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6.慣れない恋人関係
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五日後の日曜日。
今日は店の定休日で、午後から冴島さんの運転で東京ベイエリアに連れてきてもらっていた。
夕べ遅くに電話がかかってきた。そのときわたしは今から寝ようとちょうどベッドに入ったところだった。
でも冴島さんは出先だったらしく、電話越しにバイクのエンジン音や車のクラクションが聞こえてきて、聞けば仕事関係の人との懇親会の帰りだという。
こんな遅くまで大変だなあと思っていたら、ふいに「明日、ドライブでもしようか」と言われ、図々しくも行き先をリクエストしてしまった。
同年代の女性がしているようなベタなデートをしたくて、人気の水族館を満喫し、それから羽田空港に立ち寄った。
ライトグレーのカジュアルなニットを着こなしている冴島さんは親近感がある。仕事のときも気さくな雰囲気をまとっているけれど、それよりも無防備だ。
わたしたちは飛び交う飛行機を展望デッキから眺めていた。
「旅行なんて、もうずっとしていません」
「どれくらい?」
「OLだった頃に行った北海道の社員旅行が最後なので、二年近くですね」
「空港に来るのもそれ以来?」
「そうなんです。飛行機に乗るのも数えるほどしかありません。冴島さんはお仕事でもよく飛行機に乗っているでしょうから、珍しくもなんともないですよね」
「そんなことないよ。いつ見ても何度見ても飛行機は格好いいなって思うよ。子どもの頃、パイロットに憧れたなあ」
冴島さんは懐かしむように遠くを見た。
轟音とともに飛行機が離陸し、それを負う瞳は少年みたいに好奇心に満ちている。
「冴島さんってパイロットに向いてそうですね」
「そう?」
「冴島さんには誰もが認める高い能力があります。でもそれだけではなくて……」
言っていいものか迷う。躊躇しているわたしに気がついた冴島さんが、「かまわないよ」と続きを促した。
「努力家なところでしょうか」
「へえ、初めて言われた」
「といっても、そういう姿を見てきたということではなくて。きっとそうなんだろうなっていう想像です」
単に一生懸命がんばっているということではない。目標を達成するために必要なことをやり続ける。じゃないと二十代であれほどまでの功績を残せない。
わたしだってそれなりに努力しているけれど、いまだに同じ場所であがいている。当初の目標とはかけ離れたところにいて、正直言うと冴島さんがうらやましくて仕方がない。
「努力家ってあまり人に言われたくない言葉だけど、たしかにそうかも。自分で言うのもなんだけど人よりも努力はしてきたかな」
「だけど冴島さんの場合、そういうのを感じさせないからすごいと思います」
「言ってること、矛盾してない? 感じないのにわかるんだ?」
「わかりますよ。努力なくしては大きな会社のトップに立てませんから」
「僕の場合は、生まれ育った環境がよかっただけだよ。絶好の手本が身近にいた」
「以前、冴島さんは親の七光りを受けて仕事をしてきたとおっしゃっていましたけど、そんな甘い世界じゃないことぐらい、わたしにだってわかります」
冴島ブランドの力を利用してきたのも事実なのだろうけれど、冴島さんにはもともと素質があったのだと思う。
「持論というか、あくまでもわたしの勝手な思い込みですが。特別のなにかを持っている人が努力をすることで天才やカリスマになるんだと思っています」
「春名さんは意外に大胆なことを言う人だね」
「ごめんなさい。やっぱり失礼ですよね。わたしったら偉そうに……」
「いや、気分を害したとかじゃないんだ。僕のこと、そんなふうに見てくれていたのかと思ったら、なんかうれしかった」
明るい日射しのなかで、冴島さんがさわやかという言葉がぴったりの笑みをこぼす。
やっぱり格好いいなあ。
つい見とれていたら、向こうもじっと見つめてくる。慌てて正面を向いたけれど、視線はずっと感じたままだった。
「最初は自由になりたいって思ったからなんだ」
突然、冴島さんが話しはじめる。わたしは意味がわからず、彼を見上げた。
「僕が冴島家を飛び出した理由」
「え?」
「大学生のときに、生まれて初めて父に反抗したんだよ。冴島物産を継ぎたくないって言ったら勘当された」
勘当のことは以前にも聞かせてもらった。あのときは詳しいことは聞かなかったけれど、お父様との間で複雑な事情を抱えていたのだけはわかった。
冴島さんは遥か遠くに目をやり、静かに続きを語った。
「僕は父が嫌いだった。小さい頃から興味を持ったものをすべて取り上げられて、代わりに家を継ぐためにいろんなことをたたき込まれた」
「それで反発を?」
「溜まりに溜まったものが爆発したんだろうね。そしたら、生活費も学費も親に出してもらってるくせに文句を言うなって説教されたんだよ。なら自立してやるって思った。自分の力を試したいっていうのもあったし」
「そして今はお父様に認められている。やっぱりすごいです、冴島さんって」
わたしが誇らしげに思うのも変だけれど、そんな人がわたしを選んでくれたのだと思ったら自信につながる。
