恋い焦がれて

さとう涼

文字の大きさ
上 下
39 / 53
7.消せない想い

038

しおりを挟む
 それから二日後の月曜日のことだった。三限目の授業を終え、帰る前に確認したスマホの着信履歴。折り返すと、渋谷店長が食事に誘ってきた。

「今日、これからですか?」

 月曜日は授業が早めに終わることを渋谷店長は知っている。前にシフト変更をする際、そんな話をした。

『ああ。行きたい店があるんだけど、ひとりでは入りにくいんだ』
「そういうことですか。いいですよ、お伴します」

 いろいろお世話になっているし、ほかにどうやってお礼をしたらいいのか思いつかない。『少しだけおしゃれしてこい』と中途半端な注文をされて困ったけれど、楽しみと思ったのも事実。
 どんな店なんだろう。お肉かな? それともまたお魚かな? 和食なのか洋食なのか、はたまたアジアン系?


 夕方前。自宅マンションまで迎えにきてもらい車に乗り込む。渋谷店長はミディアムグレーのスーツに白いワイシャツ、光沢のあるネイビーのネクタイを締めていて、一流企業に勤めるエリートサラリーマンみたいだった。といっても一流企業のサラリーマンなんて見たことないけれど。

「やっぱり輝は若いな」
「この服、おかしいですか?」

 おしゃれをしてこいと言われてもたいした服を持っていない。今日は手持ちの服で一番大人っぽい膝丈のベージュのカシュクールワンピースにした。気に入って買ったものだけど、こういう服はこれまで着たことがなかった。

「似合うよ。色も落ち着いていて清楚な感じのデザインなんだろうけど、輝が着ると違った雰囲気に見えるな」
「それって似合わないという意味にしかとれないんですけど」
「そうじゃないよ。隙があるっていうか、わかりやすく言うと脱がせやすそうだなっていう意味」
「なっ、なに言ってるんですかっ!?」

 からかわれているんだろうけれど、ついムキになってしまう。

「思ったことを素直に言ったまでだよ。だってその腰のリボンを引っ張ったら、合わせが開いて全部見えそうじゃないか」
「……変な目で見ないでください」

 服のチョイスを間違えた。花柄の白いワンピースにすればよかった。ちょっとガーリーだけど、襟つきでスカートも膝下丈だから。少しでも大人っぽく見られたくて選んだこのベージュのワンピースは、佐野先生とデートできる日を夢見て、夏休みの最終日に買ったものだった。
 わたしの軽蔑するような目を完全無視し、渋谷店長はなにごともなかったかのように車を発進させた。

「ちょっと時間がかかるけど、到着する頃には夕飯にちょうどいい時間になってると思う」

 これから行くところは遠いのかな。まだ明るい空を見ながら思った。
 首都高に入ると、ちょうどラッシュの時間帯で、見事に渋滞にはまる。

「やっぱりな」

 渋谷店長は長く続いている車の列を見ながら肩を落とす。

「遠いんですか? そんな感じの口ぶりでしたけど」
「そうでもないよ。ただ道は混むだろうなとは思っていたから、その分時間がかかると予想してた」

 それを聞いて、都内のどこだろうと考えたけれど、首都高のどのあたりに自分がいるのかも検討がつかない状態なので予想するのはあきらめた。だけど闇が近づく空を見ながら方角だけは把握できた。
 それから十分ほどして渋滞を抜けることができた。大きくカーブして見えてきた橋に、わたしは感嘆の声をあげる。

「もしかしてあれって?」
「レインボーブリッジ」

 ライトアップされ、キラキラと淡く輝いている巨大な橋。間近で見ると迫力がある。
「なんかワクワクしてきます」
「ここを通るのは初めてか?」
「いいえ、家族と出かけたときに。いつか好きな人とこの景色を見たいなあ」
「この辺は人気のデートスポットだからな。どうだ? デート気分になったか?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる。

「相手が渋谷店長じゃ、なりませんよ」
「失礼なやつだな。まだまだ子どものくせに」
「もう子どもじゃありません!」

 だけどつくづく大人じゃないんだなと思った。智樹と改まった服で食事をしたことはないし、お酒を飲みにいったこともない。
 渋谷店長は当然あるだろう。ナビを設定しないで首都高を走れるし、この道も通い慣れている感じだ。


 到着した場所はベイエリアの大きなホテル。ホテルの地下駐車場があまりにも広くてびっくりし、きょろきょろと見まわしてしまった。

「なにしてる? 置いてくぞ」
「待ってください!」

 地下駐車場からシャンデリアつきエレベーターで上の階へ向かう。こんな高級なホテルに来るのは生まれて初めてなので、ドキドキしてくる。おまけに場所が場所だけに、いらぬ心配までしてしまいそうになる。

「部屋に連れ込まないから心配するな。ここの二十五階の店に予約を入れているんだ」

 わたしの頭のなかを見透かすように渋谷店長が鼻で笑った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

I Still Love You

美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。 「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。 ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。 「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

先生と私。

狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。 3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが… 全編甘々を予定しております。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...