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7.幸せの裏側
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ジュエリーショップのレセプション当日。冴島さんとのデートから四日が経過していた。
その間、彼から一切の連絡がなかった。
どうやら冴島さんはつき合っている彼女にまめに連絡をしないタイプらしい。会えないのは仕方ないにしても、電話やメールぐらいしてくれてもいいのに。
自分から連絡できないことはしっかり棚上げしちゃっているわたしもわたしなのだけれど。仕事中かもしれないし、それだと嫌がられるかな。頻繁に連絡するのを束縛だととらえてしまう人だったらどうしようとか。マイナスのことばかり浮かんで、自分から連絡できなかった。
午後二時。
会場内の生け込みが終わり、最後に店の出入口にフラワーリースを設置していた。そこへ恒松社長がやって来て、店先で立ち止まった。
「ご苦労様、春名さん」
「恒松社長、今日はよろしくお願いします」
レセプションの開始時間は午後四時。恒松社長は会場チェックのために早めに来たのだろう。彼はさっそくフラワーリースを黙って眺めた。
大丈夫だろうか。ドキドキしながら彼の言葉を待つ。
「いい色合いだね」
ふっと自分の顔がほころび、ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます」
シックな紅紫色とやわらかなスモーキーピンクの二種類のバラに、グリーンの葉をあしらったリースをフラワースタンドに固定して、ウエルカムボードにアレンジした。
事前打ち合わせのとき、出入口に花を飾りたいと言われた。店の前にはスペースがなく、会場もそう広くないため、取引会社からのお祝いの花はお断りしているそうなのだが、特別な雰囲気は出したいので花は飾りたいそう。そこでフラワーリースを提案したら、恒松社長は気に入ってくださり、即採用となったのだ。
「リースってもっとカジュアルなイメージがあったんだけど、意外に高級感があるな」
「バラの品種や色を変えると、可愛らしい感じにもなります。今回はお店の雰囲気に合わせて落ち着いた色を選びました」
我ながらいい感じに仕上がったのではないかと思う。わたしは自信を持って答えた。
「すごくいいよ。さすが冴島社長がすすめるだけあるな。なるほどね……。でももう少しインパクトを出せないかな?」
ここで思わぬだめ出し。
このままでいいと思うんだけどな。でも恒松社長は満足していない。
「それなら白いバラを加えてみましょうか?」
紅紫色のバラが主張しすぎて逆に色のトーンが暗くなってしまったかもしれない。だけどそこに白色を加えると変化が生まれ、すべての色の発色がよくなるような気がした。
「白いバラなんてあるの?」
「車に積んであります」
「用意がいいね。じゃあ白いバラを加えてみて。俺もその案、いいと思う」
恒松社長は会場に入り、わたしは車に白いバラを取りにいく。
予備で多めの切り花を持ってきておいてよかった。そう思いながら現場に戻り、バランスを見ながら白いバラを挿し込んでいった。
そして……。
「こっちのほうが断然いいねえ」
「さっきとぜんぜん違いますね」
再び現場に戻ってきた恒松社長と仕上がりを確認しながら、想像以上の出来に自分でも驚いていた。これも恒松社長のこだわりのおかげだ。
これが本物のプロというものなのか。妥協せず、もっといいものを追及しようとする姿勢は見習わなくてはならない。
冴島さんが言っていた『刺激』。業種は違ってもクリエイティブなところは共通しているから、学ぶところはたくさんあるような気がした。
するとそこへ。
「ほんとだね、このリース、すごくいいよ」
やわらかな声がして、わたしの胸が一気に高鳴った。
冴島さんだ!
王道の濃紺スーツを完璧に着こなし、今日もオーラを放っている。凛々しくて、立っているだけで絵になるから、つい見とれそうになる。
「ありがとうございます」
「調子はどう?」
透き通ったきれいな瞳に見つめられ、幸せな気持ちがあふれてくる。
「はい、順調です」
冴島さんは「それはよかった」と笑みを浮かべると、今度は恒松社長に挨拶をする。
「恒松社長、新ブランドの立ち上げ、おめでとうございます」
「ありがとう。レセプションは欠席すると言ってたけど、都合がよくなったのかい?」
「いいえ、少し時間ができたのでうちの社員の様子を見に。夜のパーティーのほうには予定通り出席いたします」
「冴島社長自ら会場チェックとは、これまた珍しいな。本当にそれだけかな?」
「ええ、たまに現場にも足を運ぶようにしてるんですよ」
「なるほど……」
冴島さんと恒松社長の会話を、わたしは少し緊張しながら聞いていた。
このツーショットをこんな間近で見られるなんて、かなりレアなんじゃないだろうか。
冴島さんもすごい人だが、恒松社長も大物だ。彼の経歴をインターネットでこっそり調べたら、数々の有名女優や一流モデルなどのブライダルジュエリーのデザイン制作、海外でのエキシビジョンの開催など、予想以上に華々しかった。
その間、彼から一切の連絡がなかった。
どうやら冴島さんはつき合っている彼女にまめに連絡をしないタイプらしい。会えないのは仕方ないにしても、電話やメールぐらいしてくれてもいいのに。
自分から連絡できないことはしっかり棚上げしちゃっているわたしもわたしなのだけれど。仕事中かもしれないし、それだと嫌がられるかな。頻繁に連絡するのを束縛だととらえてしまう人だったらどうしようとか。マイナスのことばかり浮かんで、自分から連絡できなかった。
午後二時。
会場内の生け込みが終わり、最後に店の出入口にフラワーリースを設置していた。そこへ恒松社長がやって来て、店先で立ち止まった。
「ご苦労様、春名さん」
「恒松社長、今日はよろしくお願いします」
レセプションの開始時間は午後四時。恒松社長は会場チェックのために早めに来たのだろう。彼はさっそくフラワーリースを黙って眺めた。
大丈夫だろうか。ドキドキしながら彼の言葉を待つ。
「いい色合いだね」
ふっと自分の顔がほころび、ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます」
シックな紅紫色とやわらかなスモーキーピンクの二種類のバラに、グリーンの葉をあしらったリースをフラワースタンドに固定して、ウエルカムボードにアレンジした。
事前打ち合わせのとき、出入口に花を飾りたいと言われた。店の前にはスペースがなく、会場もそう広くないため、取引会社からのお祝いの花はお断りしているそうなのだが、特別な雰囲気は出したいので花は飾りたいそう。そこでフラワーリースを提案したら、恒松社長は気に入ってくださり、即採用となったのだ。
「リースってもっとカジュアルなイメージがあったんだけど、意外に高級感があるな」
「バラの品種や色を変えると、可愛らしい感じにもなります。今回はお店の雰囲気に合わせて落ち着いた色を選びました」
我ながらいい感じに仕上がったのではないかと思う。わたしは自信を持って答えた。
「すごくいいよ。さすが冴島社長がすすめるだけあるな。なるほどね……。でももう少しインパクトを出せないかな?」
ここで思わぬだめ出し。
このままでいいと思うんだけどな。でも恒松社長は満足していない。
「それなら白いバラを加えてみましょうか?」
紅紫色のバラが主張しすぎて逆に色のトーンが暗くなってしまったかもしれない。だけどそこに白色を加えると変化が生まれ、すべての色の発色がよくなるような気がした。
「白いバラなんてあるの?」
「車に積んであります」
「用意がいいね。じゃあ白いバラを加えてみて。俺もその案、いいと思う」
恒松社長は会場に入り、わたしは車に白いバラを取りにいく。
予備で多めの切り花を持ってきておいてよかった。そう思いながら現場に戻り、バランスを見ながら白いバラを挿し込んでいった。
そして……。
「こっちのほうが断然いいねえ」
「さっきとぜんぜん違いますね」
再び現場に戻ってきた恒松社長と仕上がりを確認しながら、想像以上の出来に自分でも驚いていた。これも恒松社長のこだわりのおかげだ。
これが本物のプロというものなのか。妥協せず、もっといいものを追及しようとする姿勢は見習わなくてはならない。
冴島さんが言っていた『刺激』。業種は違ってもクリエイティブなところは共通しているから、学ぶところはたくさんあるような気がした。
するとそこへ。
「ほんとだね、このリース、すごくいいよ」
やわらかな声がして、わたしの胸が一気に高鳴った。
冴島さんだ!
王道の濃紺スーツを完璧に着こなし、今日もオーラを放っている。凛々しくて、立っているだけで絵になるから、つい見とれそうになる。
「ありがとうございます」
「調子はどう?」
透き通ったきれいな瞳に見つめられ、幸せな気持ちがあふれてくる。
「はい、順調です」
冴島さんは「それはよかった」と笑みを浮かべると、今度は恒松社長に挨拶をする。
「恒松社長、新ブランドの立ち上げ、おめでとうございます」
「ありがとう。レセプションは欠席すると言ってたけど、都合がよくなったのかい?」
「いいえ、少し時間ができたのでうちの社員の様子を見に。夜のパーティーのほうには予定通り出席いたします」
「冴島社長自ら会場チェックとは、これまた珍しいな。本当にそれだけかな?」
「ええ、たまに現場にも足を運ぶようにしてるんですよ」
「なるほど……」
冴島さんと恒松社長の会話を、わたしは少し緊張しながら聞いていた。
このツーショットをこんな間近で見られるなんて、かなりレアなんじゃないだろうか。
冴島さんもすごい人だが、恒松社長も大物だ。彼の経歴をインターネットでこっそり調べたら、数々の有名女優や一流モデルなどのブライダルジュエリーのデザイン制作、海外でのエキシビジョンの開催など、予想以上に華々しかった。
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