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はじまり
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「実は私、主人公なんです!」
目の前にいる少女が、叫ぶように話しだす。
とつぜんの少女の大声に、クルトは驚愕した。
少女の語る言葉の意図がわからず、ゆっくりと首を傾げることしかできなかった。
「──っこ、こんなお話。すぐには信じられないかもしれないですけれど……。でも、本当なんです。嘘じゃないんです!」
クルトが黙ったままでいると、少女は顔を真っ赤にして訴えてきた。
少女はうるうると目を潤ませ、頬を紅潮させている。机の上に音を立てて手を置くと、クルトへ向かってぐいっと身を乗り出してきた。
少女の美しい顔が、吐息を感じる距離まで近づいてくる。
見目麗しい女性にこんな態度で迫られれば、多くの者が劣情を煽り立てられるのかもしれない。きっと、心から喜ぶ者が多いのだろうと思う。
しかし、クルトにとって、少女のこのような行為は嬉しくともなんともなかった。
ただひたすら困惑してしまい、誰かに助けを求めたくてしかたがなかった。
「……あ、あの……?」
クルトはいますぐにこの場から逃げ出したかったが、立場上そういうわけにもいかない。
現状を変えるためには、なにか言葉を口にしなければいけないと思った。
クルトはなんとか口を開いたが、出てきたのは情けない声だった。
「私はこれからこの国がどうなっていくのか知っています! 私でお役に立てるのなら、協力したいって気持ちがないわけじゃないんです。でもでも、どうしても嫌なんです!」
クルトが戸惑っている間に、少女は次々と言葉を口にしていく。
しかし、そもそもだ。
この少女が誰かと会話をしている姿を、言葉を口にしている様子を、いまのいままでクルトは見たことがなかった。当然ながら少女はクルトとも挨拶すらろくに交わしてくれたことはない。
少女はつい先ほどまで、仏頂面で黙りこくっていた。
いくらクルトが話しかけても、無視をされていたのだ。
そんな少女が、これまでの態度が嘘のように口やかましく言葉を発している。
かたくなに交流することを拒否していた少女が他人と会話をしようと試みているのだから、クルトが混乱してしまうのも無理はないと思う。
「…………えっと、あのう……?」
「本当に、どうしても嫌なんです! 王子ルートも騎士ルートも宰相ルートも……。他のどのルートになっても嫌なんですうううう!」
「…………ええ、あの。と、とりあえず、お、落ち着い、て……?」
大声でまくし立てられて、クルトは目の前の少女に対して恐怖を覚える。
少女の顔がぐいぐいと目の前まで迫ってきて、身体が凍りつく。
ただでさえクルトは人と話すことが苦手なのだ。
こんなふうに勢いよく言葉を羅列されると、拳による暴力を受けているのと変わらない感覚に陥ってしまう。
どんどんと指先が冷たくなっていくことがわかる。
クルトはぎゅっと固く目を閉じた。
せめて視界から入ってくる情報だけでも、遮断しようとしたのだ。
少女の口から発せられる言葉にだけ、集中する。
「本当はすっごく嫌だけど。嫌で嫌でしょうがないけど、もう私は元の世界に帰れそうにないから! 務めは果たします。果たさせていただきますから、信じてください!」
絶え間なく、少女の口からは言葉が飛び出してくる。
クルトは恐怖に耐えながら、少女の言葉のひとつひとつをしっかりと受け止めようと努力していた。
なぜなら、クルトの目の前で騒いでいる少女は、国を救う聖女だからだ。
ひとつの取りこぼしもなく、聖女の発する言葉にはしっかりと耳を傾けなければならない。
それが聖女の教育係を任された、クルトの大切な使命なのだ。
「だけど、だけどやっぱり。何度考えても、乙女ゲームの主人公として誰かと恋愛しなきゃいけないなんて、そんなことを決められていることが嫌なんです!」
クルトは少女から浴びせられる言葉をひとつずつ丁寧に、しっかりと頭の中に刻み込んでいく。
しかし、どうしても聖女の話している言葉の意味がいまひとつ理解できない。
──ルート? 乙女ゲーム? 恋愛をしなきゃいけない? どうしよう、言っている意味がさっぱりわからない。どう解釈するのが正解なのだろうか。
クルトの頭の中で、聖女の発した言葉たちがこだましている。
理解しようと努力するが、あまりの情報量の多さに、クルトはすっかり頭が回ってしまった。
クルトは普段から人と面と向かって話をすることがほとんどない。
そんなクルトに、聖女から浴びせられる言葉の嵐は耐えられなかったのだ。
「…………あ、あの。お願い、お願いですから……。もう少しゆっくり話して、お願いしますう……」
「──っへえ、ちょっと⁉ え、なんで、先生? しっかりしてください!」
目の前の景色が揺らぐ。
クルトはめまいを起こしてしまい、ゆらゆらと身体を揺らしはじめていた。
すると、ようやく聖女は自分の目の前にいるクルトの異変に気がついた。
「先生、先生! ど、どうしよう。誰か人を呼びますか?」
「……い、いいえ。呼んでいただかなくて、大丈夫っ……」
クルトは胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をした。
目の前で身体を乗り出している聖女が、クルトの顔を覗き込もうとしてくる。
クルトはそっと聖女から顔を逸らした。胸の前に当てていた手を大きく横に振って、体調の心配はないことを主張する。
「……も、申し訳ないです。突然たくさんのことをお話なさるので、びっくりしてしまっただけですから……。ご心配いただき、ありがとうございます……」
「こちらこそ、ごめんなさい!」
聖女は勢いよくクルトに向かって頭を下げてきた。
額を机の上に擦りつける勢いなので、クルトは慌てて聖女に頭を上げるように促す。
「……お、お願いです。僕なんかに頭を下げる必要なんて、ありません。どうか、落ち着いてください、ませ……」
「本当にごめんなさい! ずっと誰かと話をしたいと思っていたの。だけど、私はいきなりこの世界に連れてこられてしまったから、誰を信じたらいいのかわからなくて……。先生は諦めずにずっと私に話しかけてくれていたから。先生ならきっと大丈夫だと思ったら。なんだか言いたいことがたくさんあふれ出してきちゃって……」
聖女がそう言いながら涙ぐむ。
それから聖女は、大声を上げてわんわん泣いた。
クルトはどうしてよいのかわからずに、おろおろしながら黙ってみていることしかできなかった。
目の前にいる少女が、叫ぶように話しだす。
とつぜんの少女の大声に、クルトは驚愕した。
少女の語る言葉の意図がわからず、ゆっくりと首を傾げることしかできなかった。
「──っこ、こんなお話。すぐには信じられないかもしれないですけれど……。でも、本当なんです。嘘じゃないんです!」
クルトが黙ったままでいると、少女は顔を真っ赤にして訴えてきた。
少女はうるうると目を潤ませ、頬を紅潮させている。机の上に音を立てて手を置くと、クルトへ向かってぐいっと身を乗り出してきた。
少女の美しい顔が、吐息を感じる距離まで近づいてくる。
見目麗しい女性にこんな態度で迫られれば、多くの者が劣情を煽り立てられるのかもしれない。きっと、心から喜ぶ者が多いのだろうと思う。
しかし、クルトにとって、少女のこのような行為は嬉しくともなんともなかった。
ただひたすら困惑してしまい、誰かに助けを求めたくてしかたがなかった。
「……あ、あの……?」
クルトはいますぐにこの場から逃げ出したかったが、立場上そういうわけにもいかない。
現状を変えるためには、なにか言葉を口にしなければいけないと思った。
クルトはなんとか口を開いたが、出てきたのは情けない声だった。
「私はこれからこの国がどうなっていくのか知っています! 私でお役に立てるのなら、協力したいって気持ちがないわけじゃないんです。でもでも、どうしても嫌なんです!」
クルトが戸惑っている間に、少女は次々と言葉を口にしていく。
しかし、そもそもだ。
この少女が誰かと会話をしている姿を、言葉を口にしている様子を、いまのいままでクルトは見たことがなかった。当然ながら少女はクルトとも挨拶すらろくに交わしてくれたことはない。
少女はつい先ほどまで、仏頂面で黙りこくっていた。
いくらクルトが話しかけても、無視をされていたのだ。
そんな少女が、これまでの態度が嘘のように口やかましく言葉を発している。
かたくなに交流することを拒否していた少女が他人と会話をしようと試みているのだから、クルトが混乱してしまうのも無理はないと思う。
