FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

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7.幸せの裏側

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 それから少しして榎本くんが配達から戻ってきた。

「今戻りました」
「お帰り」
「枕花はご遺族の方に直接受け取っていただけました」
「ありがとう。お疲れ様」

 わたしはアレンジメント制作をしていた。
 透明のガラスビンにカラフルにアレンジしたブーケを挿し、陳列棚に並べていく。
 別の棚には部屋のインテリアの参考になるようにグリーンピックや多肉植物の寄せ植えポットを並べ、小さなグリーンガーデンを作る。
 コタさんが言っていた屋内緑化を思い出し、それとは次元が違いすぎるけれど、いつもよりグリーンを多めにしてみた。

 いずれも販売促進のためのもの。雑貨屋さんに入る感じで、花屋も気軽に覗いてほしい。そんな想いを込めている。
 実際、店の前を通った方がふらっと入ってこられることもあり、なかなか効果がある。

「可愛らしさとさわやかさ。おしゃれ感満載ですね」

 榎本くんがうんうんと頷いていた。

「本当? 大丈夫かな?」
「売り上げアップ間違いなしです!」
「榎本くんがそう言うんなら素直に信じてみるか」
「安心してください! 俺、売れるか売れないかっていうの、不思議とわかるんですからね」

 根っから明るい榎本くんと話していると元気が出てくる。
 閉店まであと少し。はりきって残りの作業を終えた。

 すると会社帰りらしき女性がふらりと入ってきて、さっき並べたばかりの多肉植物の鉢植えを、好奇心いっぱいにあれこれ見ている。わたしが手入れの方法を説明すると、思ったよりも手がかからないことが決め手だったらしく、ふたつの鉢植えを買い求めくださった。

 そのお客様がお帰りになったあと、ドアを閉めながら榎本くんが得意げに言った。

「ね? 俺の言った通りでしょう?」
「そうだね」
「きっと、もっともっと売れますよ」
「だといいけど」
「ほら、さっそくお客様がいらっしゃいましたよ」

 そう言われて店の窓のほうを見ると、熱心に店先の花を眺めている男性が見えた。

「野上さん……?」
「お知り合いですか?」
「うん、冴島さんのお友達なの」

 駆け寄ってドアを開けると、「やあ」と野上さんが片手を挙げ、柔和な笑みを浮かべた。
 野上さんはバランスのいいすらっとした体躯なので立っているだけで存在感がある。くわえて物腰がやわらかく、それらがどことなく冴島さんを思い出させ、途端に胸が苦しくなった。

「近くまで来たから寄ってみたんだ。それと、お祝いの花の配達もお願いしたいんだけど」
「ありがとうございます。なかへどうぞ」

 花の配達なら電話でもかまわないのに。しかも一度しかお会いしていないのに、わざわざ足を運んでくれるとは、なんて律儀な人なのだろう。

「なんのお祝いですか?」
「取引先の副社長が社長に就任したんだ。それで胡蝶蘭《こちょうらん》を贈りたいんだよ」

 確認したら都内の会社ということで、車だと店から十五分もかからないところだ。

「明日の午後一にはお届けできるかと思いますが、ご希望の配達日時はありますか?」
「早いほうがいいな」
「かしこまりました。では明日の午後一にお届けしますね」

 それから新社長の名前と正式な役職名、住所などの確認をする。野上さんも慣れたもので、立て札の文字を細かく指定してくれた。

「野上さん、あの……」

 会計を済ませ、落ち着いたところでふと思い立って、わたしから声をかける。

「ん?」

 野上さんは一瞬だけ不思議そうな顔をしたけれど、すぐになにかを悟ったようにじっとわたしを見つめた。
 野上さんも冴島さんと同様に勘の鋭い人だ。近くに榎本くんがいて言葉に詰まっているわたしを見かねてこう言ってくれた。

「お店が終わったあとでもいいよ」
「でも……」

 わたしの話を聞いてくれるつもりなんだ。だけど時間を作ってもらうのはさすがに図々しくないだろうか。

「車で来てるから、その辺の店で仕事しながら待ってるよ」
「いいんですか?」

 悪いと思いながらもわたしはすっかりその気だ。

「もちろん。コタの店は行ったことある?」
「いいえ、ありません」
「せっかくだし行ってみない? そこで食事でもしながらでどう?」
「はい、よろしくお願いします」

 野上さんが名刺を差し出す。最低限の情報のみ記載された肩書もない、モノクロのとてもシンプルな名刺だ。
 そういえばフリーランスのソフト開発者だと言っていた。だからやろうと思えばカフェなどでも仕事ができるのだろう。

 あとでこちらから電話する約束をして、野上さんとはいったん別れた。
 彼にはとても不思議な魅力がある。やさしい話し方や表情からのんびりとした印象を受け、親しみやすいけれど、洞察力があって、たぶん相当頭の切れる人だ。
 この人なら、わたしの悶々としたこの状況を打破するヒントをくれるかもしれない。なんの確証もないけれど、そんな気がした。
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