恋い焦がれて

さとう涼

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4.交錯する恋のベクトル

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 あんな泣き顔を見せられたら、誰だって困り果てるだろう。その前に訳がわからなかったはずだ。わたしがなぜ泣いていたのかを。
 佐野先生はもうファミレスには来てくれないだろうな。わたしもそうだけど、佐野先生だって顔を合わせづらいと思う。佐野先生のことだから、街で偶然に会えばいつも通りにやさしく接してくれるだろうけれど、もう前みたいに世間話をすることすらできなくなるような気がする。

 今日は火曜日。昨日とおとといの二日間はそんなことを自室のベッドのなかでうだうだと考えていた。だけど、いまは絶賛夏休み中。わたしはひとりになりたいのに、家にいると中学生の妹がなにかとかまってきて、うるさくて仕方がない。そこでお昼ごはんを食べたあと、重い腰をあげ、地元の駅前に来ていた。
 そうだ、本を買おう。急に思い立って、来た道を戻る。書店に入ると、出入口近くにある平台に積んであった小説本をなんとなく手に取った。あらすじをチェックし、ざっくりとページをめくる。適当に開いたページの文面を追っていると、聞き覚えるある声がした。

「ミステリーが好きだとは意外だな」

 その声はすぐ近くからして、声のほうを見ると、カーキ色のTシャツにジーンズ姿の渋谷店長が数冊の本を手に立っていた。どうやらレジに行く途中らしい。

「こういう小説はあまり読まないんですが、この本けっこう人気みたいなので、どんなものなのかなと」

 手書きのPOPには、この書店でベスト3の人気だと書いてあった。

「貸そうか?」
「持ってるんですか?」
「おととい読み終えたところ」
「本、お好きなんですか?」
「社会人になって読み出したらハマった。ミステリー以外にもラノベやSFなんかも読むよ。この本、今度持ってくるよ」
「ありがとうございます」

 お礼を言って軽く頭をさげる。「意外」という感想はわたしのほうだ。渋谷店長が読書家だとは知らなかった。

「渋谷店長はなんの本を買うんですか?」
「いや、これは……」

 渋谷店長が動揺しながら持っている二冊の本を背後に隠した。だが、わたしは見てしまった。一冊は『慕われるリーダーになるための五つの法則』、もう一冊は『仕事ができない部下の操縦術(サービス業編)』という自己啓発本だった。
 鋼のメンタルのように見えて、実はけっこうナイーブなのかも。渋谷店長はひとり暮らしのはず。部屋で黙々とこういう本を読んでいるのを想像するとなんだかかわいい。ほんのちょっとだけど。

「ところでなんだが、ここで会ったのもなにかの縁ということで。このあと少し話せるか?」
「は、はい。時間ならありますけど」

 急にまじめな顔になるものだからドキリとしてしまう。「なにかの縁」とはどういう意味だろう。

「いやあ、どこかに暇な人間はいないかなあって、さがしてたんだよ」
「はい?」

 それ、わたしのことですか? たしかに暇ですけど、さすがにそれは失礼すぎません? と思いつつも、なんの話なのか予想がつくので、言わないでおいてあげた。
 
 渋谷店長がレジで会計をすませるのを見届け、ふたりで店をあとにすると、渋谷店長が歩きながら話はじめた。

「今月だけでいいんだけど、週三ぐらいで平日の昼間もシフトに入れるか? パートさんがふたり辞めちゃって、今週から新しいパートさんが入ることにはなってるんだけど、輝がいてくれると助かるんだ」

 前に朝ごはんをごちそうになったときに愚痴っていた件だ。やっぱり、そのことだったか。

「新しい人が仕事に慣れるまでってことですよね。いいですよ。どうせ大学は夏休みですから。いつ入ればいいですか?」
「明日電話するよ。ひとまず、あさっての木曜日の昼間が空いているなら頼みたいんだけど?」
「予定はないので大丈夫です」
「助かるよ、ありがとう」

 そんな約束をし、渋谷店長とはその場で別れた。
 別れ際、少し急いでいるようだった。理由を尋ねたら、大学時代の友達と会うということだった。「全員で集まるのは久しぶりなんだよ」と言っていた顔は、仕事中には絶対に見せないプライベートモードのうれしそうな表情で、妙に親しみを覚えた。
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