「…………えっと、あのう……?」
「本当に、どうしても嫌なんです! 王子ルートも騎士ルートも宰相ルートも……。他のどのルートになっても嫌なんですうううう!」
「…………ええ、あの。と、とりあえず、お、落ち着い、て……?」
大声でまくし立てられて、クルトは目の前の少女に対して恐怖を覚える。
少女の顔がぐいぐいと目の前まで迫ってきて、身体が凍りつく。
ただでさえクルトは人と話すことが苦手なのだ。
こんなふうに勢いよく言葉を羅列されると、拳による暴力を受けているのと変わらない感覚に陥ってしまう。
どんどんと指先が冷たくなっていくことがわかる。
クルトはぎゅっと固く目を閉じた。
せめて視界から入ってくる情報だけでも、遮断しようとしたのだ。
少女の口から発せられる言葉にだけ、集中する。
「本当はすっごく嫌だけど。嫌で嫌でしょうがないけど、もう私は元の世界に帰れそうにないから! 務めは果たします。果たさせていただきますから、信じてください!」
絶え間なく、少女の口からは言葉が飛び出してくる。
クルトは恐怖に耐えながら、少女の言葉のひとつひとつをしっかりと受け止めようと努力していた。
なぜなら、クルトの目の前で騒いでいる少女は、国を救う聖女だからだ。
ひとつの取りこぼしもなく、聖女の発する言葉にはしっかりと耳を傾けなければならない。
それが聖女の教育係を任された、クルトの大切な使命なのだ。
「だけど、だけどやっぱり。何度考えても、乙女ゲームの主人公として誰かと恋愛しなきゃいけないなんて、そんなことを決められていることが嫌なんです!」
クルトは少女から浴びせられる言葉をひとつずつ丁寧に、しっかりと頭の中に刻み込んでいく。
しかし、どうしても聖女の話している言葉の意味がいまひとつ理解できない。
──ルート? 乙女ゲーム? 恋愛をしなきゃいけない? どうしよう、言っている意味がさっぱりわからない。どう解釈するのが正解なのだろうか。
クルトの頭の中で、聖女の発した言葉たちがこだましている。
理解しようと努力するが、あまりの情報量の多さに、クルトはすっかり頭が回ってしまった。
クルトは普段から人と面と向かって話をすることがほとんどない。
そんなクルトに、聖女から浴びせられる言葉の嵐は耐えられなかったのだ。
「…………あ、あの。お願い、お願いですから……。もう少しゆっくり話して、お願いしますう……」
「──っへえ、ちょっと⁉ え、なんで、先生? しっかりしてください!」
目の前の景色が揺らぐ。
クルトはめまいを起こしてしまい、ゆらゆらと身体を揺らしはじめていた。
すると、ようやく聖女は自分の目の前にいるクルトの異変に気がついた。
「先生、先生! ど、どうしよう。誰か人を呼びますか?」
「……い、いいえ。呼んでいただかなくて、大丈夫っ……」
クルトは胸に手を当てて、ゆっくりと深呼吸をした。
目の前で身体を乗り出している聖女が、クルトの顔を覗き込もうとしてくる。
クルトはそっと聖女から顔を逸らした。胸の前に当てていた手を大きく横に振って、体調の心配はないことを主張する。
「……も、申し訳ないです。突然たくさんのことをお話なさるので、びっくりしてしまっただけですから……。ご心配いただき、ありがとうございます……」
「こちらこそ、ごめんなさい!」
聖女は勢いよくクルトに向かって頭を下げてきた。
額を机の上に擦りつける勢いなので、クルトは慌てて聖女に頭を上げるように促す。
「……お、お願いです。僕なんかに頭を下げる必要なんて、ありません。どうか、落ち着いてください、ませ……」
「本当にごめんなさい! ずっと誰かと話をしたいと思っていたの。だけど、私はいきなりこの世界に連れてこられてしまったから、誰を信じたらいいのかわからなくて……。先生は諦めずにずっと私に話しかけてくれていたから。先生ならきっと大丈夫だと思ったら。なんだか言いたいことがたくさんあふれ出してきちゃって……」
聖女がそう言いながら涙ぐむ。
それから聖女は、大声を上げてわんわん泣いた。
クルトはどうしてよいのかわからずに、おろおろしながら黙ってみていることしかできなかった。
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