29 / 53
5.ふたりの距離感
028
しおりを挟む
空っぽになったラムネ瓶。いつのまにか大音量の音が消え、花火が終わっていた。
多くの星は雲に隠れ、半月が空と海を照らしていた。
人の波が駅に向かっている。大蛇のようにそれはどこまでも続いていた。
わたしは立ちあがり、ハンカチの砂を払う。それから丁寧にたたむと巾着にしまった。
帰り道は来るときよりも混雑していた。人が多いというだけで歩きにくい。おまけに足も痛い。下駄の鼻緒のところがとくに。がんばって歩かないと置いていかれそうだった。
「帰りの切符、買っておけばよかったな」
「そうですね。切符を買うのにも行列でしょうね」
「電車も相当混んでるよな」
「それは間違いないですね」
「その前に乗れるのか?」
「さあ?」
だんだんとネガティブな会話になっていく。さわやかな花火見物のはずが、現実になるとうまくいかないものだな。
それにしても暑いなあ。わたしは自分のハンカチを巾着から出そうとした。でも歩きながらなので取り出しにくい。
「あっ、あった!」
やっとのことでハンカチを取り出す。でも、そこで異変に気づいた。
「佐野先生?」
隣にいたはずの佐野先生が忽然と消えていた。周囲を見まわしてもどこにもいない。まさかのまさかではぐれちゃった……らしい。
でもまだ近くにいるはず。急いで小走りで前に進んだ。
すると。
「いたあ!」
少し先にその姿を見つけた。でもわたしが隣にいないことにまったく気づいていないみたいで、佐野先生はずんずんと前だけを見て歩き続けている。
わたしはここにいるよ! お願い、気づいてよ!
だけど、結局見失ってしまった。行き先は駅だから、きっと駅で会えるとは思うけど……。
そのとき巾着のなかのスマホが振動した。
佐野先生だ!
でも焦りすぎたせいで手をすべらせてしまい、見事にスマホが吹っ飛んでいった。
「嘘!?」
もちろんスマホを追いかけた。でも足もとは暗くて、人も多くて、見失ってしまった。
「どこ?」
佐野先生もどこ?
せっかくの花火大会だったのに、あまりにも不幸なオチに力が抜けてあ然と立ち尽くす。
通り過ぎる人がたまに振り向いて、「じゃまだ」と言わんばかりの怪訝な顔になった。スマホをさがしたかったけれど、仕方なく道の端に移動した。
ここは海岸沿いの堤防道路。背の低い堤防に寄りかかりながら佐野先生を待った。
──もし、はぐれたら、その場所から動くなよ。俺が迎えにいくから。
本当かな? ここで待っていれば迎えにきてくれるの? 彼女じゃなくても、さがし出してくれるの?
笑顔でぞろぞろと流れていく人たちを尻目に、わたしは泣きそうになっていた。
いま何時だろう? 時計も持っていなくてわからない。ここにどれくらいいるのかもわからない。
置いて行かれた気分。わたしが隣にいないのに、佐野先生がぜんぜん気づいてくれなかったことがショックだった。わたしは実紅さんじゃないからきっと存在なんてどうでもよかったのかもしれない。隣にいるのが実紅さんだったら、きっと手をつないであげて、はぐれることはなかったんだと思う。
もう会えないのかな。なんとなく、そんなふうに考えてしまう。駅に行ってみようかな? でもそうすべきか迷う。
佐野先生の電話番号を暗記しておくんだった。もし番号を覚えていたら、公衆電話から電話できたのに。仲のいい友達の電話番号はわりと暗記している。元彼もそうだった。自然と覚えられるように、あえて最初は電話番号をアドレス帳に登録しない。佐野先生の電話番号を暗記できなかったのは何度も連絡を取り合っていなかったからだ。
途方に暮れる。落胆しきって、ため息しかでない。
「輝!」
しまいには幻聴まで聞こえはじめて……。
「ん? 佐野先生……?」
幻聴ではなく、目の前に立っているのは本当に佐野先生だった。
多くの星は雲に隠れ、半月が空と海を照らしていた。
人の波が駅に向かっている。大蛇のようにそれはどこまでも続いていた。
わたしは立ちあがり、ハンカチの砂を払う。それから丁寧にたたむと巾着にしまった。
帰り道は来るときよりも混雑していた。人が多いというだけで歩きにくい。おまけに足も痛い。下駄の鼻緒のところがとくに。がんばって歩かないと置いていかれそうだった。
「帰りの切符、買っておけばよかったな」
「そうですね。切符を買うのにも行列でしょうね」
「電車も相当混んでるよな」
「それは間違いないですね」
「その前に乗れるのか?」
「さあ?」
だんだんとネガティブな会話になっていく。さわやかな花火見物のはずが、現実になるとうまくいかないものだな。
それにしても暑いなあ。わたしは自分のハンカチを巾着から出そうとした。でも歩きながらなので取り出しにくい。
「あっ、あった!」
やっとのことでハンカチを取り出す。でも、そこで異変に気づいた。
「佐野先生?」
隣にいたはずの佐野先生が忽然と消えていた。周囲を見まわしてもどこにもいない。まさかのまさかではぐれちゃった……らしい。
でもまだ近くにいるはず。急いで小走りで前に進んだ。
すると。
「いたあ!」
少し先にその姿を見つけた。でもわたしが隣にいないことにまったく気づいていないみたいで、佐野先生はずんずんと前だけを見て歩き続けている。
わたしはここにいるよ! お願い、気づいてよ!
