FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

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7.幸せの裏側

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 しかし現実はそううまくいかない。
 冴島さんと瑠璃さんのことが頭から離れなくて、夕べはほとんど眠れなかった。おまけに泣きすぎて、ひと晩経っても身体がだるい。

「咲都、顔色悪いわよ。やだ! 目も腫れてない!?」
「単なる寝不足。朝、早かったから」
「理由はそれだけなの?」
「またその話? いい加減にしてよ。なんでもないから。仕事もちゃんとやる。はい、この話はこれで終わり」

 今朝仕入れたばかりの切り花の切り口をハサミで切り戻す水あげの作業を塔子さんとしながら、そんな会話を交わす。
 夕べ泣いていたことはたぶんバレている。親子だと遠慮がないから、こういうとき困る。放っておいてほしい。仕事に集中したいのに、これでは余計に思い出してしまう。

 それでもなんとか平常心を維持していた。でも正しくは“つもり”だったみたいだ。
 その日のお昼近く。店の電話が鳴り、わたしは花屋としてとんでもないミスをしたことに気がついた。

「……忘れてた」

 全身の血の気が引いていくようだった。

「忘れてたって……。今日だったの? 毎月末日のはずじゃなかった?」

 電話の子機を持った塔子さんがもう片方の手で話し口を押さえながら言う。

「日程が変わって今日になったの。すぐにお届けするって伝えて!」
「わかった」

 話を終え、子機を充電器に戻す塔子さんの目が怖いくらいだった。

 電話はデイサービスセンターからだった。父が生きていたころからお世話になっている老人福祉施設。月一で開催される利用者の誕生日会のときに花束を配達していたのだが、昨日その予約が入っていたのにすっかり頭から抜け落ちていたのだ。
 九月の誕生日の方は三名。そのなかのおひとりがパンジーの花を希望されており、今朝仕入れたそれをバックヤードに保管していたのだが、それっきり花束の制作もしていない。

「大きな仕事に気を取られて、ほかのことがおろそかになったんじゃないの?」
「違う! わたしはどんなお客様も平等に……」

 だけど実際にミスをした。言いながらも自信がなくて声が小さくなっていく。

「お誕生日にうちの花を楽しみにしてくださっている方もいらっしゃるのよ」
「そんなこと、わかってるよ。今朝まではちゃんと覚えてたの。その分の仕入れもした。でもいろいろ忙しくて、疲れてもいたし……」
「言い訳はいらない。その代わり、今自分がなにをすべきかを考えなさい」

 塔子さんの言葉を噛みしめる。
 わたしは毎月の仕事として流れ作業のように扱っていなかっただろうか。誕生日の人たちにとって、今日はみんなにお祝いされる特別な日。それを忘れることはとても失礼なことだ。
 贈る側の施設の職員の方たちだって、誕生日を迎える方々に喜んでもらえるよう、この日のために準備をしていたのに水を差してしまった。

「花束を届けに行ったとき、今月誕生日の人、一人ひとりに謝罪してくる」

 誕生日会には間に合わないが、今から花束を作って届けに行けばきっと会える。それでミスがノーカウントになるわけではないけれど、それがわたしの示すことのできる誠意だと思った。
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