人をうらやましがってばかりいてもはじまらない。見習うべきところを見習って、わたしもちゃんと成長していかなきゃ。
今日は店の定休日で、午後から冴島さんの運転で東京ベイエリアに連れてきてもらっていた。
夕べ遅くに電話がかかってきた。そのときわたしは今から寝ようとちょうどベッドに入ったところだった。
でも冴島さんは出先だったらしく、電話越しにバイクのエンジン音や車のクラクションが聞こえてきて、聞けば仕事関係の人との懇親会の帰りだという。
こんな遅くまで大変だなあと思っていたら、ふいに「明日、ドライブでもしようか」と言われ、図々しくも行き先をリクエストしてしまった。
同年代の女性がしているようなベタなデートをしたくて、人気の水族館を満喫し、それから羽田空港に立ち寄った。
ライトグレーのカジュアルなニットを着こなしている冴島さんは親近感がある。仕事のときも気さくな雰囲気をまとっているけれど、それよりも無防備だ。
わたしたちは飛び交う飛行機を展望デッキから眺めていた。
「旅行なんて、もうずっとしていません」
「どれくらい?」
「OLだった頃に行った北海道の社員旅行が最後なので、二年近くですね」
「空港に来るのもそれ以来?」
「そうなんです。飛行機に乗るのも数えるほどしかありません。冴島さんはお仕事でもよく飛行機に乗っているでしょうから、珍しくもなんともないですよね」
「そんなことないよ。いつ見ても何度見ても飛行機は格好いいなって思うよ。子どもの頃、パイロットに憧れたなあ」
冴島さんは懐かしむように遠くを見た。
轟音とともに飛行機が離陸し、それを負う瞳は少年みたいに好奇心に満ちている。
「冴島さんってパイロットに向いてそうですね」
「そう?」
「冴島さんには誰もが認める高い能力があります。でもそれだけではなくて……」
言っていいものか迷う。躊躇しているわたしに気がついた冴島さんが、「かまわないよ」と続きを促した。
「努力家なところでしょうか」
「へえ、初めて言われた」
「といっても、そういう姿を見てきたということではなくて。きっとそうなんだろうなっていう想像です」
単に一生懸命がんばっているということではない。目標を達成するために必要なことをやり続ける。じゃないと二十代であれほどまでの功績を残せない。
わたしだってそれなりに努力しているけれど、いまだに同じ場所であがいている。当初の目標とはかけ離れたところにいて、正直言うと冴島さんがうらやましくて仕方がない。
「努力家ってあまり人に言われたくない言葉だけど、たしかにそうかも。自分で言うのもなんだけど人よりも努力はしてきたかな」
「だけど冴島さんの場合、そういうのを感じさせないからすごいと思います」
「言ってること、矛盾してない? 感じないのにわかるんだ?」
「わかりますよ。努力なくしては大きな会社のトップに立てませんから」
「僕の場合は、生まれ育った環境がよかっただけだよ。絶好の手本が身近にいた」
「以前、冴島さんは親の七光りを受けて仕事をしてきたとおっしゃっていましたけど、そんな甘い世界じゃないことぐらい、わたしにだってわかります」
冴島ブランドの力を利用してきたのも事実なのだろうけれど、冴島さんにはもともと素質があったのだと思う。
「持論というか、あくまでもわたしの勝手な思い込みですが。特別のなにかを持っている人が努力をすることで天才やカリスマになるんだと思っています」
「春名さんは意外に大胆なことを言う人だね」
「ごめんなさい。やっぱり失礼ですよね。わたしったら偉そうに……」
「いや、気分を害したとかじゃないんだ。僕のこと、そんなふうに見てくれていたのかと思ったら、なんかうれしかった」
明るい日射しのなかで、冴島さんがさわやかという言葉がぴったりの笑みをこぼす。
やっぱり格好いいなあ。
つい見とれていたら、向こうもじっと見つめてくる。慌てて正面を向いたけれど、視線はずっと感じたままだった。
「最初は自由になりたいって思ったからなんだ」
突然、冴島さんが話しはじめる。わたしは意味がわからず、彼を見上げた。
「僕が冴島家を飛び出した理由」
「え?」
「大学生のときに、生まれて初めて父に反抗したんだよ。冴島物産を継ぎたくないって言ったら勘当された」
勘当のことは以前にも聞かせてもらった。あのときは詳しいことは聞かなかったけれど、お父様との間で複雑な事情を抱えていたのだけはわかった。
冴島さんは遥か遠くに目をやり、静かに続きを語った。
「僕は父が嫌いだった。小さい頃から興味を持ったものをすべて取り上げられて、代わりに家を継ぐためにいろんなことをたたき込まれた」
「それで反発を?」
「溜まりに溜まったものが爆発したんだろうね。そしたら、生活費も学費も親に出してもらってるくせに文句を言うなって説教されたんだよ。なら自立してやるって思った。自分の力を試したいっていうのもあったし」
「そして今はお父様に認められている。やっぱりすごいです、冴島さんって」
わたしが誇らしげに思うのも変だけれど、そんな人がわたしを選んでくれたのだと思ったら自信につながる。
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