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5.ふたりの距離感
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翌週の金曜日。お盆に入り、あの失態から一週間経っていた。火曜日に出勤した際、最初は緊張でお腹が痛かったけれど、いざ仕事をはじめてみると思ったよりも平常心でいられた。
「おはよ、由紀乃。いろいろ心配かけてごめんね」
更衣室でファミレスの制服に着替えながらあいさつを交わす。
由紀乃に会うのは一週間ぶり。でもその間、何度もスマホにメッセージをもらった。
「元気そうでよかったよ。昨日もおとといもシフトが入ってたから、あたり前といえばあたり前なんだけど」
「でもけっこうへこんでるよ。耳に入ってこないだけで、陰でいろいろ言われてるんだろうなあ」
「気にしたってしょうがないよ。最初は興味津々でも、どうせすぐに飽きるって。それより佐野先生だよ。結局、彼女と別れちゃったんでしょう?」
「そうみたい。本人とは話してないけど」
佐野先生とは連絡を取り合っていない。というか、わたしから連絡をしなければつながりなんて、あっけなく途絶えてしまうような関係だ。
「もしかしてこの状況は輝にとってチャンスなんじゃないの?」
「いやあ、さすがにいまはそっとしてあげたほうがいいと思うんだ。弱ってるときにつけ入るみたいでやだし」
だけどなんとか接点をもたないと会うことなく終わってしまうような気がする。由紀乃にはああは言ったけれど、本音はなんとかしなければと焦っていた。
制服に着替え終わると、自分の手鏡でくまなく全身をチェックする。襟もとやエプロンの肩ひものよじれに気をつけないと。お客からクレームがくるので気が抜けない。
うちの店の制服は黒の膝丈スカートに白いブラウス、白黒のギンガムチェックのエプロンというコスプレの一歩手前みたいなデザイン。わたしはかわいいなんて思ったことはないけれど、巷ではわりと評判らしく、裏のネットオークションでは数万円の高値がついているとか。
「それにしても貸与の制服をどうやってオークションに出品するんだろうね」
非常識すぎて神経を疑う。わたしにはそんな発想はないなあ。
「辞めるときに返却せずに持ち帰るらしいよ」
「それって犯罪じゃん」
「でも世の中には需要というものがあってね、そこまでしちゃう子があとを絶たないらしいよ」
「へえ」
ほかの店は知らないけれど、うちの店はそんなことをする人はいないと思う。渋谷店長はそのあたりのチェックは厳しそうだ。
「そうそう! お店に制服フェチが出没することもあるらしいから気をつけなよ」
「え? 誰か被害に遭ったの?」
「どこの店舗なのかはわかんないんだけど、ネットに書いてあった。店内で盗撮されたり、制服を高値で売ってくれって頼まれたりしたって。なんか怖いよねえ」
「ほんと、気持ち悪い……」
その日はいつも以上に混み合っていた。何組もの家族連れ、友達グループや男女のカップルのほか、学生のサークルらしき十名ほどの団体客もいて忙殺状態。
でもいまのわたしにはそれくらいがちょうどいい。気がゆるむと佐野先生がするりと入り込んできて、わたしの心のなかをかき乱してしまうから。
「おはよ、由紀乃。いろいろ心配かけてごめんね」
更衣室でファミレスの制服に着替えながらあいさつを交わす。
由紀乃に会うのは一週間ぶり。でもその間、何度もスマホにメッセージをもらった。
「元気そうでよかったよ。昨日もおとといもシフトが入ってたから、あたり前といえばあたり前なんだけど」
「でもけっこうへこんでるよ。耳に入ってこないだけで、陰でいろいろ言われてるんだろうなあ」
「気にしたってしょうがないよ。最初は興味津々でも、どうせすぐに飽きるって。それより佐野先生だよ。結局、彼女と別れちゃったんでしょう?」
「そうみたい。本人とは話してないけど」
佐野先生とは連絡を取り合っていない。というか、わたしから連絡をしなければつながりなんて、あっけなく途絶えてしまうような関係だ。
「もしかしてこの状況は輝にとってチャンスなんじゃないの?」
「いやあ、さすがにいまはそっとしてあげたほうがいいと思うんだ。弱ってるときにつけ入るみたいでやだし」
だけどなんとか接点をもたないと会うことなく終わってしまうような気がする。由紀乃にはああは言ったけれど、本音はなんとかしなければと焦っていた。
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うちの店の制服は黒の膝丈スカートに白いブラウス、白黒のギンガムチェックのエプロンというコスプレの一歩手前みたいなデザイン。わたしはかわいいなんて思ったことはないけれど、巷ではわりと評判らしく、裏のネットオークションでは数万円の高値がついているとか。
「それにしても貸与の制服をどうやってオークションに出品するんだろうね」
非常識すぎて神経を疑う。わたしにはそんな発想はないなあ。
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「へえ」
ほかの店は知らないけれど、うちの店はそんなことをする人はいないと思う。渋谷店長はそのあたりのチェックは厳しそうだ。
「そうそう! お店に制服フェチが出没することもあるらしいから気をつけなよ」
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「ほんと、気持ち悪い……」
その日はいつも以上に混み合っていた。何組もの家族連れ、友達グループや男女のカップルのほか、学生のサークルらしき十名ほどの団体客もいて忙殺状態。
でもいまのわたしにはそれくらいがちょうどいい。気がゆるむと佐野先生がするりと入り込んできて、わたしの心のなかをかき乱してしまうから。
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