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5.この想いを届けたとき
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その後、冴島さんが部屋に戻ってきて、作業を終えたコタさんたちが帰っていった。わたしも冴島さんと一緒にコタさんたちを玄関で見送った。
「やっと終わった……」
冴島さんがため息をつく。
「お疲れなんですか?」
「さすがに誕生日ケーキはないだろう? 二十八の男に向かって、歌のあとにロウソクの火を吹き消せって……。子どもかよ」
よほど照れくさかったのだろう。頭をかきながら、さっきよりも大きなため息をつく。
たしかにみんなの前でケーキのロウソクの火を消すのは、女のわたしも恥ずかしい。
「でも今日は楽しかったです。お料理もお酒もおいしくて。誘っていただいてありがとうございました」
お金を払っていないのに遠慮なく食べたり飲んだりしてしまって、図々しかったよなあと今さらながら反省する。
実は今日の誕生日パーティーは会費制とのことだった。それでパーティー後、幹事のコタさんにこっそりお金を支払おうとしたのだが、いらないと受け取ってもらえなかったのだ。
「相変わらず、いい食べっぷりだったね」
「やだ! 言わないでください! 自分でも食い意地がはってたかなって思ってたところなんです」
「嘘だよ。コタがすごく喜んでたよ。僕も楽しんでもらえたんならうれしい」
「みなさんにやさしくしていただいたおかげです」
「いつの間にか、紅葉も手なずけちゃって。かごブーケも取られちゃってちょっと残念だったな」
「また作ってきます」
冴島さんは目尻を下げて頷く。それから「お茶を淹れるよ」とキッチンに行くので、わたしもついていった。
冴島さんは戸棚から金色の茶葉の缶を取り出すと、慣れたようにティーポットに茶葉を入れて、お湯をそそいだ。
途端に甘い香りが漂いはじめる。フランスの有名な紅茶ブランドのアップルティーだ。
「フレーバーティーはよく飲まれるんですか?」
アイランドキッチンの反対側に立ち、冴島さんの手もとを見ながら尋ねる。
「これは母のお土産。普段は飲まないんだけど……。春名さんは好き?」
「はい、好きです。ティーバッグですが、たまに飲みます」
目線を上げて答えると、冴島さんと思いきり目が合った。
その眼差しは、以前この部屋で見たときと同じ真剣なもの。
この間はドキドキしてどうしていいのかわからなくなって、部屋を飛び出してしまった。
でも今のわたしは幸福な気持ちで満たされている。迷いが消えて、素直に受け止めることができる。わたしは、彼に愛されたくてたまらないんだ。
「今日、泊まってく?」
「えっ……」
ふいに投げかけられた誘惑のセリフに全身が熱くなる。
「無理にとは言わない」
でも泊まるって、つまりそういうことだよね? 男と女がひと晩一緒に過ごすということは、身体の関係を持つ可能性もあるということ。
だけどそんなつもりはなかったし、いきなり言われてもそこまでの覚悟はないというか……。展開が早すぎて、ついていけない。
「そうだよな、急ぎすぎるよな。これ飲んだら送っていくから」
「はい。泊まるのはまたの機会に」
言いながら恥ずかしくて顔から火が出そうだった。でも冴島さんばかりに言わせるわけにいかない。わたしも正直な気持ちを伝えなきゃ。
「楽しみを先に取っておくのも悪くないな」
冴島さんに愛おしそうに微笑まれ、わたしのなかの罪悪感のようなものがすっと消えていった。
それからおいしいアップルティーを頂き、冴島さんの車で自宅に送ってもらった。
冴島さんは自分が主役なのにお酒を一滴も飲んでいなかった。最初からちゃんと家まで送ってくれるつもりでいたんだ。
自宅は店から徒歩十五分ほどのところにある二階建てアパートの二階。助手席でナビをしながら、驚くほどスムーズにアパートに到着した。
マンションに連れていってもらったときも思ったが、冴島さんは車の運転が上手だ。そもそも運転は好きらしく、休日にはよく車に乗るそうだ。
「早いな、もう着いちゃった」
「楽しいと時間はあっという間に過ぎてしまいますよね」
「春名さんもそう思ってくれた?」
「もちろんです」
アパートの前に止めた車のなかで言葉を交わす。
この流れで、わたしはずっと言いたかったことを言ってみた。
「あの、なかなかタイミングが掴めなくて……。お誕生日おめでとうございます。いいパーティーでしたし、冴島さんのお友達も素敵な人ばかりで、わたしのほうがたくさんいろんなものをもらったみたいな感じです。ありがとうございました」
「こちらこそ。僕の友達と仲よくしてくれてありがとう。いきなり大勢のなかに連れ出してよかったのかなって思ってたんだけど、春名さんなら人と接するのに慣れてるから大丈夫かなって思ったんだ」
「さすがに最初は緊張しましたけど」
「でも今度はふたりで。近いうちにまた誘うよ。外で食事しよう」
「はい、ぜひ」
わたしはシートベルトを外した。
「本当は帰したくないんだけど、こればっかりは仕方ないな」
冴島さんは残念そうにつぶやく。
「お店にもいつでもいらしてください。時間があれば、一緒にお昼でも」
「そんなふうに言われたら、週に何度も通っちゃいそうだよ」
「わたしはかまいませんよ」
「でもそのうち小山田さんに怒られたりして。ご自分の立場を考えてください、はしゃぎすぎですって」
冴島さんはおどけるように言って、やさしく目を細めた。
冴島さんは、わたしに触れることは一切せず、最後まで紳士的に接してくれた。
だけど、わたしを見つめる瞳も声もとろけそうに甘くて、今のわたしはそれを受け止めるだけで精いっぱい。もっとわたしのキャパを大きくしないと、彼とつき合っていくのは大変そうだ。
お礼を言って車から降りると、玄関前で冴島さんを見送った。走り去っていく車を見ていると切ない気持ちになって、小さなため息が出た。
名残惜しくて、未練たらたらなのはわたしも同じだ。
あのとき、「泊まる」と返事をしていたら、今頃どんな夜を過ごしていたのだろう。そんなことが頭をよぎり、もうすっかり彼の虜になっている自分に驚いていた。
「やっと終わった……」
冴島さんがため息をつく。
「お疲れなんですか?」
「さすがに誕生日ケーキはないだろう? 二十八の男に向かって、歌のあとにロウソクの火を吹き消せって……。子どもかよ」
よほど照れくさかったのだろう。頭をかきながら、さっきよりも大きなため息をつく。
たしかにみんなの前でケーキのロウソクの火を消すのは、女のわたしも恥ずかしい。
「でも今日は楽しかったです。お料理もお酒もおいしくて。誘っていただいてありがとうございました」
お金を払っていないのに遠慮なく食べたり飲んだりしてしまって、図々しかったよなあと今さらながら反省する。
実は今日の誕生日パーティーは会費制とのことだった。それでパーティー後、幹事のコタさんにこっそりお金を支払おうとしたのだが、いらないと受け取ってもらえなかったのだ。
「相変わらず、いい食べっぷりだったね」
「やだ! 言わないでください! 自分でも食い意地がはってたかなって思ってたところなんです」
「嘘だよ。コタがすごく喜んでたよ。僕も楽しんでもらえたんならうれしい」
「みなさんにやさしくしていただいたおかげです」
「いつの間にか、紅葉も手なずけちゃって。かごブーケも取られちゃってちょっと残念だったな」
「また作ってきます」
冴島さんは目尻を下げて頷く。それから「お茶を淹れるよ」とキッチンに行くので、わたしもついていった。
冴島さんは戸棚から金色の茶葉の缶を取り出すと、慣れたようにティーポットに茶葉を入れて、お湯をそそいだ。
途端に甘い香りが漂いはじめる。フランスの有名な紅茶ブランドのアップルティーだ。
「フレーバーティーはよく飲まれるんですか?」
アイランドキッチンの反対側に立ち、冴島さんの手もとを見ながら尋ねる。
「これは母のお土産。普段は飲まないんだけど……。春名さんは好き?」
