35 / 53
6.身代わりでもいいから
034
しおりを挟む
ふたりでダイニングテーブルに向かい合わせに腰をおろすと、わたしは佐野先生のほうに手を伸ばした。
「わたしがやりますよ」
それでも佐野先生は菜箸を離さない。
さっきまで、すき焼きの材料費を出すと言ってきかなかった。それをなんとか説得したわけだけれど、その代わりにすき焼きの調理は「俺にまかせろ」と言って譲らなかった。
牛脂を溶かし、牛肉とネギを焼く。それから割り下を入れ、次に野菜やシイタケを投入していく。それはなかなか手慣れたもので、かなりの料理経験があるとみた。
こんな素敵なキッチンとダイニングなら料理もしたくなるよなあ。
リビングもそうだけど、ダイニングの照明ランプも落ち着いた感じだ。ダイニングテーブルの真上の天井からセンスのいい透明なガラスキューブのペンダントライトが吊るされ、オレンジ色の明かりが食卓を包んでいた。
おしゃれなレストランのディナーみたい。シャンパンやワインが似合う雰囲気で、スーパーで買ったレモンジュースが高級な飲み物に見えてくる。
さっそく牛肉を口に入れると、やわらかくて味もおいしかった。佐野先生が満足そうに食べている。その姿を見ているだけで、わたしはお腹がいっぱいになりそう。
「佐野先生ってインテリアのセンスがいいんですね」
「残念ながら俺のセンスじゃないよ」
「……え?」
「インテリアコーディネートの資格を持つ大学時代の友達に頼んで、リビングとダイニングはコーディネートしてもらったんだよ」
「そ、そうなんですか。さすが、プロは違いますね」
さっき一瞬、胸がチクリと痛んだ。インテリアは実紅さんの趣味なのかなと思ってしまった。だけどよくよく考えたら、実紅さんはこの部屋を何度も訪れているはず。実紅さんのために料理をし、こんなふうに楽しい食事の時間も過ごしていただろう。
考えても仕方がないことなのに。やだな、こんなときに実紅さんを思い出したくなかった。
「それにしても、この肉うまいな。どこで買ったんだ?」
「駅前の商店街のお肉屋さんです」
「わざわざ肉屋で買ったのか。俺、スーパーしか行ったことないよ」
商店街の一角に小さいけれどスーパーがある。わたしもよく利用するし、今日も寄ってきた。すき焼き用の豆腐やしらたきはそこで買った。
「スーパーのほうがほしいものが一気にそろえられて便利ですし、夜遅くまで営業してますからね。わたしは久しぶりに行ったんですが、うちの母はよくそのお肉屋さんで買ってきますね。やっぱりスーパーよりおいしいので。あと、お惣菜もよく買ってきます。コロッケとかから揚げとか。あっ! シュウマイもすごくおいしいんです」
「俺、シュウマイ大好きだよ」
「閉店間際に行くと、串カツとか、その日に余ったものをおまけしてくれることがあるので狙い目ですよ。独身男性はとくにサービスしてくれるらしいです。母が言ってました」
「へえ、いいこと聞いた。今度行ってみるよ」
佐野先生が楽しそうに笑ってくれる。相変わらずドキドキしているけれど、なんとか佐野先生の顔を見ていられる。この時間が明日もあさっても、その先も続きますようにと心のなかで祈った。
だけど本当にわたしはここにいていいのかな。佐野先生はわたしを好きなわけじゃないのに、わたしをそばに置いておいてくれる。
実紅さんを思い出すことはもうないの? もう過去のことだと思っていいのかな?
それでも深く深く、わたしの想いはどこまでも佐野先生を追い続ける。いつか振り向いてもらえるまで、がんばるんだ。
「わたしがやりますよ」
それでも佐野先生は菜箸を離さない。
さっきまで、すき焼きの材料費を出すと言ってきかなかった。それをなんとか説得したわけだけれど、その代わりにすき焼きの調理は「俺にまかせろ」と言って譲らなかった。
牛脂を溶かし、牛肉とネギを焼く。それから割り下を入れ、次に野菜やシイタケを投入していく。それはなかなか手慣れたもので、かなりの料理経験があるとみた。
こんな素敵なキッチンとダイニングなら料理もしたくなるよなあ。
リビングもそうだけど、ダイニングの照明ランプも落ち着いた感じだ。ダイニングテーブルの真上の天井からセンスのいい透明なガラスキューブのペンダントライトが吊るされ、オレンジ色の明かりが食卓を包んでいた。
おしゃれなレストランのディナーみたい。シャンパンやワインが似合う雰囲気で、スーパーで買ったレモンジュースが高級な飲み物に見えてくる。
さっそく牛肉を口に入れると、やわらかくて味もおいしかった。佐野先生が満足そうに食べている。その姿を見ているだけで、わたしはお腹がいっぱいになりそう。
「佐野先生ってインテリアのセンスがいいんですね」
「残念ながら俺のセンスじゃないよ」
「……え?」
「インテリアコーディネートの資格を持つ大学時代の友達に頼んで、リビングとダイニングはコーディネートしてもらったんだよ」
「そ、そうなんですか。さすが、プロは違いますね」
さっき一瞬、胸がチクリと痛んだ。インテリアは実紅さんの趣味なのかなと思ってしまった。だけどよくよく考えたら、実紅さんはこの部屋を何度も訪れているはず。実紅さんのために料理をし、こんなふうに楽しい食事の時間も過ごしていただろう。
考えても仕方がないことなのに。やだな、こんなときに実紅さんを思い出したくなかった。
「それにしても、この肉うまいな。どこで買ったんだ?」
「駅前の商店街のお肉屋さんです」
「わざわざ肉屋で買ったのか。俺、スーパーしか行ったことないよ」
商店街の一角に小さいけれどスーパーがある。わたしもよく利用するし、今日も寄ってきた。すき焼き用の豆腐やしらたきはそこで買った。
「スーパーのほうがほしいものが一気にそろえられて便利ですし、夜遅くまで営業してますからね。わたしは久しぶりに行ったんですが、うちの母はよくそのお肉屋さんで買ってきますね。やっぱりスーパーよりおいしいので。あと、お惣菜もよく買ってきます。コロッケとかから揚げとか。あっ! シュウマイもすごくおいしいんです」
「俺、シュウマイ大好きだよ」
「閉店間際に行くと、串カツとか、その日に余ったものをおまけしてくれることがあるので狙い目ですよ。独身男性はとくにサービスしてくれるらしいです。母が言ってました」
「へえ、いいこと聞いた。今度行ってみるよ」
佐野先生が楽しそうに笑ってくれる。相変わらずドキドキしているけれど、なんとか佐野先生の顔を見ていられる。この時間が明日もあさっても、その先も続きますようにと心のなかで祈った。
だけど本当にわたしはここにいていいのかな。佐野先生はわたしを好きなわけじゃないのに、わたしをそばに置いておいてくれる。
実紅さんを思い出すことはもうないの? もう過去のことだと思っていいのかな?
それでも深く深く、わたしの想いはどこまでも佐野先生を追い続ける。いつか振り向いてもらえるまで、がんばるんだ。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】お姉様の婚約者
七瀬菜々
恋愛
姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。
残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。
サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。
誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。
けれど私の心は晴れやかだった。
だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。
ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる