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9.TEAR DROP
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「それって、わがまま?」
「え?」
「輝ちゃんは全然わがままじゃないよ。むしろ逆だよ。好きな人のためにそこまでできる輝ちゃんがうらやましいよ」
「サイジさん……」
「正直、今日の俺はライブどころじゃなかった。三日前、実紅に別れをきり出されて気持ちがついていかなくて。今日のライブもすっぽかそうと思ってたくらい」
わかっていたはずなのに改めて知ってしまうと、わたしのしたことは正しかったのかと考えてしまう。
ズタズタにしたんだ。わたしはサイジさんを泥沼に引きずり落とした。わたしの決断は、おそらくサイジさんの人生を変えてしまった。
サイジさんはこれからライブだというのに。わたしはそれさえも壊してしまうのではないかと怖くなった。
「わたし、サイジさんになんて謝ったらいいのか……」
「誤解しないで。いま言ったことは輝ちゃんを責める意味で言ったんじゃないよ」
「責められても仕方のないことをしたのは事実です。ふたりの仲を無理やり引き裂いたのは間違いなくわたしですから」
「もしかして、ずっと責任を感じてた? だったら考えすぎ」
「でも……」
「実紅の気持ちには気づいてたよ。でもそれでもいいと思った」
サイジさんの苦悶に満ちた表情に、わたしの胸が張り裂けそうになる。
その気持ち、よくわかるよ。それでも好きという気持ち。ほかの誰かの代わりでもいい。好きだから都合の悪いことは目をつぶって、なにがなんでもその人を手に入れたいという貪欲な心。一緒にいたら、もしかすると相手の心も手に入れることができるかもしれないという浅はかな考えもあった。
「実紅は俺に同情していたんだと思う。いい年してフリーターだし、金も持ってない。デビューは決まったけど、売れるかどうかはわからないからね」
「同情だけ……なのかな? それもあったのかもしれませんけど、それだけではないと思います。かつて好きだった人が素敵な人だったからこそ、惹かれてしまうものがあったんだと思います」
「ありがとう。輝ちゃんはしっかりしてるね。俺とは大違いだ。俺なんてこの期に及んでジタバタして、結局は実紅を苦しめるだけだった」
「わたしもメチャメチャもがきましたよ。自分の醜さに落ち込んだことも……。でもこれから先、素敵な人ができるといいですね、お互いに」
「そうだな。でもまあ俺はしばらくは音楽一筋でがんばっていくよ」
「応援してます。サイジさんたちの音楽で、ぜひたくさんの人を魅了してください」
佐野先生のことを考えるといまだに涙が滲んでくる。憎いという感情もたまに顔を覗かせる。そのたびに打ち消して、自己嫌悪に陥るというのを繰り返している。
けれどわたしは信じている。いまはつらくてもそれを乗り越えたとき、今日までのことがだんだんと思い出になる。いつかそんな日が来るはず。
また誰かを好きになりたい。たとえ苦しくても。涙を流すことがあっても。
ライブ会場は熱気に包まれている。
ナリたちがステージに立つと観客席からたくさんのエールが飛び交った。みんなが彼らを祝福し、デビューを喜んでいる。
わたしは一番うしろでライブを見ていた。
サイジさんはクールにベースを弾いている。ときどきサイジさんが観客席に視線を移すと、女の子たちからキャーキャーと歓声があがった。
ナリたちのライブは最高だった。
そしてラストの曲となり、ナリが語りはじめた。
「俺たちは同じ大学で出会って、このバンドを組んだんだ。それまで音楽といったらカラオケぐらいだった俺に『バンドに入らないか?』って誘ってくれたのがサイジだった。楽器ができないという理由で、メンバーに無理やりボーカルにさせられて……。そんな格好悪い理由だったけど、メンバーには感謝している。あれから何年も経ったけど、俺たちがいまここに立っていられるのは応援してくれるみんなのおかげだよ。初めてライブをやった場所がここ。ひどい演奏だった。お客が全員帰っちゃって、ライブのあとメンバーみんなで泣き明かしたよ。そんな俺たちの原点がここなんだ。だから今日が最後じゃなくて、また絶対にここに戻ってくるよ。恥ずかしくないようにがんばってくるから」
わたしの知らないメンバーの歴史。夢を追い続けることは決して簡単なことじゃない。
すごいな。ここまでの道のりがどれだけのものだったのか想像がつかないけれど、人生を賭けてここまできたんだ。
ラストナンバーはサイジさんが作詞作曲した楽曲。
みんなが静かに聴き入っている。ナリのファルセットの声が悲しく響き渡り、魂を揺さぶる。
光の速度で、彼らを未来へと導いていく。
そばにおいておきたい
僕の身勝手な野心で君を惑わせた
ふたりの距離は遥かなる地へと飛ぶ
どうしてわかってしまうんだろう
まるでわかっていないと叱られていたあの頃に戻りたいよ
傷つけた涙を
それでも君は輝きにかえてしまうんだ
強く
ナリ、招待してくれてありがとう。
ナリやサイジさんのがんばっている姿を見ていたら、生きる力がわいてきたよ。
わたしは毎日生きている。まだまだ不完全な人間だから、失敗して挫折して、いろんなものを失っていく。でも、それであきらめちゃいけない。なにかを失ったとしても、何度でも立ち直れる。人生にはそういう可能性があるものだと知った。わたしのまわりの人たちがそれを教えてくれた。
「え?」
「輝ちゃんは全然わがままじゃないよ。むしろ逆だよ。好きな人のためにそこまでできる輝ちゃんがうらやましいよ」
「サイジさん……」
「正直、今日の俺はライブどころじゃなかった。三日前、実紅に別れをきり出されて気持ちがついていかなくて。今日のライブもすっぽかそうと思ってたくらい」
わかっていたはずなのに改めて知ってしまうと、わたしのしたことは正しかったのかと考えてしまう。
ズタズタにしたんだ。わたしはサイジさんを泥沼に引きずり落とした。わたしの決断は、おそらくサイジさんの人生を変えてしまった。
サイジさんはこれからライブだというのに。わたしはそれさえも壊してしまうのではないかと怖くなった。
「わたし、サイジさんになんて謝ったらいいのか……」
「誤解しないで。いま言ったことは輝ちゃんを責める意味で言ったんじゃないよ」
「責められても仕方のないことをしたのは事実です。ふたりの仲を無理やり引き裂いたのは間違いなくわたしですから」
「もしかして、ずっと責任を感じてた? だったら考えすぎ」
「でも……」
「実紅の気持ちには気づいてたよ。でもそれでもいいと思った」
サイジさんの苦悶に満ちた表情に、わたしの胸が張り裂けそうになる。
その気持ち、よくわかるよ。それでも好きという気持ち。ほかの誰かの代わりでもいい。好きだから都合の悪いことは目をつぶって、なにがなんでもその人を手に入れたいという貪欲な心。一緒にいたら、もしかすると相手の心も手に入れることができるかもしれないという浅はかな考えもあった。
「実紅は俺に同情していたんだと思う。いい年してフリーターだし、金も持ってない。デビューは決まったけど、売れるかどうかはわからないからね」
「同情だけ……なのかな? それもあったのかもしれませんけど、それだけではないと思います。かつて好きだった人が素敵な人だったからこそ、惹かれてしまうものがあったんだと思います」
「ありがとう。輝ちゃんはしっかりしてるね。俺とは大違いだ。俺なんてこの期に及んでジタバタして、結局は実紅を苦しめるだけだった」
「わたしもメチャメチャもがきましたよ。自分の醜さに落ち込んだことも……。でもこれから先、素敵な人ができるといいですね、お互いに」
「そうだな。でもまあ俺はしばらくは音楽一筋でがんばっていくよ」
「応援してます。サイジさんたちの音楽で、ぜひたくさんの人を魅了してください」
佐野先生のことを考えるといまだに涙が滲んでくる。憎いという感情もたまに顔を覗かせる。そのたびに打ち消して、自己嫌悪に陥るというのを繰り返している。
けれどわたしは信じている。いまはつらくてもそれを乗り越えたとき、今日までのことがだんだんと思い出になる。いつかそんな日が来るはず。
また誰かを好きになりたい。たとえ苦しくても。涙を流すことがあっても。
ライブ会場は熱気に包まれている。
ナリたちがステージに立つと観客席からたくさんのエールが飛び交った。みんなが彼らを祝福し、デビューを喜んでいる。
わたしは一番うしろでライブを見ていた。
サイジさんはクールにベースを弾いている。ときどきサイジさんが観客席に視線を移すと、女の子たちからキャーキャーと歓声があがった。
ナリたちのライブは最高だった。
そしてラストの曲となり、ナリが語りはじめた。
「俺たちは同じ大学で出会って、このバンドを組んだんだ。それまで音楽といったらカラオケぐらいだった俺に『バンドに入らないか?』って誘ってくれたのがサイジだった。楽器ができないという理由で、メンバーに無理やりボーカルにさせられて……。そんな格好悪い理由だったけど、メンバーには感謝している。あれから何年も経ったけど、俺たちがいまここに立っていられるのは応援してくれるみんなのおかげだよ。初めてライブをやった場所がここ。ひどい演奏だった。お客が全員帰っちゃって、ライブのあとメンバーみんなで泣き明かしたよ。そんな俺たちの原点がここなんだ。だから今日が最後じゃなくて、また絶対にここに戻ってくるよ。恥ずかしくないようにがんばってくるから」
わたしの知らないメンバーの歴史。夢を追い続けることは決して簡単なことじゃない。
すごいな。ここまでの道のりがどれだけのものだったのか想像がつかないけれど、人生を賭けてここまできたんだ。
ラストナンバーはサイジさんが作詞作曲した楽曲。
みんなが静かに聴き入っている。ナリのファルセットの声が悲しく響き渡り、魂を揺さぶる。
光の速度で、彼らを未来へと導いていく。
そばにおいておきたい
僕の身勝手な野心で君を惑わせた
ふたりの距離は遥かなる地へと飛ぶ
どうしてわかってしまうんだろう
まるでわかっていないと叱られていたあの頃に戻りたいよ
傷つけた涙を
それでも君は輝きにかえてしまうんだ
強く
ナリ、招待してくれてありがとう。
ナリやサイジさんのがんばっている姿を見ていたら、生きる力がわいてきたよ。
わたしは毎日生きている。まだまだ不完全な人間だから、失敗して挫折して、いろんなものを失っていく。でも、それであきらめちゃいけない。なにかを失ったとしても、何度でも立ち直れる。人生にはそういう可能性があるものだと知った。わたしのまわりの人たちがそれを教えてくれた。
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