だけど、結局見失ってしまった。行き先は駅だから、きっと駅で会えるとは思うけど……。
そのとき巾着のなかのスマホが振動した。
佐野先生だ!
でも焦りすぎたせいで手をすべらせてしまい、見事にスマホが吹っ飛んでいった。
「嘘!?」
もちろんスマホを追いかけた。でも足もとは暗くて、人も多くて、見失ってしまった。
「どこ?」
佐野先生もどこ?
せっかくの花火大会だったのに、あまりにも不幸なオチに力が抜けてあ然と立ち尽くす。
通り過ぎる人がたまに振り向いて、「じゃまだ」と言わんばかりの怪訝な顔になった。スマホをさがしたかったけれど、仕方なく道の端に移動した。
ここは海岸沿いの堤防道路。背の低い堤防に寄りかかりながら佐野先生を待った。
──もし、はぐれたら、その場所から動くなよ。俺が迎えにいくから。
本当かな? ここで待っていれば迎えにきてくれるの? 彼女じゃなくても、さがし出してくれるの?
笑顔でぞろぞろと流れていく人たちを尻目に、わたしは泣きそうになっていた。
いま何時だろう? 時計も持っていなくてわからない。ここにどれくらいいるのかもわからない。
置いて行かれた気分。わたしが隣にいないのに、佐野先生がぜんぜん気づいてくれなかったことがショックだった。わたしは実紅さんじゃないからきっと存在なんてどうでもよかったのかもしれない。隣にいるのが実紅さんだったら、きっと手をつないであげて、はぐれることはなかったんだと思う。
もう会えないのかな。なんとなく、そんなふうに考えてしまう。駅に行ってみようかな? でもそうすべきか迷う。
佐野先生の電話番号を暗記しておくんだった。もし番号を覚えていたら、公衆電話から電話できたのに。仲のいい友達の電話番号はわりと暗記している。元彼もそうだった。自然と覚えられるように、あえて最初は電話番号をアドレス帳に登録しない。佐野先生の電話番号を暗記できなかったのは何度も連絡を取り合っていなかったからだ。
途方に暮れる。落胆しきって、ため息しかでない。
「輝!」
しまいには幻聴まで聞こえはじめて……。
「ん? 佐野先生……?」
幻聴ではなく、目の前に立っているのは本当に佐野先生だった。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
I Still Love You
美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。
「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。
ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。
「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

先生と私。
狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。
3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが…
全編甘々を予定しております。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

両親や妹に我慢を強いられ、心が疲弊しきっていましたが、前世で結ばれることが叶わなかった運命の人にやっと巡り会えたので幸せです
珠宮さくら
恋愛
ジスカールという国で、雑草の中の雑草と呼ばれる花が咲いていた。その国でしか咲くことがない花として有名だが、他国の者たちはその花を世界で一番美しい花と呼んでいた。それすらジスカールの多くの者は馬鹿にし続けていた。
その花にまつわる話がまことしやかに囁かれるようになったが、その真実を知っている者は殆どいなかった。
そんな花に囲まれながら、家族に冷遇されて育った女の子がいた。彼女の名前はリュシエンヌ・エヴル。伯爵家に生まれながらも、妹のわがままに振り回され、そんな妹ばかりを甘やかす両親。更には、婚約者や周りに誤解され、勘違いされ、味方になってくれる人が側にいなくなってしまったことで、散々な目にあい続けて心が壊れてしまう。
その頃には、花のことも、自分の好きな色も、何もかも思い出せなくなってしまっていたが、それに気づいた時には、リュシエンヌは養子先にいた。
そこからリュシエンヌの運命が大きく回り出すことになるとは、本人は思ってもみなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる