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11.花のような人
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そして、その日の夜。
わたしは冴島さんのマンションに泊まりに来ていた。
シャワーを浴び終えて寝室のドアを開けると、冴島さんはベッドの上でヘッドボードに背中を預け、本を読んでいた。わたしが部屋に入ると、本を閉じ、サイドテーブルに置く。
電球色のダウンライトと間接照明の灯る部屋はやさしい雰囲気で、ほっと心が落ち着く。
布団をめくりながら「おいで」と言われ、わたしもベッドに入り、冴島さんの隣に座る。甘えるように寄りかかると、冴島さんが静かに語りはじめた。
「花には不思議な力があるよね。すごく繊細なのに、凛としていて可愛らしくて、あったかい。だから手もとに置いて、その花をもっと大事にしたくなる。自分がこんなふうに変わるとは思わなかったよ。咲都が僕を変えてくれた」
「わたしはなにもしてないですよ」
「してるよ。僕の生き方そのものを変えてくれた。未来を想像するとき、今まではそこにいるのは自分ひとりだったんだけど、今は咲都がいる。仕事しか考えられなかった僕に安らぎを教えてくれて、そういう時間をもっと増やしたいって思うようになったんだ」
冴島さんがわたしの頭に手を置いて、そっと髪を撫でる。心地いい感触に心も身体も解きほぐされ、彼の純粋な想いが今日もわたしのなかに浸透していく。
「わたしも同じことを考えていました」
「咲都も?」
「はい。それまではわたしも仕事一筋で、好きな人との安らぎまで求めるのは欲張りだって自分で思っていました。だけど仕事のとき、その分はりきりすぎて、自分のなかでちょっとギスギスしてたんです。今は気負いすぎずに仕事をがんばれるようになって、前よりも充実感を味わえるようになりました」
「そっか。つまり、ふたりとも成長できたってことだね」
「そう……だといいですね」
自分の人生が誰かによってこんなにも影響を与えられるとは思ってもみなかった。同じことを冴島さんも思っていた。こんな幸せなことはない。お互いがお互いのかけがえのない存在になって、この先も一緒にいられるんだから。
「今日はみんな、いい笑顔だったね。パンジーの花が咲くの、待ち遠しそうだった」
「みなさんが楽しんでくれていたみたいで、ほっとしました」
「定期的にやるのもいいんじゃない?」
「もしかするとそうなるかもしれないんです。今回好評だったので、またお願いすることになるかもしれないと職員の方に言われたんです」
「そうなるといいね」
応援してるよ、と頭をコツンとぶつけてくる。だけど、そのあとなぜか突然笑い出した。
「どうしたんですか?」
「女性のパワーってすごいなあと思って。とてもじゃないけど敵わないよ」
おやつの時間のときのことだ。モテモテでたじたじだった冴島さん。珍しい姿を見られて、わたしはちょっとラッキーなんて思っていたのだけれど、本人に言ったら仕返しされそうなので言わないでおく。
「お年寄りにまでモテるなんて最強じゃないですか」
「嫌われるよりはいいだろう?」
「……好かれすぎです」
利用者のお年寄りにもてはやされるのはいいのだけれど、問題は職員の若い女の子で……。
わたしがほかの職員の方と話をしていたとき、なにげに移した視線の先に冴島さんが見えて、その女の子と楽しそうに話しているのが見えたのだ。
少し前まではそれくらいどうってことないと余裕があったのに、最近はちょっと気になるようになった。
「ゆるふわボブの女の子、可愛いらしかったですね。ちょっとデレてませんでした?」
「そんなことないよ」
「まだ十九歳だそうです」
「やきもち焼いてくれるんだ? うれしいな」
「やきもちとは違います」
認めるのが悔しい。
「違うんだ、なんだ残念。でもどっちにしてもあの子は僕に特別な感情はないよ」
「なんでわかるんですか?」
しかも自信満々な言い方だ。
「あの子、榎本くんのファンみたいだよ」
「ええっー!? そっちですか!?」
榎本くんにも配達に行ってもらっているから、それで顔見知りになったんだ。
「どんな人なのかって聞かれたから、明るくて花が大好きな好青年だって答えたけど。年配の女性職員の人たちの間でも人気があるらしいね」
「榎本くんのファンの女の子って、けっこう多いんです。今年のバレンタインデーのときも下は十歳、上は七十代の方たちからチョコをもらってました」
「それこそ最強だな。実際、僕はぜんぜんモテないよ」
「謙遜しても無駄ですよ。コタさんと野上さんから証言を得てますから。それに誕生日パーティーのときもモテモテでしたよね」
「コタたちがなにを言ったの?」
「それはご自身の胸に手を置いて考えてください」
冴島さんはどんな顔をするのだろうと興味がわいて、ちょっと意地悪を言ってみた。それなのに、「昔のことだよ」と言って、まったく動じない。
なんとなく負けた気がして、口を尖らせて、ちょっときつめに冴島さんを見据えた。
「つまり、あっさり認めちゃうんですね」
だけどそれでもいい。わたしを見つめるその瞳は一点の曇りもなく輝いているから。わたしはあなたを信じて歩いていける。
「僕は以前の僕とは違うよ」
「わかってます。今のは単なるやきもちです」
「やっぱり可愛いな」
冴島さんが熱っぽい眼差しで、わたしに覆いかぶさるように、ゆっくりと顔を近づけてきた。息もままならないほどのキスはだいぶ慣れたけれど、この瞬間はいまだにドキドキする。
目の前で「愛してる」と本気モードでささやかれ、わたしはそれに応えるように目を閉じた。
唇が重なり合うと、そのまま身体を倒された。
それからは抱きしめ合って、素肌をさらして……。そしてわたしは今夜もあたたかな幸せに包まれるはず。
〈完〉
☆お知らせ(2021.5.16)
ここまで読んでくださってありがとうございました。
実はこちらの作品、2021年2月開催の第14回恋愛小説大賞にエントリーしていたのですが、このたびありがたいことに奨励賞を頂きました。
エントリー中もなんの手応えもなく(埋もれたままなんだろうなと本気で思っていました)、実際に応募総数2,911作品のなかで ランキングが<1,334 位>という結果だったのですが、この作品を見つけてくださったアルファポリス様には大変感謝しております。
そこで、読んでくださった皆様にお礼というか、記念にというか、せっかくなので以前に書いていた番外編を公開したいと思います。
本編の続きとなります。いくつかのエピソードで構成されています。咲都、冴島などのキャラそれぞれの視点で時系列に話が進んでいきます。甘め&溺愛系のエピソードもご用意しました。糖度はあくまでも当社比です…。
番外編作品集のタイトルは【FLORAL《番外編》『敏腕社長の結婚宣言』】です。
わたしは冴島さんのマンションに泊まりに来ていた。
シャワーを浴び終えて寝室のドアを開けると、冴島さんはベッドの上でヘッドボードに背中を預け、本を読んでいた。わたしが部屋に入ると、本を閉じ、サイドテーブルに置く。
電球色のダウンライトと間接照明の灯る部屋はやさしい雰囲気で、ほっと心が落ち着く。
布団をめくりながら「おいで」と言われ、わたしもベッドに入り、冴島さんの隣に座る。甘えるように寄りかかると、冴島さんが静かに語りはじめた。
「花には不思議な力があるよね。すごく繊細なのに、凛としていて可愛らしくて、あったかい。だから手もとに置いて、その花をもっと大事にしたくなる。自分がこんなふうに変わるとは思わなかったよ。咲都が僕を変えてくれた」
「わたしはなにもしてないですよ」
「してるよ。僕の生き方そのものを変えてくれた。未来を想像するとき、今まではそこにいるのは自分ひとりだったんだけど、今は咲都がいる。仕事しか考えられなかった僕に安らぎを教えてくれて、そういう時間をもっと増やしたいって思うようになったんだ」
冴島さんがわたしの頭に手を置いて、そっと髪を撫でる。心地いい感触に心も身体も解きほぐされ、彼の純粋な想いが今日もわたしのなかに浸透していく。
「わたしも同じことを考えていました」
「咲都も?」
「はい。それまではわたしも仕事一筋で、好きな人との安らぎまで求めるのは欲張りだって自分で思っていました。だけど仕事のとき、その分はりきりすぎて、自分のなかでちょっとギスギスしてたんです。今は気負いすぎずに仕事をがんばれるようになって、前よりも充実感を味わえるようになりました」
「そっか。つまり、ふたりとも成長できたってことだね」
「そう……だといいですね」
自分の人生が誰かによってこんなにも影響を与えられるとは思ってもみなかった。同じことを冴島さんも思っていた。こんな幸せなことはない。お互いがお互いのかけがえのない存在になって、この先も一緒にいられるんだから。
「今日はみんな、いい笑顔だったね。パンジーの花が咲くの、待ち遠しそうだった」
「みなさんが楽しんでくれていたみたいで、ほっとしました」
