51 / 53
9.TEAR DROP
050
しおりを挟む◇
佐野先生が退院した翌々日の土曜日の夜。
わたしは初めてナリたちのバンドのライブを見にきている。
ナリが先週ファミレスに来てくれて、ゲスト・パスを由紀乃に預けてくれた。ライブハウスのオーナーが急きょお祝いのイベントを企画してくれたそうだ。ナリたちのバンド以外にも何組か出演するそうで、ナリたちは大トリなんだとか。というわけで今夜はメジャーデビュー前の貴重なライブ。
メンバーに初めて会ったときは、まさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。大学一年、ファミレスでバイトをはじめたばかりの新人時代。どんくさい接客にもかかわらず、メンバーはみんなやさしかった。それからひとことふたことの会話をするようになり、冗談を言い合えるまでになって、こうしてライブに招待してもらっている。
メジャーデビューはわたしもとてもうれしい。とくに親しい間柄というわけではないけれど、みんなのことは大好きだ。
だけど、いまはサイジさんに会うのが怖い。実紅さんに去られ、彼は今日どんな気持ちでいるのだろう。
ライブハウスには女の子だけでなく、たくさんの男の子もいた。もちろんこの人たち全員がナリたちのバンドのファンとは限らないけれど、盛りあがりと熱気は想像以上だった。
ライブ前。わたしはナリに教えてもらった通り、ゲスト・パスを使って控室を訪ねた。
勇気がいった。でも覚悟を決めてここに来た。
「来たな、輝」
ナリが真っ先にわたしに気がついてくれてほっとする。控室にはほかのバンドの人もいて少し異様な雰囲気だ。
「招待してくれてありがとうございます」
ナリにお礼を言った。
「ひとり?」
「はい。ごめんなさい、せっかくパスを二枚もらったのに」
「いいよ、気にするなって」
由紀乃はどうしてもバイトを休めなかった。真美ちゃんも同じ理由。
ナリと会話をしながら、チラチラとサイジさんを目で追っていた。その視線の先にナリも気づく。
「サイジと話したい?」
「はい。ライブ前ですけど平気ですか?」
「別にかまわないよ。あいつ、ひどく落ち込んでるから気合入れてやってよ。今日のリハも散々でさ、このままじゃ本番も心配だよ。おい、サイジ。ちょっといいか?」
サイジさんはこちらに顔を向けると、なんの躊躇もなくすんなりと立ちあがった。
「久しぶりだね」
サイジさんは穏やかな雰囲気をまとっている。ナリは落ち込んでいると言っていたけれど、わたしの前だから隠しているのかな。すごいな。これが大人の余裕というものなんだろうか。
「別の場所で話せますか? 大事な話があるんです」
「どうしたの? 深刻な顔しちゃって。らしくないな」
わたしたちは控室から少し離れた通路に移動した。ときどき人は通るけれど、これぐらいのほうがかえって話し声を聞かれにくい。
「突然で驚くかと思うんですが、実紅さんのことなんです」
「どうして輝ちゃんが実紅のことを知ってるの?」
混乱しているサイジさんにすべての事情を説明した。佐野先生が怪我をして入院したことも。その原因も。
そして……。
「わたしが実紅さんに頼んだんです。佐野先生に会いにいってほしいって」
「なんで? 輝ちゃんはそれでよかったの?」
「あのふたりは惹かれ合っていました。お互いに。わたしじゃだめだったんです」
「それで輝ちゃんが身を引いて、実紅を説得したのか……」
「サイジさんには申し訳ないことをしたと思っています。わたしのわがままでサイジさんをつらい目に遭わせてしまいました。だけど実紅さんのやさしさにこれ以上甘えちゃだめだと思うんです。本気で好きなら、実紅さんの幸せを一番に考えてあげてほしいんです」
今日はサイジさんの新たな出発のためのひとつの区切りの日。そんな日にこんなことを伝えるのは酷だと思う。
でもどうか乗り越えてほしい。わたしなんかにこんなふうに言われるのは心外かもしれないけれど、サイジさんにはちゃんと現実を受け止めてもらって前に進んでほしいから。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
I Still Love You
美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。
「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。
ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。
「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

先生と私。
狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。
3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが…
全編甘々を予定しております。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる