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5.ふたりの距離感
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その後、休憩に入ったわたしはまかないを食べ、外の空気を吸うために裏口のドアを開けた。でもそこで心臓が止まる思いをした。
誰!?
外灯の薄明かりのなかに人影がぼんやりと見えた。目を凝らすがよく見えない。来店客かなと思ったが、どうも様子がおかしい。その人物がだんだんとこちらに近づいてくるのが見えた。
なにか用があるんだろうか。クレームかなにか? だけどどうしよう。勝手に身体が震えてきて動けない。
「あの……」
男性の声が聞こえたと思ったら、声の主が姿を現した。
細い小さな目でじっとわたしを見つめるが、その声色は意外に弱々しく、遠慮がちだった。
「な、なんでしょうか?」
なんとか声をふり絞った。
「すみません。驚かせちゃって。実はずっと待っていたんです」
「わたしを?」
見覚えのない男性だ。二十代前半ぐらいだろうか。カジュアルな服装はどちらかというと地味。暗い色の無地の半袖シャツにジーンズ姿。ショルダーバッグを斜めがけし、身体からは煙草と体臭がまざったようなにおいがした。
「僕のこと、覚えてないですか? ついさっきまで店にいたんですけど」
「すみません。ちょっと記憶になくて……」
一歩だけ近づかれて、背筋に寒気が走る。
「そうですか。でも無理もないですね。今日は友達も大勢一緒だったので」
「もしかして大学生くらいの団体のお客様ですか?」
「ええ、そうです。でも今日以外にも何度か数人の友達とは来ていたんですが……。やっぱり覚えていないか」
「ごめんなさい。お客様の顔はなるべく覚えるようにはしているんですが、そういうの苦手で……」
「いいえ、いいんです。僕のほうこそ、図々しいことを言ってすみません」
男性は礼儀正しく言うと、ぎこちなく笑みを浮かべた。なんだか不気味だ。その上、夜遅くにこんなひと気のない場所で急に話しかけてくるので、おのずと警戒心が働く。さて、この状況をどうやってやりすごそう。頭になかはそのことだった。
「ごめんなさい。仕事に戻らないといけないので失礼します」
「待ってください! 怖がらないでください。連絡先を教えてもらえればすぐに帰りますから」
男性はジーンズのポケットから財布を出した。そして「怪しい者ではないんです」とカードサイズのものを差し出してくるので、よく見るとそれは学生証。都内の有名私立大学のものだった。
一見、どこにでもいる普通の青年。だけどやっていることはかなりやばい。わたしは本能的に危険を察知していた。
「連絡先は教えられません。規則で教えてはいけないことになっているんです」
つけ入られないよう、怯まず、きっぱりと言った。
「……そうですか。困らせてすみません」
男性は申し訳なさそうに眉尻をさげる。怯えた小動物みたいに縮こまっていた。
「悪く思わないでください。別にあなたがどうこうということではありませんから」
「わかってます」
「気持ちはありがたいんですけど」
わたしはうまく振る舞えているのだろうか。すぐにでも立ち去りたい気持ちを必死に隠し、作り笑いをする。すると男性はあきらめがついたのか、とぼとぼと帰っていく。
わたしはこの場にいたくなくて、すぐさまドアを閉めた。
怖かったあ。なんなの、あの人?
待ち伏せなんて初めてだったから、いまも心臓がバクバクしている。ドアの内側で痛いほどの鼓動をなんとか落ち着かせようと息を整えていた。
数分後、やっとドアの前から離れられたとき、向こうの通路から渋谷店長がこっちに来るのが見えた。
「こんなところでなにやってんだ?」
「なにも」
「おまえ、変だぞ」
「……そ、そうですか? 別に普通ですけど」
だけど「言えよ」と無言のプレッシャーがのしかかってくる。穴があくほど見つめられ、事情を話さなきゃならない雰囲気になってしまった。
仕方なくさっきのことを話した。
「ストーカーか?」
そう言ったきり渋谷店長が考え込んだ。かと思ったら裏口のドアを開けた。わたしもドアの隙間から覗いてみる。
本当はこの目で確認するのは嫌だったけれど、さっきの男性がまだそこにいるほうが怖い。
「まだいますか?」
「ここからだと暗くて見えないな。でもいなさそうだな」
「よかったあ」
心から安堵し、思わず声に出た。だけどドアを閉めた渋谷店長は苦い顔のままだった。
「今日は勤務が終わったら俺が車で送る。だけど明日からしばらく週末のディナータイムのシフトからはずれろ」
「それって平日のランチタイムだけってことですか?」
いきなり言われて混乱する。週末のシフトからはずれてしまうと支障があるんじゃないだろうか。
「大丈夫ですよ。家まで近いですし、これまで通りのシフトでかまいません」
「俺がだめだと言ったらだめなんだ」
「でもそれだと人手が足りなくなってしまいます」
「それは俺がなんとかする。俺だって毎回家まで送ってやれるとは限らないから、逆にそのほうがいいんだ。だけど昼間も注意するんだぞ。ひと気のない場所には絶対に行くな」
さすがに少しおおげさじゃないだろうか。しばらくとはいつまでだろう。今月だけならいいんだけど。夏休みが終わったら、ランチタイムのシフトで働くのは無理だもんなあ。
だけど、ここまで強く言われると従わないわけにいかない。結局、週末のシフトは休むことにした。
その後、仕事に戻ったが、この日はなにごともなく過ぎていった。バイトを終えると渋谷店長が車で自宅に送ってくれて、無事に帰宅することもできた。
誰!?
外灯の薄明かりのなかに人影がぼんやりと見えた。目を凝らすがよく見えない。来店客かなと思ったが、どうも様子がおかしい。その人物がだんだんとこちらに近づいてくるのが見えた。
なにか用があるんだろうか。クレームかなにか? だけどどうしよう。勝手に身体が震えてきて動けない。
「あの……」
男性の声が聞こえたと思ったら、声の主が姿を現した。
細い小さな目でじっとわたしを見つめるが、その声色は意外に弱々しく、遠慮がちだった。
「な、なんでしょうか?」
なんとか声をふり絞った。
「すみません。驚かせちゃって。実はずっと待っていたんです」
「わたしを?」
見覚えのない男性だ。二十代前半ぐらいだろうか。カジュアルな服装はどちらかというと地味。暗い色の無地の半袖シャツにジーンズ姿。ショルダーバッグを斜めがけし、身体からは煙草と体臭がまざったようなにおいがした。
「僕のこと、覚えてないですか? ついさっきまで店にいたんですけど」
「すみません。ちょっと記憶になくて……」
一歩だけ近づかれて、背筋に寒気が走る。
「そうですか。でも無理もないですね。今日は友達も大勢一緒だったので」
「もしかして大学生くらいの団体のお客様ですか?」
「ええ、そうです。でも今日以外にも何度か数人の友達とは来ていたんですが……。やっぱり覚えていないか」
「ごめんなさい。お客様の顔はなるべく覚えるようにはしているんですが、そういうの苦手で……」
「いいえ、いいんです。僕のほうこそ、図々しいことを言ってすみません」
男性は礼儀正しく言うと、ぎこちなく笑みを浮かべた。なんだか不気味だ。その上、夜遅くにこんなひと気のない場所で急に話しかけてくるので、おのずと警戒心が働く。さて、この状況をどうやってやりすごそう。頭になかはそのことだった。
「ごめんなさい。仕事に戻らないといけないので失礼します」
「待ってください! 怖がらないでください。連絡先を教えてもらえればすぐに帰りますから」
男性はジーンズのポケットから財布を出した。そして「怪しい者ではないんです」とカードサイズのものを差し出してくるので、よく見るとそれは学生証。都内の有名私立大学のものだった。
一見、どこにでもいる普通の青年。だけどやっていることはかなりやばい。わたしは本能的に危険を察知していた。
「連絡先は教えられません。規則で教えてはいけないことになっているんです」
つけ入られないよう、怯まず、きっぱりと言った。
「……そうですか。困らせてすみません」
男性は申し訳なさそうに眉尻をさげる。怯えた小動物みたいに縮こまっていた。
「悪く思わないでください。別にあなたがどうこうということではありませんから」
「わかってます」
「気持ちはありがたいんですけど」
わたしはうまく振る舞えているのだろうか。すぐにでも立ち去りたい気持ちを必死に隠し、作り笑いをする。すると男性はあきらめがついたのか、とぼとぼと帰っていく。
わたしはこの場にいたくなくて、すぐさまドアを閉めた。
怖かったあ。なんなの、あの人?
待ち伏せなんて初めてだったから、いまも心臓がバクバクしている。ドアの内側で痛いほどの鼓動をなんとか落ち着かせようと息を整えていた。
数分後、やっとドアの前から離れられたとき、向こうの通路から渋谷店長がこっちに来るのが見えた。
「こんなところでなにやってんだ?」
「なにも」
「おまえ、変だぞ」
「……そ、そうですか? 別に普通ですけど」
だけど「言えよ」と無言のプレッシャーがのしかかってくる。穴があくほど見つめられ、事情を話さなきゃならない雰囲気になってしまった。
仕方なくさっきのことを話した。
「ストーカーか?」
そう言ったきり渋谷店長が考え込んだ。かと思ったら裏口のドアを開けた。わたしもドアの隙間から覗いてみる。
本当はこの目で確認するのは嫌だったけれど、さっきの男性がまだそこにいるほうが怖い。
「まだいますか?」
「ここからだと暗くて見えないな。でもいなさそうだな」
「よかったあ」
心から安堵し、思わず声に出た。だけどドアを閉めた渋谷店長は苦い顔のままだった。
「今日は勤務が終わったら俺が車で送る。だけど明日からしばらく週末のディナータイムのシフトからはずれろ」
「それって平日のランチタイムだけってことですか?」
いきなり言われて混乱する。週末のシフトからはずれてしまうと支障があるんじゃないだろうか。
「大丈夫ですよ。家まで近いですし、これまで通りのシフトでかまいません」
「俺がだめだと言ったらだめなんだ」
「でもそれだと人手が足りなくなってしまいます」
「それは俺がなんとかする。俺だって毎回家まで送ってやれるとは限らないから、逆にそのほうがいいんだ。だけど昼間も注意するんだぞ。ひと気のない場所には絶対に行くな」
さすがに少しおおげさじゃないだろうか。しばらくとはいつまでだろう。今月だけならいいんだけど。夏休みが終わったら、ランチタイムのシフトで働くのは無理だもんなあ。
だけど、ここまで強く言われると従わないわけにいかない。結局、週末のシフトは休むことにした。
その後、仕事に戻ったが、この日はなにごともなく過ぎていった。バイトを終えると渋谷店長が車で自宅に送ってくれて、無事に帰宅することもできた。
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