恋い焦がれて

さとう涼

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6.身代わりでもいいから

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「輝、無視するなよ」
「ねえ、輝ちゃん。あとついてくるよ。話があるんじゃない?」
「輝、今度さ、飯食いにいかない? 今日は俺、バイトだから明日なんてどう? もちろん真美ちゃんも一緒に」

 四限目の授業を終え、真美ちゃんと一緒に駅まで歩いていたら智樹がうしろから話しかけてくる。駅まで歩いて十五分。智樹はずっとこの調子だ。

「ほら、なにか言ってるよ」

 真美ちゃんがうんざりしながら、うしろを振り向く。

「真美ちゃん、見ちゃだめ! ストーカーなんて放っておきなよ。いい? 真美ちゃんも智樹と口聞いちゃだめだからね」
「う、うん。わかった」

 四限目の授業中もひしひしと視線を感じていた。それはわたしの斜めうしろの席に座っていた智樹のものだった。四限目の授業で合流した真美ちゃんが勘違いして、「復活愛?」などと言って不思議がっていたけれど、事情を説明したら納得してくれた。


 駅に着き、反対側のホームから手を振る智樹を徹底的に無視する。そこへ電車が到着し、智樹の気配がようやく消えた。

「どうして急にストーカーみたく追いまわしてくるんだろう。怖いんだけど」

 最近、誰かに見られているような気がしていたのは智樹だったんだろうか。大学のキャンパスでも視線を感じていたということはその可能性も大きい。

「別れたあともずっと好きだったんじゃない?」
「それはないよ。だって振ったのは向こうだよ」
「でも智樹くんって誰とつき合っても長続きしなかったじゃない。学生課の杉浦さんと別れたのが先月なら、二ヶ月持たなかったんだね」

 まさか智樹に限って、わたしに未練があるわけない。智樹は気が多くて、本気で人を好きにならない。誰よりも自分が一番大事だと思っている人間だ。


 乗り換えのため真美ちゃんは途中の駅で電車を降りた。わたしはひとりになり、ドアの窓から外の景色を眺めていた。そうしていると花火大会の夜を思い出してしまう。
 あの夜、隣には佐野先生がいた。

 ◇

 混雑した車内。ほかの誰かのお酒の匂いがかすかにしていた。わたしは遠慮がちに佐野先生から距離を置いていた。なのに突然車内が揺れ、その拍子にほかの乗客に押されたわたしは佐野先生にぶつかってしまった。

「大丈夫か?」
「ご、ごめんなさい」

 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。

「危ないから俺につかまっとけ」

 揺れる電車のなかはつかまる場所がなく、下駄を履いていたわたしは何度もふらついていた。だからそう言ってくれたんだと思う。
 だけど、どこにつかまればいいんだろう。腰のあたり? それとも手をつなぐ?
 迷ったあげく、Tシャツの裾をつかんだ。少し心もとないけれど、なにもないよりはマシだ。
 それからは目の前のTシャツの生地ばかり見ていた。こんなにも近くにいる。たったそれだけのこと。だけど思い出さずにはいられないほど幸せな時間だった。

 ◇

 車内アナウンスで現実に引き戻される。もうすぐ最寄り駅だ。
 電車を降りて改札を出る。駅の近くに商店街があって、久しぶりに足を踏み入れると、夕方の買い物ピークが重なり、だいぶ活気づいていた。
 八百屋に魚屋、お茶屋に和菓子屋。なんだか懐かしく感じる。ノスタルジックな光景だけど、わたしが知らないだけで、こんな日常はあたり前のように繰り返されている。

「タイムサービスだよ! いまだけ! いまだけ三割引き! 今日は特別、和牛霜降り肉も三割引きにしちゃうからね!」

 タイムサービス中の肉屋にはたくさんの買い物客がいた。
 三割引きかあ。佐野先生に借りたハンカチ、今日返しにいこうかな。

「お姉さん、ありがとね」

 さっそく肉屋で和牛霜降り肉を買った。それから八百屋とスーパーにも寄った。
 とりあえず形から、と妙な言い訳を作ってみる。こうでもしないと勇気がでない。電話する勇気が。その相手はもちろん佐野先生。夕飯の材料を買って、マンションに行ってみようと思った。
 えいっと目をつむって通話ボタンをタップした。片目を開けると、画面には発信中の表示。
 もう逃げられない。そう自分を追い詰めたつもりだったのに……。留守電だった。
 どうしよう。佐野先生のマンションの場所がよくわからない。現在勤務している小学校の近くだと前に聞いていたけれど、見つけられたところで部屋番号を知らないので、アポなしで行っても無駄に終わる。
 まだ仕事中だと信じて、まずは小学校に行ってみようかな。そのうち電話もつながるよね。

 それから買い物袋を提げて、佐野先生の勤務する小学校まで来た。
 現在、午後六時過ぎ。この時季、まだ外は明るい。でも雲行きはだいぶ怪しかった。
 台風だ。少し強めに吹きはじめた風に今朝の天気予報を思い出した。
 やがて雨が降り出す。折りたたみ傘は持っているので、雨はなんとかしのげるけれど、佐野先生からは連絡はなかった。
 とうとう辺りも暗くなり、雨は強くなったり、弱くなったりを繰り返す。とても冷たい雨だった。不安が募っていく。会えたとして、「帰れ」と言われたらどうしようといまさら怖くなった。
 それからどれくらい待っただろう。

『もしもし輝? どうした?』

 雨のなかで受けた電話に言葉を忘れてしまう。ずっと待ち焦がれていた声に、いままでの不安と怖さが一気に安心に変わった。

『聞こえてる?』
「はい」
『電話をくれただろう? 出られなくて悪い。会議が長引いたもんだから」
「まだ仕事、かかりますか?」
『もうそろそろ帰るとこだけど』
「わたし、いま校門の前にいるんです」
『え!?』
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