながらも、黙って頷いた。
 それを見て、クルトはアルフィオに微笑みを向ける。

「……まったく。あなたがたご兄弟は本当に、どちらも恐ろしいですわね」

 廊下をズカズカと進んでいくシリルの隣まで駆け寄ってきて、クリスタがため息混じりにぼやいた。
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