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8.信じる力
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その後、仕事に戻った紅葉さんはスマイル全開できびきびと働いていた。
わたしよりよほどしっかりしている。心の奥では、わたしと冴島さんの関係に傷ついているのに……。
「紅葉さんっていい子ですよね。仕事を立派にこなしていて、つくづく自分が恥ずかしくなります」
「春名さんだって立派だよ。自分のお店を必死に守って大切にしてる」
野上さんはそう言ってくれるけれど、まだまだ未熟なのは自分でもよくわかっている。
「いいえ、店の経営者になるのはまだ早かったんだと思います。もしかすると、早い遅いの問題でもなかったのかもしれません。もともと向いていないのかも」
「どうしてそう思うの?」
「今日も大きなミスをしました。今日だけじゃありません。これまで何度も」
うちの店の場合、バレンタインデーやひな祭りの季節にあまり花は売れない。それを知らず、売れると見込んで大量に仕入れて失敗した。かなりの花を廃棄することになり、その月は大赤字だった。
イベントのある月でも売り上げが伸びるかそうじゃないかは店によって違う。それは立地や客層、その年の傾向などから売り上げを予測し、さらに経営をしながら把握していかなくてはならないことだと知った。
「アルバイトの子のほうがしっかりしていますし、経営者に向いています。センスがあるんですよね。わたしにはないものを持っていて、ミスもほとんどしないんですよ」
「アルバイトの子って、今日お店にいた男の人?」
「はい。たまに思うんです。彼が店長だったら売り上げが今よりよくなるんじゃないかって」
情けないと思いながらも口から吐き出されるのはマイナスのことばかり。それでも野上さんとコタさんはあたたかな眼差しで話を聞いてくれた。
「愚痴ばかりですみません。こんなことまで話すつもりはなかったんですけど」
「たまにはいいじゃん。咲都ちゃん、今まで誰かに愚痴ったことないでしょう? ひとりで溜め込んでいると、そのうちパンクしちゃうよ」
「コタさん……」
「ミスなんて誰にでもあることだよ。失敗を繰り返してのちに大成功をおさめるっていうパターンなんてざらにあるだろう? 実際、一度会社を潰しちゃった社長もたくさんいるよ」
「はい、それはよく聞きます」
野上さんもそんなことを言っていた。そこそこ大きな失敗を経験したことのない経営者は逆に大物になれないと。
「冴島も昔はかなり苦戦してたよ」
「冴島さんが?」
「大口の取引先が倒産して、銀行の追加融資も受けられなくなって八方塞がりになったんだ」
つまり会社が倒産する寸前だったということだ。そんなに大変なことがあったなんて。
「でもそれは取引先の動向にしっかりアンテナをはっていれば防げたこと。ほんと簡単なことだったんだよ。なのに冴島は自分を過信していた。だから失敗した」
コタさんの言葉を少し冷たく感じる。
でもコタさんの言っていることは社会の常識。きっとこの場合、負債を最小限にするための対策はいくらでもできたはずということを言いたいのだ。
「それでどうやって、冴島さんは危機を乗り越えたんですか?」
「あいつはそれまで一切使わなかった冴島物産の名前を出してきたんだ。それでなんとか融資先を見つけてしのいだんだよ」
「プライドが高いくせに、それはいいのかよって。あのときは驚いたよな」
コタさんと野上さんは顔を見合わせて笑った。
冴島物産の名前を出して、融資や契約を取りつけた話は本人からも聞いていた。だけどそんな窮地に追い込まれていたときの話だとは思わなかった。
「でも、冴島の決断は最良だったと思えるようになった。結果的に会社だけでなく、社員やその家族を守れたんだから。取引先にも莫大な損害を与えるところだった。冴島が背負っていたものは、あのときの俺たちが考えていたものより、とてつもなく大きいものだったんだよ」
コタさんはまじめな顔つきだった。
「あの頃は僕もコタもサラリーマンになりたてで、秋成の力になれなかったんだ。だから秋成はいろんなところに頭を下げてまわったんだよ。若いってだけで信頼されなくて、屈辱的なことも言われたと思う。それでも親に泣きつくよりは、と思ったのかもしれないね。親を利用することを選択したのは最終手段だったんだと思う」
野上さんが悔しそうに言う。
ふたりから冴島さんを大切に思う気持ちが伝わってきて、それはわたしの心も和ませてくれた。
おかげで冷静に物事を考えられるようになって、自分を見つめ直すこともできた。
誰にだって悩みや苦労がある。冴島さんのようなパーフェクトな人ですらそうなのだから、わたしがすんなりといくわけがないのだ。
自分には向いていないと嘆く暇があるのなら、まずは目の前の問題をひとつずつ解決していこう。以前、冴島さんに花屋としてのわたしを評価してもらえた。あの言葉も励みにしようと思う。
わたしよりよほどしっかりしている。心の奥では、わたしと冴島さんの関係に傷ついているのに……。
「紅葉さんっていい子ですよね。仕事を立派にこなしていて、つくづく自分が恥ずかしくなります」
「春名さんだって立派だよ。自分のお店を必死に守って大切にしてる」
野上さんはそう言ってくれるけれど、まだまだ未熟なのは自分でもよくわかっている。
「いいえ、店の経営者になるのはまだ早かったんだと思います。もしかすると、早い遅いの問題でもなかったのかもしれません。もともと向いていないのかも」
「どうしてそう思うの?」
「今日も大きなミスをしました。今日だけじゃありません。これまで何度も」
うちの店の場合、バレンタインデーやひな祭りの季節にあまり花は売れない。それを知らず、売れると見込んで大量に仕入れて失敗した。かなりの花を廃棄することになり、その月は大赤字だった。
イベントのある月でも売り上げが伸びるかそうじゃないかは店によって違う。それは立地や客層、その年の傾向などから売り上げを予測し、さらに経営をしながら把握していかなくてはならないことだと知った。
「アルバイトの子のほうがしっかりしていますし、経営者に向いています。センスがあるんですよね。わたしにはないものを持っていて、ミスもほとんどしないんですよ」
「アルバイトの子って、今日お店にいた男の人?」
「はい。たまに思うんです。彼が店長だったら売り上げが今よりよくなるんじゃないかって」
情けないと思いながらも口から吐き出されるのはマイナスのことばかり。それでも野上さんとコタさんはあたたかな眼差しで話を聞いてくれた。
「愚痴ばかりですみません。こんなことまで話すつもりはなかったんですけど」
「たまにはいいじゃん。咲都ちゃん、今まで誰かに愚痴ったことないでしょう? ひとりで溜め込んでいると、そのうちパンクしちゃうよ」
「コタさん……」
「ミスなんて誰にでもあることだよ。失敗を繰り返してのちに大成功をおさめるっていうパターンなんてざらにあるだろう? 実際、一度会社を潰しちゃった社長もたくさんいるよ」
「はい、それはよく聞きます」
野上さんもそんなことを言っていた。そこそこ大きな失敗を経験したことのない経営者は逆に大物になれないと。
「冴島も昔はかなり苦戦してたよ」
「冴島さんが?」
「大口の取引先が倒産して、銀行の追加融資も受けられなくなって八方塞がりになったんだ」
つまり会社が倒産する寸前だったということだ。そんなに大変なことがあったなんて。
「でもそれは取引先の動向にしっかりアンテナをはっていれば防げたこと。ほんと簡単なことだったんだよ。なのに冴島は自分を過信していた。だから失敗した」
コタさんの言葉を少し冷たく感じる。
でもコタさんの言っていることは社会の常識。きっとこの場合、負債を最小限にするための対策はいくらでもできたはずということを言いたいのだ。
「それでどうやって、冴島さんは危機を乗り越えたんですか?」
「あいつはそれまで一切使わなかった冴島物産の名前を出してきたんだ。それでなんとか融資先を見つけてしのいだんだよ」
「プライドが高いくせに、それはいいのかよって。あのときは驚いたよな」
コタさんと野上さんは顔を見合わせて笑った。
冴島物産の名前を出して、融資や契約を取りつけた話は本人からも聞いていた。だけどそんな窮地に追い込まれていたときの話だとは思わなかった。
「でも、冴島の決断は最良だったと思えるようになった。結果的に会社だけでなく、社員やその家族を守れたんだから。取引先にも莫大な損害を与えるところだった。冴島が背負っていたものは、あのときの俺たちが考えていたものより、とてつもなく大きいものだったんだよ」
コタさんはまじめな顔つきだった。
「あの頃は僕もコタもサラリーマンになりたてで、秋成の力になれなかったんだ。だから秋成はいろんなところに頭を下げてまわったんだよ。若いってだけで信頼されなくて、屈辱的なことも言われたと思う。それでも親に泣きつくよりは、と思ったのかもしれないね。親を利用することを選択したのは最終手段だったんだと思う」
野上さんが悔しそうに言う。
ふたりから冴島さんを大切に思う気持ちが伝わってきて、それはわたしの心も和ませてくれた。
おかげで冷静に物事を考えられるようになって、自分を見つめ直すこともできた。
誰にだって悩みや苦労がある。冴島さんのようなパーフェクトな人ですらそうなのだから、わたしがすんなりといくわけがないのだ。
自分には向いていないと嘆く暇があるのなら、まずは目の前の問題をひとつずつ解決していこう。以前、冴島さんに花屋としてのわたしを評価してもらえた。あの言葉も励みにしようと思う。
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