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9.心の奥で触れ合って
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四日後の火曜日。
今日は冴島テクニカルシステムズの生け込みの日。
冴島さんは先週の土曜日から昨日までの三日間、出張だった。
野上さんたちに相談した翌日の夜。つまり出張前日に電話があって少しだけ話せた。けれど瑠璃さんの件は言わなかった。やはりプライベートで直接会ったときに話したい。目を見て、真実を聞きたい。
いつものようにエレベーターで最上階に着くと、小山田さんに挨拶をする。
「社長は不在です。役員会議室もこの時間の予約は入っておりませんので、いつでもどうぞ」
「わかりました。では作業をはじめさせていただきます。よろしくお願いします」
小山田さんは秘書室に戻り、わたしも自分の仕事に取りかかる。
十月に入り、街並みも、人々のファッションもだいぶ秋色に染まってきたように思う。
今日はイエローのピンクッションとオレンジのエピデンドラムを使い、華やかな雰囲気を出しながら秋も感じられるようなデザイン。
ピンクッションは手芸で使う針を刺すための針立て(ピンクッション)が名前の由来で、見た目も針のような突起が特徴だ。エピデンドラムはラン科の植物で、多数の小さな花をつける。
「よし、できた」
冴島さんも気に入ってくれるだろうか。
知り合って一ヶ月ほど。けれど、まだそれしか経っていないことが不思議に思えるくらい、わたしは彼に夢中になっている。密度の濃い時間だったのは間違いない。
だけどそれだけではなくて、彼はわたしのなかに強烈なインパクトを残し、会えない時間もわたしの心のなかに住み続けているのだ。
ふとしたときに思い出す。仕事が終わってほっとしたとき、おいしいものを食べたとき、花を買ってくださったお客様に「ありがとう」と言われたとき。心が安らぐ出来事があるたびに冴島さんを思い出し、会いたいなと思う。
社長室の生け込みが終わると、次は役員会議室。ところがドアの前まで来たものの、固まってしまった。
というのは、部屋のなかから声がするのだ。色っぽい女性の声と少しくぐもった若い男性の声。
おかしいな。小山田さんの話だと、役員会議室の予約は入っていないはずなのに。
役員会議室に入る場合、役員、部長クラス、秘書の方々は各々のICカードを使う。ちなみに一般社員のICカードでは入れないそうだ。わたしの場合は毎回、小山田さんから業者用のICカードを借りている。
やっぱり小山田さんに確認してこよう。そう思った矢先、また声が聞こえてきた。
「大丈夫、誰も来ないわ。午後はこの会議室には予約が入っていないの」
「ちょっと瑠璃……」
瑠璃さん? なんで彼女がこの会社にいるの?
別人かとも思ったが、この声には聞き覚えがあった。
「ねえ、お願い。身体の相性が一番いいのはやっぱりあなたなんだもん」
艶めかしい声。聞けば聞くほど瑠璃さんだ。でも男性のほうは誰なのだろう。
ここは役員会議室。通常、限られた人しか使用しないはず。現にこれまでこのフロアですれ違ったのは重役の方と秘書室の方のみ。
ということは、冴島さんの可能性が高いのだが……。
まさか! 本当に瑠璃さんと男女の仲なの!?
心臓が音を立てて激しく鼓動している。あの日見た光景がフラッシュバックした。
このドアの向こうに冴島さんと瑠璃さんがいる。ふたりの絡み合うビジョンが頭のなかに映し出された。
これが夢ならどんなにいいか。いや、これは夢なんだ。もしくは、きっとなにかの間違い、そうに違いない。わたしは自分を保つために、必死にそう思い込もうとした。
けれどすぐに限界がくる。息苦しさは増すばかり。胸の痛みが強くなっていった。
今日は冴島テクニカルシステムズの生け込みの日。
冴島さんは先週の土曜日から昨日までの三日間、出張だった。
野上さんたちに相談した翌日の夜。つまり出張前日に電話があって少しだけ話せた。けれど瑠璃さんの件は言わなかった。やはりプライベートで直接会ったときに話したい。目を見て、真実を聞きたい。
いつものようにエレベーターで最上階に着くと、小山田さんに挨拶をする。
「社長は不在です。役員会議室もこの時間の予約は入っておりませんので、いつでもどうぞ」
「わかりました。では作業をはじめさせていただきます。よろしくお願いします」
小山田さんは秘書室に戻り、わたしも自分の仕事に取りかかる。
十月に入り、街並みも、人々のファッションもだいぶ秋色に染まってきたように思う。
今日はイエローのピンクッションとオレンジのエピデンドラムを使い、華やかな雰囲気を出しながら秋も感じられるようなデザイン。
ピンクッションは手芸で使う針を刺すための針立て(ピンクッション)が名前の由来で、見た目も針のような突起が特徴だ。エピデンドラムはラン科の植物で、多数の小さな花をつける。
「よし、できた」
冴島さんも気に入ってくれるだろうか。
知り合って一ヶ月ほど。けれど、まだそれしか経っていないことが不思議に思えるくらい、わたしは彼に夢中になっている。密度の濃い時間だったのは間違いない。
だけどそれだけではなくて、彼はわたしのなかに強烈なインパクトを残し、会えない時間もわたしの心のなかに住み続けているのだ。
ふとしたときに思い出す。仕事が終わってほっとしたとき、おいしいものを食べたとき、花を買ってくださったお客様に「ありがとう」と言われたとき。心が安らぐ出来事があるたびに冴島さんを思い出し、会いたいなと思う。
社長室の生け込みが終わると、次は役員会議室。ところがドアの前まで来たものの、固まってしまった。
というのは、部屋のなかから声がするのだ。色っぽい女性の声と少しくぐもった若い男性の声。
おかしいな。小山田さんの話だと、役員会議室の予約は入っていないはずなのに。
役員会議室に入る場合、役員、部長クラス、秘書の方々は各々のICカードを使う。ちなみに一般社員のICカードでは入れないそうだ。わたしの場合は毎回、小山田さんから業者用のICカードを借りている。
やっぱり小山田さんに確認してこよう。そう思った矢先、また声が聞こえてきた。
「大丈夫、誰も来ないわ。午後はこの会議室には予約が入っていないの」
「ちょっと瑠璃……」
瑠璃さん? なんで彼女がこの会社にいるの?
別人かとも思ったが、この声には聞き覚えがあった。
「ねえ、お願い。身体の相性が一番いいのはやっぱりあなたなんだもん」
艶めかしい声。聞けば聞くほど瑠璃さんだ。でも男性のほうは誰なのだろう。
ここは役員会議室。通常、限られた人しか使用しないはず。現にこれまでこのフロアですれ違ったのは重役の方と秘書室の方のみ。
ということは、冴島さんの可能性が高いのだが……。
まさか! 本当に瑠璃さんと男女の仲なの!?
心臓が音を立てて激しく鼓動している。あの日見た光景がフラッシュバックした。
このドアの向こうに冴島さんと瑠璃さんがいる。ふたりの絡み合うビジョンが頭のなかに映し出された。
これが夢ならどんなにいいか。いや、これは夢なんだ。もしくは、きっとなにかの間違い、そうに違いない。わたしは自分を保つために、必死にそう思い込もうとした。
けれどすぐに限界がくる。息苦しさは増すばかり。胸の痛みが強くなっていった。
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