恋い焦がれて

さとう涼

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7.消せない想い

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 取り繕う感じで窓のほうに視線を移すと、都会的な美しい夜景にうっとりとさせられた。いまは難しいことを考えるのはよそう。存分にこの時間を楽しみたい。
 ふと、窓ガラス越しに人影が見えた。振り向くとスーツ姿の保科さんが立っていた。

「こんばんは、輝ちゃん」

 保科さんは『海鮮食堂』の調理場に立っているときと違って、すっかり紳士だった。

「こんばんは。さっきお料理を頂きました。とてもおいしかったです」
「ありがとう。今日は海里につき合わせちゃって悪かったね。こいつ、ひとりで行くのは気が引けるとか言ってなかなか店に来てくれないから、俺が輝ちゃんを誘えって言ったんだよ」

 なんだ、そういうことだったのか。

「逆に誘ってもらえてよかったです。こういうレストランで食事をするのは初めてだったので、いい経験をさせてもらいました」
「またおいでよ。ほかにもう一軒店があるんだけど、そっちでもいいし」

 そう言って保科さんが名刺をくれた。

「さっき渋谷店長から六本木のお店のことを聞きました。十五歳から修行してお店を持つなんて尊敬します。わたしの十五歳なんてほとんど子どもでしたから」
「俺が中三だったときに父親が亡くなったんだ。本当は漁師だった父親のあとを継いで俺もなろうとしたんだけど、借金があって、なくなく船を手放したんだ」
「そこまで苦労されていたなんて……」

 人は見かけによらないとはこのことだ。二十代のうちにふたつも店を持ち、順風満帆な人生に見える。そんな保科さんは実は過酷な境遇を生き抜いてきた人なんだ。

「たしかに苦労はしたけど、父親の漁師仲間や漁港の人たちによくしてもらったよ。あの食堂で働かせてもらったおかげで、いまの自分がある。だからいまでもたまに店を手伝っているんだ」

 誇らしげに語る表情が格好いい。

「保科さん、遅くなりましたが店のオープンおめでとうございます」
「ほんとに遅いよ。オープンしたのは五月だぞ」
「すみません。ひとりでフレンチとか、さすがの俺にも無理でした」
「同伴してくれる女ならたくさんいただろう?」
「誰でもいいってわけじゃないですから」

 保科さんが一瞬びっくりして固まるが、すぐに意味深に口角をあげる。

「ずいぶんと見せつけてくれるな」
「保科さん、意外に手が早いですし」
「海里の好きな女の子に手を出すわけないだろう」

 ええっ!? ふたりしてなんの話をしてるの!?
 渋谷店長はいつもの冗談として言っているんだよね? なら、このままだと保科さんが誤解したままになってしまう。だから否定しようとタイミングを見計らっていたけれど。

「そうだ! 輝ちゃん、おいしいデザートワインがあるんだ。ぜひサービスさせて」

 甘ったるい声に切り替えて満面の笑みになるものだから、結局言いそびれてしまった。渋谷店長は澄ました顔でコーヒーを飲んでいる。
 ほんと、この人はなにを考えているんだか。
 出されたワインは白ワイン。さっきのロゼですでにほろ酔い状態なのに、これ以上飲んで大丈夫かちょっと心配。でもデザートワインと言っていたし、ジュースみたいに飲みやすいのかな。

「あっ」
「どうかな?」
「おいしいです。辛口ですけどマスカットみたいな甘めの味が口に残ります」
「でしょう! チリ産のワインなんだけど、若い女の子に人気があるんだ」

 こういう楽しみ方もあるんだなあ。食事のあとに飲むワインもいいかもしれない。とても気に入ってしまい、ごくごくと飲み干してしまった。
 それに気をよくした保科さんが二杯、三杯とグラスにワインをそそいでくれる。しまいには保科さんもテーブルにつき、かなり早い段階でワインを一本空けた。

「輝ちゃんはお酒強いね」
「そうですかあ? そうでもないと……思います、けろぉ……」

 どれくらい飲んだんだろう。ふたりで一本空けたといっても、半分以上わたしが飲んでしまったような気がする。身体がふにゃふにゃとなって呂律もまわらない。

「もう一本持ってくるよ。次は甘口にしてみようか」
「はぁい、飲んでみたいでぇす!」
「よし、わかった!」
「ちょっと保科さん、もうこれ以上飲ませないでください。目が半分も開いてないじゃないですか。輝、大丈夫か?」

 最後に渋谷店長がそんなことを言っていたように思う。そのあとのことはあまり覚えていない。でも渋谷店長の腕に絡みつきながら店を出たことは記憶に残っていた。
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