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8.信じる力
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「あの……、やっぱり帰ります」
「なんで?」
いつもはほんわかとした雰囲気の野上さんが冷静にわたしを見据える。逃げようとしているのがバレバレだ。
「自分で解決します」
「それができないから僕を頼ろうと思ったんだよね? 自分で気づいていないみたいだから言うけど。かなり思いつめたように見えるよ」
「えっ……」
またも言われてしまった。なんですぐに顔に出てしまうのだろう。
ちゃんとがんばっているつもりなのに。しっかりしなきゃと思えば思うほど、ぐだぐだになっていく。
いたたまれなくなっているわたしにコタさんが力強く言った。
「遠慮せずに言ってごらんよ。俺らは咲都ちゃんの味方だよ。冴島って格好つけのとこがあるから、たまに面倒くさいときがあるんだよな」
「そうだな。負けず嫌いで強情で、おまけにプライドも高い。僕たちのなかで一番器用で自由に生きているように見えるのに、実はしがらみや理不尽な圧力でがんじがらめだから、仕方ないと言えばそうなんだけど」
やはり野上さんたちは冴島さんのことをよくわかっている。ふたりの言っている冴島さんの姿は、決してわたしには見せないものだ。
本当の冴島さんを知りたい。でもその前にわたしなりの覚悟を決めないといけない。
「冴島さんには以前からおつき合いしている方がいらっしゃるんですか?」
もしそうなら、その心づもりで冴島さんと話し合わないといけない。瑠璃さんという女性が本命なら、はっきり言ってもらったほうがきっぱりとあきらめられる。
わたしはジュエリーショップや個人の名前を伏せ、レセプションであったことをかいつまんで説明した。
「冴島につき合ってる女なんて、最近いたっけ?」
コタさんが首を傾げる。
「僕も聞いてないなあ。まあ、そういうことを自分から進んで言うタイプでもないんだけど」
野上さんも心あたりがないらしい。
「秋成さんはここ何年も彼女はいないよ」
「本当?」
話に割り込んできたのはここでアルバイト中の紅葉さん。お盆を持って立っていた。
「秋成さんは二股をかけるような人じゃないよ。ああ見えて女性関係はまじめなの」
紅葉さんが自信満々で言う。そして、わたしに向かってこう続けた。
「彼女なんだよね? そばにいるのになんでわかんないの? 秋成さんをばかにしないで。そんなに疑うんなら、わたしがもらっちゃうよ」
わたしがよほど情けない顔をしていたのだろう。紅葉さんは怒りを滲ませて睨みつけてきた。
でも怖いとは思わなかった。その目は潤み、彼女から悔しさや悲しみが感じられたから。
言われて改めて考えた。冴島さんはいつもわたしのことを思いやってくれた。
たとえば、ディナークルーズのときに内緒で用意してくれたストール。空港のターミナルビルで買うこともできたのにそれをしなかったのは、わたしが必要以上に遠慮しないようにだと思う。
また、普段は現場に足を運ばないのに、レセプションの準備中に来てくれたのは、わたしの様子が気になったからと考えることもできる。
そうだよ。わたしと一緒にいるときの冴島さんは誠実で、嘘偽りなんてものは感じなかったじゃない。だいたい、親しい野上さんやコタさんに“彼女”として引き合わせてくれたのだから、もっと自信を持っていいよね。
「紅葉はさっき休憩を取ったばかりだろう。さっさと仕事に戻れ」
コタさんが険しい顔つきで言う。
「わかってるよ。セットのスープを持ってきたの」
紅葉さんはふたり分のスープカップをテーブルに置いた。
透き通ったコンソメスープからいい匂いが漂ってくる。この洋食屋の料理はどれもおいしい。このスープもそうに違いない。
「ありがとう、紅葉さん。紅葉さんの言葉を信じます」
「別にあなたのためにっていうわけじゃないし……」
「わかってます。冴島さんのことをずっとそばで見てきたからこそ、誤解してほしくないんですよね」
紅葉さんは口を尖らせながらも素直に頷いた。
冴島さんと瑠璃さん、そして恒松社長との間で交わされていた会話はかなり意味深だった。冴島さんが瑠璃さんを恒松社長から引きはがそうとするあのシーンは、思い出すと今でも涙が出そうになる。
でもきっとなにか理由があるんだ。紅葉さんの言葉はわたしに信じる力をくれた。
「なんで?」
いつもはほんわかとした雰囲気の野上さんが冷静にわたしを見据える。逃げようとしているのがバレバレだ。
「自分で解決します」
「それができないから僕を頼ろうと思ったんだよね? 自分で気づいていないみたいだから言うけど。かなり思いつめたように見えるよ」
「えっ……」
またも言われてしまった。なんですぐに顔に出てしまうのだろう。
ちゃんとがんばっているつもりなのに。しっかりしなきゃと思えば思うほど、ぐだぐだになっていく。
いたたまれなくなっているわたしにコタさんが力強く言った。
「遠慮せずに言ってごらんよ。俺らは咲都ちゃんの味方だよ。冴島って格好つけのとこがあるから、たまに面倒くさいときがあるんだよな」
「そうだな。負けず嫌いで強情で、おまけにプライドも高い。僕たちのなかで一番器用で自由に生きているように見えるのに、実はしがらみや理不尽な圧力でがんじがらめだから、仕方ないと言えばそうなんだけど」
やはり野上さんたちは冴島さんのことをよくわかっている。ふたりの言っている冴島さんの姿は、決してわたしには見せないものだ。
本当の冴島さんを知りたい。でもその前にわたしなりの覚悟を決めないといけない。
「冴島さんには以前からおつき合いしている方がいらっしゃるんですか?」
もしそうなら、その心づもりで冴島さんと話し合わないといけない。瑠璃さんという女性が本命なら、はっきり言ってもらったほうがきっぱりとあきらめられる。
わたしはジュエリーショップや個人の名前を伏せ、レセプションであったことをかいつまんで説明した。
「冴島につき合ってる女なんて、最近いたっけ?」
コタさんが首を傾げる。
「僕も聞いてないなあ。まあ、そういうことを自分から進んで言うタイプでもないんだけど」
野上さんも心あたりがないらしい。
「秋成さんはここ何年も彼女はいないよ」
「本当?」
話に割り込んできたのはここでアルバイト中の紅葉さん。お盆を持って立っていた。
「秋成さんは二股をかけるような人じゃないよ。ああ見えて女性関係はまじめなの」
紅葉さんが自信満々で言う。そして、わたしに向かってこう続けた。
「彼女なんだよね? そばにいるのになんでわかんないの? 秋成さんをばかにしないで。そんなに疑うんなら、わたしがもらっちゃうよ」
わたしがよほど情けない顔をしていたのだろう。紅葉さんは怒りを滲ませて睨みつけてきた。
でも怖いとは思わなかった。その目は潤み、彼女から悔しさや悲しみが感じられたから。
言われて改めて考えた。冴島さんはいつもわたしのことを思いやってくれた。
たとえば、ディナークルーズのときに内緒で用意してくれたストール。空港のターミナルビルで買うこともできたのにそれをしなかったのは、わたしが必要以上に遠慮しないようにだと思う。
また、普段は現場に足を運ばないのに、レセプションの準備中に来てくれたのは、わたしの様子が気になったからと考えることもできる。
そうだよ。わたしと一緒にいるときの冴島さんは誠実で、嘘偽りなんてものは感じなかったじゃない。だいたい、親しい野上さんやコタさんに“彼女”として引き合わせてくれたのだから、もっと自信を持っていいよね。
「紅葉はさっき休憩を取ったばかりだろう。さっさと仕事に戻れ」
コタさんが険しい顔つきで言う。
「わかってるよ。セットのスープを持ってきたの」
紅葉さんはふたり分のスープカップをテーブルに置いた。
透き通ったコンソメスープからいい匂いが漂ってくる。この洋食屋の料理はどれもおいしい。このスープもそうに違いない。
「ありがとう、紅葉さん。紅葉さんの言葉を信じます」
「別にあなたのためにっていうわけじゃないし……」
「わかってます。冴島さんのことをずっとそばで見てきたからこそ、誤解してほしくないんですよね」
紅葉さんは口を尖らせながらも素直に頷いた。
冴島さんと瑠璃さん、そして恒松社長との間で交わされていた会話はかなり意味深だった。冴島さんが瑠璃さんを恒松社長から引きはがそうとするあのシーンは、思い出すと今でも涙が出そうになる。
でもきっとなにか理由があるんだ。紅葉さんの言葉はわたしに信じる力をくれた。
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