恋い焦がれて

さとう涼

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8.儚い時間

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 佐野先生が病室に戻ってきたのは、それから二十分ほどしてからだった。
 ふたりでなにを話したのだろう。でもいまのわたしにはふたりに嫉妬する力は残っていない。

「輝があんな言い方をするなんて。いったいどうしたんだよ?」
「前から思っていたことを口にしたまでです。わたしにがっかりしました? でも、これが本当のわたしです」

 かわいげがなく、醜くて、卑しい人間なんだ。純白の花のような可憐な実紅さんとは違うんだよ。

「俺、なにかしたのか?」
「なにかって?」
「輝を怒らせるようなこと」

 無自覚だから困る。したよ。ものすごく残酷なことをしたんだよ。なんでわからないの?

「なにもしてませんよ。単にわたしの問題です」
「ちゃんと言えよ。言ってくれないとわからないだろう」

 結局、なにも答えることはできなかった。病室の片隅にあるガーベラをただ見つめることしかできない。だいぶ、しおれてきてしまったなとぼんやりと思っていた。

「輝、聞こえてる?」
「その話はもう終わりです」
「勝手に終わらせるな」
「だからわたしは怒っていません。ただの嫉妬ですよ。それより、明日とあさってはお見舞いに来られないんです。あさって退院ですよね。あの花、枯れちゃいそうなんで、今日の帰りに捨てていきますね」

 フラワーポットを置いていくとじゃまかな。だからそれも持って帰ろうと考えていた。

「毎日来てくれてありがとな。おかげで退屈しなくてすんだよ」

 ふんわりとやさしい笑顔になる。さっきまで言い争いをしていたのが嘘のようだった。
 でも、やさしさもときには刃《やいば》となる。どんなにがんばっても届かないほど高いところから降りそそがれるそれは、わたしの身体をぐさぐさと貫いてしまう。

「そろそろ帰ります」

 これ以上ここにいると、たぶんわたしはだめになる。抑えている涙がもうぎりぎりのところまできている。

「そうだな。明るいうちに帰ったほうがいい。だけど気をつけろよ」
「はい」

 ガーベラのフラワーポットを手に取った。

「この白いガーベラ、ウインタータイムっていう名前だそうです」
「たしかに冬のイメージだな。雪の結晶みたいに見える」

 雪の結晶は宙をさまよいながら存在感を放ち、それがあまりにも美しすぎて、見ていると時間を忘れてしまう。強く惹かれてしまうのは美しさに加え、儚げだからなのかもしれない。
 守ってあげたい存在。実紅さんはまさにそんなタイプだ。礼儀正しくて箱入り娘という感じで、たぶんやさしい人。やさしいのに佐野先生を裏切っていて、そこは矛盾しているんだけれど。もしかするとサイジさんとの板挟みで苦しんで、サイジさんを選んだのかもしれないし。佐野先生がもっと強引な性格だったら事態は少し変わっていたのかもしれないと思った。
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