「定期的にやるのもいいんじゃない?」
「もしかするとそうなるかもしれないんです。今回好評だったので、またお願いすることになるかもしれないと職員の方に言われたんです」
「そうなるといいね」
応援してるよ、と頭をコツンとぶつけてくる。だけど、そのあとなぜか突然笑い出した。
「どうしたんですか?」
「女性のパワーってすごいなあと思って。とてもじゃないけど敵わないよ」
おやつの時間のときのことだ。モテモテでたじたじだった冴島さん。珍しい姿を見られて、わたしはちょっとラッキーなんて思っていたのだけれど、本人に言ったら仕返しされそうなので言わないでおく。
「お年寄りにまでモテるなんて最強じゃないですか」
「嫌われるよりはいいだろう?」
「……好かれすぎです」
利用者のお年寄りにもてはやされるのはいいのだけれど、問題は職員の若い女の子で……。
わたしがほかの職員の方と話をしていたとき、なにげに移した視線の先に冴島さんが見えて、その女の子と楽しそうに話しているのが見えたのだ。
少し前まではそれくらいどうってことないと余裕があったのに、最近はちょっと気になるようになった。
「ゆるふわボブの女の子、可愛いらしかったですね。ちょっとデレてませんでした?」
「そんなことないよ」
「まだ十九歳だそうです」
「やきもち焼いてくれるんだ? うれしいな」
「やきもちとは違います」
認めるのが悔しい。
「違うんだ、なんだ残念。でもどっちにしてもあの子は僕に特別な感情はないよ」
「なんでわかるんですか?」
しかも自信満々な言い方だ。
「あの子、榎本くんのファンみたいだよ」
「ええっー!? そっちですか!?」
榎本くんにも配達に行ってもらっているから、それで顔見知りになったんだ。
「どんな人なのかって聞かれたから、明るくて花が大好きな好青年だって答えたけど。年配の女性職員の人たちの間でも人気があるらしいね」
「榎本くんのファンの女の子って、けっこう多いんです。今年のバレンタインデーのときも下は十歳、上は七十代の方たちからチョコをもらってました」
「それこそ最強だな。実際、僕はぜんぜんモテないよ」
「謙遜しても無駄ですよ。コタさんと野上さんから証言を得てますから。それに誕生日パーティーのときもモテモテでしたよね」
「コタたちがなにを言ったの?」
「それはご自身の胸に手を置いて考えてください」
冴島さんはどんな顔をするのだろうと興味がわいて、ちょっと意地悪を言ってみた。それなのに、「昔のことだよ」と言って、まったく動じない。
なんとなく負けた気がして、口を尖らせて、ちょっときつめに冴島さんを見据えた。
「つまり、あっさり認めちゃうんですね」
だけどそれでもいい。わたしを見つめるその瞳は一点の曇りもなく輝いているから。わたしはあなたを信じて歩いていける。
「僕は以前の僕とは違うよ」
「わかってます。今のは単なるやきもちです」
「やっぱり可愛いな」
冴島さんが熱っぽい眼差しで、わたしに覆いかぶさるように、ゆっくりと顔を近づけてきた。息もままならないほどのキスはだいぶ慣れたけれど、この瞬間はいまだにドキドキする。
目の前で「愛してる」と本気モードでささやかれ、わたしはそれに応えるように目を閉じた。
唇が重なり合うと、そのまま身体を倒された。
それからは抱きしめ合って、素肌をさらして……。そしてわたしは今夜もあたたかな幸せに包まれるはず。
〈完〉
☆お知らせ(2021.5.16)
ここまで読んでくださってありがとうございました。
実はこちらの作品、2021年2月開催の第14回恋愛小説大賞にエントリーしていたのですが、このたびありがたいことに奨励賞を頂きました。
エントリー中もなんの手応えもなく(埋もれたままなんだろうなと本気で思っていました)、実際に応募総数2,911作品のなかで ランキングが<1,334 位>という結果だったのですが、この作品を見つけてくださったアルファポリス様には大変感謝しております。
そこで、読んでくださった皆様にお礼というか、記念にというか、せっかくなので以前に書いていた番外編を公開したいと思います。
本編の続きとなります。いくつかのエピソードで構成されています。咲都、冴島などのキャラそれぞれの視点で時系列に話が進んでいきます。甘め&溺愛系のエピソードもご用意しました。糖度はあくまでも当社比です…。
番外編作品集のタイトルは【FLORAL《番外編》『敏腕社長の結婚宣言』】です。
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