「はい、好きです。ティーバッグですが、たまに飲みます」
目線を上げて答えると、冴島さんと思いきり目が合った。
その眼差しは、以前この部屋で見たときと同じ真剣なもの。
この間はドキドキしてどうしていいのかわからなくなって、部屋を飛び出してしまった。
でも今のわたしは幸福な気持ちで満たされている。迷いが消えて、素直に受け止めることができる。わたしは、彼に愛されたくてたまらないんだ。
「今日、泊まってく?」
「えっ……」
ふいに投げかけられた誘惑のセリフに全身が熱くなる。
「無理にとは言わない」
でも泊まるって、つまりそういうことだよね? 男と女がひと晩一緒に過ごすということは、身体の関係を持つ可能性もあるということ。
だけどそんなつもりはなかったし、いきなり言われてもそこまでの覚悟はないというか……。展開が早すぎて、ついていけない。
「そうだよな、急ぎすぎるよな。これ飲んだら送っていくから」
「はい。泊まるのはまたの機会に」
言いながら恥ずかしくて顔から火が出そうだった。でも冴島さんばかりに言わせるわけにいかない。わたしも正直な気持ちを伝えなきゃ。
「楽しみを先に取っておくのも悪くないな」
冴島さんに愛おしそうに微笑まれ、わたしのなかの罪悪感のようなものがすっと消えていった。
それからおいしいアップルティーを頂き、冴島さんの車で自宅に送ってもらった。
冴島さんは自分が主役なのにお酒を一滴も飲んでいなかった。最初からちゃんと家まで送ってくれるつもりでいたんだ。
自宅は店から徒歩十五分ほどのところにある二階建てアパートの二階。助手席でナビをしながら、驚くほどスムーズにアパートに到着した。
マンションに連れていってもらったときも思ったが、冴島さんは車の運転が上手だ。そもそも運転は好きらしく、休日にはよく車に乗るそうだ。
「早いな、もう着いちゃった」
「楽しいと時間はあっという間に過ぎてしまいますよね」
「春名さんもそう思ってくれた?」
「もちろんです」
アパートの前に止めた車のなかで言葉を交わす。
この流れで、わたしはずっと言いたかったことを言ってみた。
「あの、なかなかタイミングが掴めなくて……。お誕生日おめでとうございます。いいパーティーでしたし、冴島さんのお友達も素敵な人ばかりで、わたしのほうがたくさんいろんなものをもらったみたいな感じです。ありがとうございました」
「こちらこそ。僕の友達と仲よくしてくれてありがとう。いきなり大勢のなかに連れ出してよかったのかなって思ってたんだけど、春名さんなら人と接するのに慣れてるから大丈夫かなって思ったんだ」
「さすがに最初は緊張しましたけど」
「でも今度はふたりで。近いうちにまた誘うよ。外で食事しよう」
「はい、ぜひ」
わたしはシートベルトを外した。
「本当は帰したくないんだけど、こればっかりは仕方ないな」
冴島さんは残念そうにつぶやく。
「お店にもいつでもいらしてください。時間があれば、一緒にお昼でも」
「そんなふうに言われたら、週に何度も通っちゃいそうだよ」
「わたしはかまいませんよ」
「でもそのうち小山田さんに怒られたりして。ご自分の立場を考えてください、はしゃぎすぎですって」
冴島さんはおどけるように言って、やさしく目を細めた。
冴島さんは、わたしに触れることは一切せず、最後まで紳士的に接してくれた。
だけど、わたしを見つめる瞳も声もとろけそうに甘くて、今のわたしはそれを受け止めるだけで精いっぱい。もっとわたしのキャパを大きくしないと、彼とつき合っていくのは大変そうだ。
お礼を言って車から降りると、玄関前で冴島さんを見送った。走り去っていく車を見ていると切ない気持ちになって、小さなため息が出た。
名残惜しくて、未練たらたらなのはわたしも同じだ。
あのとき、「泊まる」と返事をしていたら、今頃どんな夜を過ごしていたのだろう。そんなことが頭をよぎり、もうすっかり彼の虜になっている自分に驚いていた。
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