恋い焦がれて

さとう涼

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5.ふたりの距離感

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 空っぽになったラムネ瓶。いつのまにか大音量の音が消え、花火が終わっていた。
 多くの星は雲に隠れ、半月が空と海を照らしていた。
 人の波が駅に向かっている。大蛇のようにそれはどこまでも続いていた。

 わたしは立ちあがり、ハンカチの砂を払う。それから丁寧にたたむと巾着にしまった。
 帰り道は来るときよりも混雑していた。人が多いというだけで歩きにくい。おまけに足も痛い。下駄の鼻緒のところがとくに。がんばって歩かないと置いていかれそうだった。

「帰りの切符、買っておけばよかったな」
「そうですね。切符を買うのにも行列でしょうね」
「電車も相当混んでるよな」
「それは間違いないですね」
「その前に乗れるのか?」
「さあ?」

 だんだんとネガティブな会話になっていく。さわやかな花火見物のはずが、現実になるとうまくいかないものだな。
 それにしても暑いなあ。わたしは自分のハンカチを巾着から出そうとした。でも歩きながらなので取り出しにくい。

「あっ、あった!」

 やっとのことでハンカチを取り出す。でも、そこで異変に気づいた。

「佐野先生?」

 隣にいたはずの佐野先生が忽然と消えていた。周囲を見まわしてもどこにもいない。まさかのまさかではぐれちゃった……らしい。
 でもまだ近くにいるはず。急いで小走りで前に進んだ。
 すると。

「いたあ!」

 少し先にその姿を見つけた。でもわたしが隣にいないことにまったく気づいていないみたいで、佐野先生はずんずんと前だけを見て歩き続けている。
 わたしはここにいるよ! お願い、気づいてよ!
 だけど、結局見失ってしまった。行き先は駅だから、きっと駅で会えるとは思うけど……。
 そのとき巾着のなかのスマホが振動した。
 佐野先生だ!
 でも焦りすぎたせいで手をすべらせてしまい、見事にスマホが吹っ飛んでいった。

「嘘!?」

 もちろんスマホを追いかけた。でも足もとは暗くて、人も多くて、見失ってしまった。
「どこ?」

 佐野先生もどこ?
 せっかくの花火大会だったのに、あまりにも不幸なオチに力が抜けてあ然と立ち尽くす。
 通り過ぎる人がたまに振り向いて、「じゃまだ」と言わんばかりの怪訝な顔になった。スマホをさがしたかったけれど、仕方なく道の端に移動した。

 ここは海岸沿いの堤防道路。背の低い堤防に寄りかかりながら佐野先生を待った。
 ──もし、はぐれたら、その場所から動くなよ。俺が迎えにいくから。
 本当かな? ここで待っていれば迎えにきてくれるの? 彼女じゃなくても、さがし出してくれるの?
 笑顔でぞろぞろと流れていく人たちを尻目に、わたしは泣きそうになっていた。

 いま何時だろう? 時計も持っていなくてわからない。ここにどれくらいいるのかもわからない。
 置いて行かれた気分。わたしが隣にいないのに、佐野先生がぜんぜん気づいてくれなかったことがショックだった。わたしは実紅さんじゃないからきっと存在なんてどうでもよかったのかもしれない。隣にいるのが実紅さんだったら、きっと手をつないであげて、はぐれることはなかったんだと思う。

 もう会えないのかな。なんとなく、そんなふうに考えてしまう。駅に行ってみようかな? でもそうすべきか迷う。
 佐野先生の電話番号を暗記しておくんだった。もし番号を覚えていたら、公衆電話から電話できたのに。仲のいい友達の電話番号はわりと暗記している。元彼もそうだった。自然と覚えられるように、あえて最初は電話番号をアドレス帳に登録しない。佐野先生の電話番号を暗記できなかったのは何度も連絡を取り合っていなかったからだ。
 途方に暮れる。落胆しきって、ため息しかでない。

「輝!」

 しまいには幻聴まで聞こえはじめて……。

「ん? 佐野先生……?」

 幻聴ではなく、目の前に立っているのは本当に佐野先生だった。
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