恋い焦がれて

さとう涼

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6.身代わりでもいいから

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 ふたりでダイニングテーブルに向かい合わせに腰をおろすと、わたしは佐野先生のほうに手を伸ばした。

「わたしがやりますよ」

 それでも佐野先生は菜箸を離さない。
 さっきまで、すき焼きの材料費を出すと言ってきかなかった。それをなんとか説得したわけだけれど、その代わりにすき焼きの調理は「俺にまかせろ」と言って譲らなかった。
 牛脂を溶かし、牛肉とネギを焼く。それから割り下を入れ、次に野菜やシイタケを投入していく。それはなかなか手慣れたもので、かなりの料理経験があるとみた。
 こんな素敵なキッチンとダイニングなら料理もしたくなるよなあ。
 リビングもそうだけど、ダイニングの照明ランプも落ち着いた感じだ。ダイニングテーブルの真上の天井からセンスのいい透明なガラスキューブのペンダントライトが吊るされ、オレンジ色の明かりが食卓を包んでいた。
 おしゃれなレストランのディナーみたい。シャンパンやワインが似合う雰囲気で、スーパーで買ったレモンジュースが高級な飲み物に見えてくる。

 さっそく牛肉を口に入れると、やわらかくて味もおいしかった。佐野先生が満足そうに食べている。その姿を見ているだけで、わたしはお腹がいっぱいになりそう。

「佐野先生ってインテリアのセンスがいいんですね」
「残念ながら俺のセンスじゃないよ」
「……え?」
「インテリアコーディネートの資格を持つ大学時代の友達に頼んで、リビングとダイニングはコーディネートしてもらったんだよ」
「そ、そうなんですか。さすが、プロは違いますね」

 さっき一瞬、胸がチクリと痛んだ。インテリアは実紅さんの趣味なのかなと思ってしまった。だけどよくよく考えたら、実紅さんはこの部屋を何度も訪れているはず。実紅さんのために料理をし、こんなふうに楽しい食事の時間も過ごしていただろう。
 考えても仕方がないことなのに。やだな、こんなときに実紅さんを思い出したくなかった。

「それにしても、この肉うまいな。どこで買ったんだ?」
「駅前の商店街のお肉屋さんです」
「わざわざ肉屋で買ったのか。俺、スーパーしか行ったことないよ」

 商店街の一角に小さいけれどスーパーがある。わたしもよく利用するし、今日も寄ってきた。すき焼き用の豆腐やしらたきはそこで買った。

「スーパーのほうがほしいものが一気にそろえられて便利ですし、夜遅くまで営業してますからね。わたしは久しぶりに行ったんですが、うちの母はよくそのお肉屋さんで買ってきますね。やっぱりスーパーよりおいしいので。あと、お惣菜もよく買ってきます。コロッケとかから揚げとか。あっ! シュウマイもすごくおいしいんです」
「俺、シュウマイ大好きだよ」
「閉店間際に行くと、串カツとか、その日に余ったものをおまけしてくれることがあるので狙い目ですよ。独身男性はとくにサービスしてくれるらしいです。母が言ってました」
「へえ、いいこと聞いた。今度行ってみるよ」

 佐野先生が楽しそうに笑ってくれる。相変わらずドキドキしているけれど、なんとか佐野先生の顔を見ていられる。この時間が明日もあさっても、その先も続きますようにと心のなかで祈った。
 だけど本当にわたしはここにいていいのかな。佐野先生はわたしを好きなわけじゃないのに、わたしをそばに置いておいてくれる。
 実紅さんを思い出すことはもうないの? もう過去のことだと思っていいのかな?
 それでも深く深く、わたしの想いはどこまでも佐野先生を追い続ける。いつか振り向いてもらえるまで、がんばるんだ。
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