FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

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6.慣れない恋人関係

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 週明けの火曜日。
 月曜日だった昨日は祝日だったため、昨日の午前中に予定していた冴島WESTビルのエントランスの生け込みは、今日の午後に変更になった。
 午前中は予定通り、冴島テクニカルシステムズに伺った。
 役員会議室の予約の都合で、そちらの生け込みを先に終わらせ、次に社長室へと移動する。

「社長は外出中なので、気兼ねなくどうぞ」

 社長室のドアの前で小山田さんに言われ、残念な気持ちを隠して笑顔を作る。
 けれど会えるかもしれないと期待していた分、落胆が激しい。隠しきれなかったさみしさを小山田さんに見破られてしまった。

「お身体の具合でも悪いんですか?」

 わたしよりも高い身長、さらにヒールの高いパンプスを履いているため、小山田さんが視線を合わせるように少しだけ前屈みになる。だけどわたしにしてみると、目鼻立ちの整った美しい顔が目の前にあるため妙にドキドキしてしまい、変なテンションになってしまった。

「いいえ、ぜんぜん元気です! 調子はとてもいいです!」

 無駄に元気アピールしたせいで、小山田さんが苦笑した。

「それでは終わりましたら声をかけてください」
「はい……、よろしくお願いします……」

 恥ずかしくて声が小さくなっていく。そんなわたしに小山田さんはにっこりと微笑み、秘書室に戻っていった。
 わたしも仕事モードに気持ちを切り替え、花材一式が入った台車を押して社長室に入った。

 花器は毎回変えている。前回はボルドーのダリアをメインにし、花器は渋みのあるブラウン。かなりインパクトの強いものだった。
 今回はアンティーク調のベージュの花器。頭のなかにイメージを作り、黙々と花を生けていく。

 集中しているせいか、時間が経つのはあっという間。ふと腕時計を見ると、もうすぐ一時間が経とうとしていた。
 今日はピンクのスイートピー、薄紫のトルコギキョウ、白のレースフラワーとワックスフラワーを組み合わせ、やさしい感じにしてみた。

「よし、できた」

 少し離れたところからも仕上がりを確認する。
 それから後片づけに取りかかった。忘れ物をしないのはもちろん、床や壁、調度品に葉や花粉などを残さないよう細心の注意を払う。

 すべての作業を終えると、小山田さんに作業終了を報告するため秘書室に立ち寄る。だけど、社長室を確認してもらい、ふたりで部屋を出たところで、冴島さんにばったり会った。

「社長、今ほど生け込みの作業が終了しました」

 小山田さんが事務的に報告する。

「ありがとう。春名さん、お茶でも飲んでいかない?」

 冴島さんはそう言うと、小山田さんに目配せする。彼女は会釈をしてからこの場から立ち去った。

「なかへどうぞ」

 ドアを開けて促され、遠慮するのも失礼だと思い、社長室に入った。

「おっ、随分と可愛らしい感じだね」

 冴島さんが社長室のアレンジメントを見て、穏やかな顔をする。

「今回はがらっと雰囲気を変えてみました。こういうのはお好きですか?」
「好きだよ。ピンクの花はスイートピーだよね。もう一方のはトルコギキョウだったかな?」
「はい、そうです!」
「きれいな色だね」

 一般的にどちらも広く知られている花だけれど、名前を知ってもらえているのは、やはりうれしい。

 冴島さんは背広を脱いで、ソファの背もたれに無造作にかけると腰を下ろす。わたしも向かい側に座った。

「間に合ってよかった。実は話があったんだ」
「なんでしょう?」

 世間話ということでもなさそうだ。彼の目はとても楽しそうに輝いている。

「仕事の話だよ。知り合いの店でレセプションがあるんだけど、その会場の生け込みをやってみない?」

 レセプションということは公式のイベント。随分と本格的のようだ。

「それはありがたいお話なんですが、会場はどれくらいの規模ですか?」

 あまり大きな会場だと難しい。日曜日なら店の定休日だから、塔子さんと榎本くんの三人でなんとかできなくもないけれど。

「ジュエリーショップなんだけど、お店自体は大きくないから大丈夫」
「それなら、ぜひお願いします!」
「そうくると思った。詳しいことは打ち合わせで確認してもらいたいんだけど。僕が今言える情報は、今度ジュエリーの新ブランドを発表するらしくて、そのときに新作ジュエリーをお披露目するんだって」
「うわぁ、素敵ですね」

 聞けば、関東を中心にいくつか店舗があり、レセプションは都内にある本店で開催されるらしい。そこは路面店で、店内をレセプション会場にセッティングして、お得意様や関係者を招待するそうだ。
 冴島テクニカルシステムズも会場の通信系の仕事を請け負っているらしく、聞くまでもなく信頼性の高い仕事で、さらに魅力的に感じた。

「じゃあ、春名さんのことを連絡しておくよ。あとで向こうから電話があると思うから、僕のことは抜きで進めてくれてかまわない」
「わかりました。精いっぱいやらせていただきます」

 そこへ小山田さんがアイスコーヒーを運んできてくれた。まだ外は夏の名残が残る空気。氷がカランと鳴って涼しげだ。
 冴島さんは会釈して立ち去ろうとしていた小山田さんに「ありがとう」とお礼を言うと、喉が渇いていたらしく、さっそくグラスに口をつけて勢いよくゴクゴクと飲んだ。わたしは添えてあったストローをグラスに挿してから頂いた。

「お知り合いというのは、そのジュエリーショップの社長さんですか?」
「うん、デザイナーもやってる。たまに飲みにいく仲なんだけど、もともとはうちの会社の顧客として知り合ったんだ。けっこういい男だよ」
「あっ、男性なんですね。てっきり女性かと思ってました」
「三十代独身で顔もよくて、金もまあまあ持ってる。黙っていても女性が群がってくるよ」

 類は友を呼ぶとは言うけれど。相変わらず、冴島さんのまわりにはレベルの高い人がいるんだな。
 ジュエリーデザイナーの美的センスやこだわりは相当なもののはず。期待に応えられるようがんばらないといけない。
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