上 下
47 / 62
9.心の奥で触れ合って

047

しおりを挟む
 四日後の火曜日。
 今日は冴島テクニカルシステムズの生け込みの日。
 冴島さんは先週の土曜日から昨日までの三日間、出張だった。
 野上さんたちに相談した翌日の夜。つまり出張前日に電話があって少しだけ話せた。けれど瑠璃さんの件は言わなかった。やはりプライベートで直接会ったときに話したい。目を見て、真実を聞きたい。

 いつものようにエレベーターで最上階に着くと、小山田さんに挨拶をする。

「社長は不在です。役員会議室もこの時間の予約は入っておりませんので、いつでもどうぞ」
「わかりました。では作業をはじめさせていただきます。よろしくお願いします」

 小山田さんは秘書室に戻り、わたしも自分の仕事に取りかかる。

 十月に入り、街並みも、人々のファッションもだいぶ秋色に染まってきたように思う。
 今日はイエローのピンクッションとオレンジのエピデンドラムを使い、華やかな雰囲気を出しながら秋も感じられるようなデザイン。
 ピンクッションは手芸で使う針を刺すための針立て(ピンクッション)が名前の由来で、見た目も針のような突起が特徴だ。エピデンドラムはラン科の植物で、多数の小さな花をつける。

「よし、できた」

 冴島さんも気に入ってくれるだろうか。
 知り合って一ヶ月ほど。けれど、まだそれしか経っていないことが不思議に思えるくらい、わたしは彼に夢中になっている。密度の濃い時間だったのは間違いない。
 だけどそれだけではなくて、彼はわたしのなかに強烈なインパクトを残し、会えない時間もわたしの心のなかに住み続けているのだ。
 ふとしたときに思い出す。仕事が終わってほっとしたとき、おいしいものを食べたとき、花を買ってくださったお客様に「ありがとう」と言われたとき。心が安らぐ出来事があるたびに冴島さんを思い出し、会いたいなと思う。

 社長室の生け込みが終わると、次は役員会議室。ところがドアの前まで来たものの、固まってしまった。
 というのは、部屋のなかから声がするのだ。色っぽい女性の声と少しくぐもった若い男性の声。
 おかしいな。小山田さんの話だと、役員会議室の予約は入っていないはずなのに。

 役員会議室に入る場合、役員、部長クラス、秘書の方々は各々のICカードを使う。ちなみに一般社員のICカードでは入れないそうだ。わたしの場合は毎回、小山田さんから業者用のICカードを借りている。
 やっぱり小山田さんに確認してこよう。そう思った矢先、また声が聞こえてきた。

「大丈夫、誰も来ないわ。午後はこの会議室には予約が入っていないの」
「ちょっと瑠璃……」

 瑠璃さん? なんで彼女がこの会社にいるの?
 別人かとも思ったが、この声には聞き覚えがあった。

「ねえ、お願い。身体の相性が一番いいのはやっぱりあなたなんだもん」

 艶めかしい声。聞けば聞くほど瑠璃さんだ。でも男性のほうは誰なのだろう。
 ここは役員会議室。通常、限られた人しか使用しないはず。現にこれまでこのフロアですれ違ったのは重役の方と秘書室の方のみ。
 ということは、冴島さんの可能性が高いのだが……。

 まさか! 本当に瑠璃さんと男女の仲なの!?

 心臓が音を立てて激しく鼓動している。あの日見た光景がフラッシュバックした。
 このドアの向こうに冴島さんと瑠璃さんがいる。ふたりの絡み合うビジョンが頭のなかに映し出された。
 これが夢ならどんなにいいか。いや、これは夢なんだ。もしくは、きっとなにかの間違い、そうに違いない。わたしは自分を保つために、必死にそう思い込もうとした。
 けれどすぐに限界がくる。息苦しさは増すばかり。胸の痛みが強くなっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

想い出は珈琲の薫りとともに

玻璃美月
恋愛
 第7回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞をいただきました。応援くださり、ありがとうございました。 ――珈琲が織りなす、家族の物語  バリスタとして働く桝田亜夜[ますだあや・25歳]は、短期留学していたローマのバルで、途方に暮れている二人の日本人男性に出会った。  ほんの少し手助けするつもりが、彼らから思いがけない頼み事をされる。それは、上司の婚約者になること。   亜夜は断りきれず、その上司だという穂積薫[ほづみかおる・33歳]に引き合わされると、数日間だけ薫の婚約者のふりをすることになった。それが終わりを迎えたとき、二人の間には情熱の火が灯っていた。   旅先の思い出として終わるはずだった関係は、二人を思いも寄らぬ運命の渦に巻き込んでいた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

花喰みアソラ

那月
ファンタジー
「このバラ、肉厚で美味しい」 花屋を1人で経営するミサキの前に突然現れた男、アソラ。 空腹のあまり行き倒れた彼は普通の食事を拒み、商品の切り花に手を伸ばすと口に運ぶ。 花を主食として生きるアソラは商品を食べてしまった、助けてもらったお礼にとミサキの店を手伝うと申し出る。 植物にまつわる問題を抱えた人と花を主食とする主人公のお話。 来客の心に反応して商品の花が花妖になって襲いかかる。 花妖になってしまった花を救うのが自分の役目だとアソラは言う。 彼は一体何者なのか? 決して自分のことは語ろうとしないアソラと、そんな彼をなんとなく放ってはおけないでいるミサキ。 問題の発生源であるアソラに、巻き込まれっぱなしのミサキは手を伸ばした。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

憧れのあなたとの再会は私の運命を変えました~ハッピーウェディングは御曹司との偽装恋愛から始まる~

けいこ
恋愛
15歳のまだ子どもだった私を励まし続けてくれた家庭教師の「千隼先生」。 私は密かに先生に「憧れ」ていた。 でもこれは、恋心じゃなくただの「憧れ」。 そう思って生きてきたのに、10年の月日が過ぎ去って25歳になった私は、再び「千隼先生」に出会ってしまった。 久しぶりに会った先生は、男性なのにとんでもなく美しい顔立ちで、ありえない程の大人の魅力と色気をまとってた。 まるで人気モデルのような文句のつけようもないスタイルで、その姿は周りを魅了して止まない。 しかも、高級ホテルなどを世界展開する日本有数の大企業「晴月グループ」の御曹司だったなんて… ウエディングプランナーとして働く私と、一緒に仕事をしている仲間達との関係、そして、家族の絆… 様々な人間関係の中で進んでいく新しい展開は、毎日何が起こってるのかわからないくらい目まぐるしくて。 『僕達の再会は…本当の奇跡だ。里桜ちゃんとの出会いを僕は大切にしたいと思ってる』 「憧れ」のままの存在だったはずの先生との再会。 気づけば「千隼先生」に偽装恋愛の相手を頼まれて… ねえ、この出会いに何か意味はあるの? 本当に…「奇跡」なの? それとも… 晴月グループ LUNA BLUホテル東京ベイ 経営企画部長 晴月 千隼(はづき ちはや) 30歳 × LUNA BLUホテル東京ベイ ウエディングプランナー 優木 里桜(ゆうき りお) 25歳 うららかな春の到来と共に、今、2人の止まった時間がキラキラと鮮やかに動き出す。

俺様系和服社長の家庭教師になりました。

蝶野ともえ
恋愛
一葉 翠(いつは すい)は、とある高級ブランドの店員。  ある日、常連である和服のイケメン社長に接客を指名されてしまう。  冷泉 色 (れいぜん しき) 高級和食店や呉服屋を国内に展開する大手企業の社長。普段は人当たりが良いが、オフや自分の会社に戻ると一気に俺様になる。  「君に一目惚れした。バックではなく、おまえ自身と取引をさせろ。」  それから気づくと色の家庭教師になることに!?  期間限定の生徒と先生の関係から、お互いに気持ちが変わっていって、、、  俺様社長に翻弄される日々がスタートした。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...