48 / 62
9.心の奥で触れ合って
048
しおりを挟む
すると背後に気配を感じ、かと思ったら目の前のドアがすごい勢いで開かれた。
ええっ!?
意に反して目に飛び込んできた光景は、テーブルの上で一組の男女がまさに絡み合っているシーン。
やだやだ見たくない! 覚悟を決めなきゃとか、一時期そんな立派なことを思っていたけれど、やっぱり無理! こんな事実ならやっぱり知らなくていい!
わたしはとっさにぎゅっと目を閉じた。
「おまえら、いい加減にしろ! 人の会社でなにしてんだよ、野上!」
野上さん?
予想だにしなかった名前が出てきて、口があんぐりとなる。
しかもこの声は……。
「ごめんね、春名さん。不快なものを見せちゃって」
そう言いながら、わたしの隣で苦々しい顔をしているのは冴島さん。そしてテーブルに押し倒されているのが野上さんだった。
「春名さん、大丈夫?」
「ええ、なんとか」
驚きと安心がごちゃまぜになり、少々パニックになって、足もとがふらつくのをなんとか耐えしのぐ。
役員会議室にいたのは野上さんだったのか。だけど誠実そうな野上さんにこんな一面があったとは。まったく見抜けなかった。
「あ、あの……聞いてもよろしいでしょうか? あの女性は……」
冴島さんに恐る恐る声をかける。でもなんて聞けばいいのだろう。
彼女は間違いなく瑠璃さんだ。だけど、どうして彼女がここにいるのか、さっぱり理解できない。
言葉に詰まっていると、冴島さんがわたしの知りたかった情報を答えてくれた。
「彼女はうちの社員なんだよ。企画販売部の部長で、野上の担当をしてる」
わたしたちを見て起き上がったふたりだが、野上さんはひどく慌てた様子だった。一方、瑠璃さんは余裕の態度で笑みすら浮かべている。
近くで見ると、瑠璃さんの瞳はヘーゼル色をしている。レセプションのときも思ったが、日本人離れした顔立ちだから、ハーフやクウォーターなのかもしれない。
「野上、まだ瑠璃と続いていたのかよ?」
冴島さんはまったく動じず、軽い口ぶりだ。
「違うよ、これは事故なんだ」
ゆるめたネクタイを締め直しながら野上さんが言う。
でもあんな場面を見てしまったため、事故と言われてもなんの説得力もない。
だって瑠璃さんのブラウスが大きくはだけていて、ブラが丸見えだ。第一、ふたりは唇を重ねていた。一瞬だったけれど、間違いなくあれはキスだ。
「瑠璃とどうにかなるのはかまわないけど、頼むからうちの会社のなかだけはやめてくれないかな」
「それは瑠璃に言ってくれよ。僕は無理やり彼女に押し倒されたんだよ」
「男なんだから嫌なら本気で抵抗しなよ。ほんと、野上って来る者拒まずだよな」
「誰でもいいような言い方するなよ」
「野上が言っても説得力ゼロだな。野上って昔から女癖が悪いもんな」
やっぱりそうなのか。野上さんが実は女たらしだったなんて……。すごくショックだ。
「社長ったら、随分と失礼なことをおっしゃるのね。女なら誰でもいい? そんなわけないでしょう。このわたしだからよ」
ドヤ顔の瑠璃さんが野上さんを押しのけるように前に出てくる。冴島さんはやれやれといった顔をした。
「君のその自信はいったいどこからくるのかな。いまだにわからないよ」
「自信もなにもそれが事実よ。男はみんなわたしの虜になるの。次々に口説いてくる男をさばくのが大変なくらい」
「なにを言ってるんだか」
とうとう冴島さんがあきれ果てたようにため息をついた。
「社長だって、わたしが本気になったら秒殺されるわよ」
「されないね」
即答だった。
「社長はわたしの価値をわからないの?」
「わかってるよ。だから君をこの会社に引っ張ってきたんだろう。高い能力があるのに、この世に自分になびかない男がいることを、なんでわからないかな?」
「これまでそんな男がいなかったからよ。この美貌に惹かれない男がいたら、それはクズ以下よ」
瑠璃さんはこれ見よがしに赤い唇を舌なめずりする。
すごい人がいるものだ。彼女はわたしが出会ったことのないタイプの女性だ。自信家で自分が誰よりも美しいと思っている。
美人なのはその通りではあるのだけれど。普通は単なる傲慢な人間となるところ、彼女の場合は潔すぎて逆に惚れ惚れする。
でもこんなふうに思えるのも、冴島さんが彼女にまったく興味がないからなのだろう。レセプション会場でわたしが見た光景もわたしの勘違いだったのだと確信できた。
「申し訳ありません、社長。役員会議室に人が残っているとは思わなくて」
秘書室はガラス張りなので、この騒ぎに気がついたのだろう。小山田さんが血相を変えて駆けつけてきた。
「いや、悪いのは時間外に役員会議室を使っていた瑠璃だよ。小山田さんは戻っていいよ」
「ですが……」
「ここは僕が注意しておくから」
「かしこまりました」
小山田さんは一礼すると、わたしにも頭を下げた。半ば放心状態だったわたしも慌てて目礼する。それから小山田さんは秘書室へ戻っていったのだが、わたしは冴島さんに再び声をかけられるまで、脱力したまま立ち尽くしていた。
ええっ!?
意に反して目に飛び込んできた光景は、テーブルの上で一組の男女がまさに絡み合っているシーン。
やだやだ見たくない! 覚悟を決めなきゃとか、一時期そんな立派なことを思っていたけれど、やっぱり無理! こんな事実ならやっぱり知らなくていい!
わたしはとっさにぎゅっと目を閉じた。
「おまえら、いい加減にしろ! 人の会社でなにしてんだよ、野上!」
野上さん?
予想だにしなかった名前が出てきて、口があんぐりとなる。
しかもこの声は……。
「ごめんね、春名さん。不快なものを見せちゃって」
そう言いながら、わたしの隣で苦々しい顔をしているのは冴島さん。そしてテーブルに押し倒されているのが野上さんだった。
「春名さん、大丈夫?」
「ええ、なんとか」
驚きと安心がごちゃまぜになり、少々パニックになって、足もとがふらつくのをなんとか耐えしのぐ。
役員会議室にいたのは野上さんだったのか。だけど誠実そうな野上さんにこんな一面があったとは。まったく見抜けなかった。
「あ、あの……聞いてもよろしいでしょうか? あの女性は……」
冴島さんに恐る恐る声をかける。でもなんて聞けばいいのだろう。
彼女は間違いなく瑠璃さんだ。だけど、どうして彼女がここにいるのか、さっぱり理解できない。
言葉に詰まっていると、冴島さんがわたしの知りたかった情報を答えてくれた。
「彼女はうちの社員なんだよ。企画販売部の部長で、野上の担当をしてる」
わたしたちを見て起き上がったふたりだが、野上さんはひどく慌てた様子だった。一方、瑠璃さんは余裕の態度で笑みすら浮かべている。
近くで見ると、瑠璃さんの瞳はヘーゼル色をしている。レセプションのときも思ったが、日本人離れした顔立ちだから、ハーフやクウォーターなのかもしれない。
「野上、まだ瑠璃と続いていたのかよ?」
冴島さんはまったく動じず、軽い口ぶりだ。
「違うよ、これは事故なんだ」
ゆるめたネクタイを締め直しながら野上さんが言う。
でもあんな場面を見てしまったため、事故と言われてもなんの説得力もない。
だって瑠璃さんのブラウスが大きくはだけていて、ブラが丸見えだ。第一、ふたりは唇を重ねていた。一瞬だったけれど、間違いなくあれはキスだ。
「瑠璃とどうにかなるのはかまわないけど、頼むからうちの会社のなかだけはやめてくれないかな」
「それは瑠璃に言ってくれよ。僕は無理やり彼女に押し倒されたんだよ」
「男なんだから嫌なら本気で抵抗しなよ。ほんと、野上って来る者拒まずだよな」
「誰でもいいような言い方するなよ」
「野上が言っても説得力ゼロだな。野上って昔から女癖が悪いもんな」
やっぱりそうなのか。野上さんが実は女たらしだったなんて……。すごくショックだ。
「社長ったら、随分と失礼なことをおっしゃるのね。女なら誰でもいい? そんなわけないでしょう。このわたしだからよ」
ドヤ顔の瑠璃さんが野上さんを押しのけるように前に出てくる。冴島さんはやれやれといった顔をした。
「君のその自信はいったいどこからくるのかな。いまだにわからないよ」
「自信もなにもそれが事実よ。男はみんなわたしの虜になるの。次々に口説いてくる男をさばくのが大変なくらい」
「なにを言ってるんだか」
とうとう冴島さんがあきれ果てたようにため息をついた。
