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7.消せない想い
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それから二日後の月曜日のことだった。三限目の授業を終え、帰る前に確認したスマホの着信履歴。折り返すと、渋谷店長が食事に誘ってきた。
「今日、これからですか?」
月曜日は授業が早めに終わることを渋谷店長は知っている。前にシフト変更をする際、そんな話をした。
『ああ。行きたい店があるんだけど、ひとりでは入りにくいんだ』
「そういうことですか。いいですよ、お伴します」
いろいろお世話になっているし、ほかにどうやってお礼をしたらいいのか思いつかない。『少しだけおしゃれしてこい』と中途半端な注文をされて困ったけれど、楽しみと思ったのも事実。
どんな店なんだろう。お肉かな? それともまたお魚かな? 和食なのか洋食なのか、はたまたアジアン系?
夕方前。自宅マンションまで迎えにきてもらい車に乗り込む。渋谷店長はミディアムグレーのスーツに白いワイシャツ、光沢のあるネイビーのネクタイを締めていて、一流企業に勤めるエリートサラリーマンみたいだった。といっても一流企業のサラリーマンなんて見たことないけれど。
「やっぱり輝は若いな」
「この服、おかしいですか?」
おしゃれをしてこいと言われてもたいした服を持っていない。今日は手持ちの服で一番大人っぽい膝丈のベージュのカシュクールワンピースにした。気に入って買ったものだけど、こういう服はこれまで着たことがなかった。
「似合うよ。色も落ち着いていて清楚な感じのデザインなんだろうけど、輝が着ると違った雰囲気に見えるな」
「それって似合わないという意味にしかとれないんですけど」
「そうじゃないよ。隙があるっていうか、わかりやすく言うと脱がせやすそうだなっていう意味」
「なっ、なに言ってるんですかっ!?」
からかわれているんだろうけれど、ついムキになってしまう。
「思ったことを素直に言ったまでだよ。だってその腰のリボンを引っ張ったら、合わせが開いて全部見えそうじゃないか」
「……変な目で見ないでください」
服のチョイスを間違えた。花柄の白いワンピースにすればよかった。ちょっとガーリーだけど、襟つきでスカートも膝下丈だから。少しでも大人っぽく見られたくて選んだこのベージュのワンピースは、佐野先生とデートできる日を夢見て、夏休みの最終日に買ったものだった。
わたしの軽蔑するような目を完全無視し、渋谷店長はなにごともなかったかのように車を発進させた。
「ちょっと時間がかかるけど、到着する頃には夕飯にちょうどいい時間になってると思う」
これから行くところは遠いのかな。まだ明るい空を見ながら思った。
首都高に入ると、ちょうどラッシュの時間帯で、見事に渋滞にはまる。
「やっぱりな」
渋谷店長は長く続いている車の列を見ながら肩を落とす。
「遠いんですか? そんな感じの口ぶりでしたけど」
「そうでもないよ。ただ道は混むだろうなとは思っていたから、その分時間がかかると予想してた」
それを聞いて、都内のどこだろうと考えたけれど、首都高のどのあたりに自分がいるのかも検討がつかない状態なので予想するのはあきらめた。だけど闇が近づく空を見ながら方角だけは把握できた。
それから十分ほどして渋滞を抜けることができた。大きくカーブして見えてきた橋に、わたしは感嘆の声をあげる。
「もしかしてあれって?」
「レインボーブリッジ」
ライトアップされ、キラキラと淡く輝いている巨大な橋。間近で見ると迫力がある。
「なんかワクワクしてきます」
「ここを通るのは初めてか?」
「いいえ、家族と出かけたときに。いつか好きな人とこの景色を見たいなあ」
「この辺は人気のデートスポットだからな。どうだ? デート気分になったか?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
「相手が渋谷店長じゃ、なりませんよ」
「失礼なやつだな。まだまだ子どものくせに」
「もう子どもじゃありません!」
だけどつくづく大人じゃないんだなと思った。智樹と改まった服で食事をしたことはないし、お酒を飲みにいったこともない。
渋谷店長は当然あるだろう。ナビを設定しないで首都高を走れるし、この道も通い慣れている感じだ。
到着した場所はベイエリアの大きなホテル。ホテルの地下駐車場があまりにも広くてびっくりし、きょろきょろと見まわしてしまった。
「なにしてる? 置いてくぞ」
「待ってください!」
地下駐車場からシャンデリアつきエレベーターで上の階へ向かう。こんな高級なホテルに来るのは生まれて初めてなので、ドキドキしてくる。おまけに場所が場所だけに、いらぬ心配までしてしまいそうになる。
「部屋に連れ込まないから心配するな。ここの二十五階の店に予約を入れているんだ」
わたしの頭のなかを見透かすように渋谷店長が鼻で笑った。
「今日、これからですか?」
月曜日は授業が早めに終わることを渋谷店長は知っている。前にシフト変更をする際、そんな話をした。
『ああ。行きたい店があるんだけど、ひとりでは入りにくいんだ』
「そういうことですか。いいですよ、お伴します」
いろいろお世話になっているし、ほかにどうやってお礼をしたらいいのか思いつかない。『少しだけおしゃれしてこい』と中途半端な注文をされて困ったけれど、楽しみと思ったのも事実。
どんな店なんだろう。お肉かな? それともまたお魚かな? 和食なのか洋食なのか、はたまたアジアン系?
夕方前。自宅マンションまで迎えにきてもらい車に乗り込む。渋谷店長はミディアムグレーのスーツに白いワイシャツ、光沢のあるネイビーのネクタイを締めていて、一流企業に勤めるエリートサラリーマンみたいだった。といっても一流企業のサラリーマンなんて見たことないけれど。
「やっぱり輝は若いな」
「この服、おかしいですか?」
おしゃれをしてこいと言われてもたいした服を持っていない。今日は手持ちの服で一番大人っぽい膝丈のベージュのカシュクールワンピースにした。気に入って買ったものだけど、こういう服はこれまで着たことがなかった。
「似合うよ。色も落ち着いていて清楚な感じのデザインなんだろうけど、輝が着ると違った雰囲気に見えるな」
「それって似合わないという意味にしかとれないんですけど」
「そうじゃないよ。隙があるっていうか、わかりやすく言うと脱がせやすそうだなっていう意味」
「なっ、なに言ってるんですかっ!?」
からかわれているんだろうけれど、ついムキになってしまう。
「思ったことを素直に言ったまでだよ。だってその腰のリボンを引っ張ったら、合わせが開いて全部見えそうじゃないか」
「……変な目で見ないでください」
服のチョイスを間違えた。花柄の白いワンピースにすればよかった。ちょっとガーリーだけど、襟つきでスカートも膝下丈だから。少しでも大人っぽく見られたくて選んだこのベージュのワンピースは、佐野先生とデートできる日を夢見て、夏休みの最終日に買ったものだった。
わたしの軽蔑するような目を完全無視し、渋谷店長はなにごともなかったかのように車を発進させた。
「ちょっと時間がかかるけど、到着する頃には夕飯にちょうどいい時間になってると思う」
これから行くところは遠いのかな。まだ明るい空を見ながら思った。
首都高に入ると、ちょうどラッシュの時間帯で、見事に渋滞にはまる。
「やっぱりな」
渋谷店長は長く続いている車の列を見ながら肩を落とす。
「遠いんですか? そんな感じの口ぶりでしたけど」
「そうでもないよ。ただ道は混むだろうなとは思っていたから、その分時間がかかると予想してた」
それを聞いて、都内のどこだろうと考えたけれど、首都高のどのあたりに自分がいるのかも検討がつかない状態なので予想するのはあきらめた。だけど闇が近づく空を見ながら方角だけは把握できた。
それから十分ほどして渋滞を抜けることができた。大きくカーブして見えてきた橋に、わたしは感嘆の声をあげる。
「もしかしてあれって?」
「レインボーブリッジ」
ライトアップされ、キラキラと淡く輝いている巨大な橋。間近で見ると迫力がある。
「なんかワクワクしてきます」
「ここを通るのは初めてか?」
「いいえ、家族と出かけたときに。いつか好きな人とこの景色を見たいなあ」
「この辺は人気のデートスポットだからな。どうだ? デート気分になったか?」
ニヤニヤしながら聞いてくる。
「相手が渋谷店長じゃ、なりませんよ」
「失礼なやつだな。まだまだ子どものくせに」
「もう子どもじゃありません!」
だけどつくづく大人じゃないんだなと思った。智樹と改まった服で食事をしたことはないし、お酒を飲みにいったこともない。
渋谷店長は当然あるだろう。ナビを設定しないで首都高を走れるし、この道も通い慣れている感じだ。
到着した場所はベイエリアの大きなホテル。ホテルの地下駐車場があまりにも広くてびっくりし、きょろきょろと見まわしてしまった。
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「待ってください!」
地下駐車場からシャンデリアつきエレベーターで上の階へ向かう。こんな高級なホテルに来るのは生まれて初めてなので、ドキドキしてくる。おまけに場所が場所だけに、いらぬ心配までしてしまいそうになる。
「部屋に連れ込まないから心配するな。ここの二十五階の店に予約を入れているんだ」
わたしの頭のなかを見透かすように渋谷店長が鼻で笑った。
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