「社長だって、わたしが本気になったら秒殺されるわよ」
「されないね」
即答だった。
「社長はわたしの価値をわからないの?」
「わかってるよ。だから君をこの会社に引っ張ってきたんだろう。高い能力があるのに、この世に自分になびかない男がいることを、なんでわからないかな?」
「これまでそんな男がいなかったからよ。この美貌に惹かれない男がいたら、それはクズ以下よ」
瑠璃さんはこれ見よがしに赤い唇を舌なめずりする。
すごい人がいるものだ。彼女はわたしが出会ったことのないタイプの女性だ。自信家で自分が誰よりも美しいと思っている。
美人なのはその通りではあるのだけれど。普通は単なる傲慢な人間となるところ、彼女の場合は潔すぎて逆に惚れ惚れする。
でもこんなふうに思えるのも、冴島さんが彼女にまったく興味がないからなのだろう。レセプション会場でわたしが見た光景もわたしの勘違いだったのだと確信できた。
「申し訳ありません、社長。役員会議室に人が残っているとは思わなくて」
秘書室はガラス張りなので、この騒ぎに気がついたのだろう。小山田さんが血相を変えて駆けつけてきた。
「いや、悪いのは時間外に役員会議室を使っていた瑠璃だよ。小山田さんは戻っていいよ」
「ですが……」
「ここは僕が注意しておくから」
「かしこまりました」
小山田さんは一礼すると、わたしにも頭を下げた。半ば放心状態だったわたしも慌てて目礼する。それから小山田さんは秘書室へ戻っていったのだが、わたしは冴島さんに再び声をかけられるまで、脱力したまま立ち尽くしていた。
0
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
【書籍化により12/31で引き下げ】千年前の恋を忘れずにいたら、高貴な御曹司の最愛になりました。
汐埼ゆたか
恋愛
書籍化により【2024/12/31】いっぱいで引き下げさせていただきます。
詳しくは近況ボードに書きましたのでご一読いただけたら幸いです。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
୨୧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈୨୧
美緒は生まれてから二十六年間誰もすきになったことがない。
その事情を話し『友人としてなら』と同僚男性と食事に行ったが、関係を迫られる。
あやうく部屋に連れ込まれかけたところに現れたのは――。
「僕と恋をしてみないか」
「きっと君は僕をすきになる」
「君が欲しい」
――恋は嫌。
あんな思いはもうたくさんなの。
・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。. 。.:*・゚✽.。.
旧財閥系東雲家 御曹司『ECアーバン開発』社長
東雲 智景(しののめ ちかげ)33歳
×
東雲商事子会社『フォーミー』総務課
滝川 美緒(たきがわ みお)26歳
・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。. 。.:*・゚✽.。.
「やっと捕まえた。もう二度と手放さない」
※他サイトでも公開中
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
髪を切った俺が『読者モデル』の表紙を飾った結果がコチラです。
昼寝部
キャラ文芸
天才子役として活躍した俺、夏目凛は、母親の死によって芸能界を引退した。
その数年後。俺は『読者モデル』の代役をお願いされ、妹のために今回だけ引き受けることにした。
すると発売された『読者モデル』の表紙が俺の写真だった。
「………え?なんで俺が『読モ』の表紙を飾ってんだ?」
これは、色々あって芸能界に復帰することになった俺が、世の女性たちを虜にする物語。
※『小説家になろう』にてリメイク版を投稿しております。そちらも読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる