FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

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5.この想いを届けたとき

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 マンションの部屋におじゃますると、すでにたくさんの人が集まっていて、賑やかだった。
 総勢三十名くらいだろうか。華やかな人たちばかりで、みんな楽しそうに笑顔を見せていた。

 リビングがまるで高級ホテルのレストランのように一変していた。大きなテーブルの上にはビュッフェ形式に料理が並べられている。
 お酒の種類も豊富だ。シャンパン、ワイン、ウィスキーのほかにビールサーバーもある。磨かれたグラスが輝いていた。
 窓の向こうのインナーバルコニーにもテーブルと椅子のセットが置かれ、まるで映画やドラマのワンシーンみたいに、一組の男女がリラックスした様子でグラスを傾けていた。

 やっぱりわたしは場違いだ。みんな大人の余裕があって、社交的で、遊び慣れているように見える。
 わかっていたことだけれど萎縮してしまう。このなかに入っていくのは勇気がいった。

「僕のこと、『冴島社長』って呼ぶのはナシね」
「え?」
「できればこれからも」
「でも……」
「無理なら今日だけでもいいよ。おいおいってことで」

 言われてみれば、今日のようなプライベート感満載のときは社長と呼ぶのはおかしいかもしれない。それに本人が社長と呼ばれたくないのなら、これからも呼ばないようにしたほうがいいよね。

「わかりました。これからは“冴島さん”と呼ばせていただきますね」

 冴島さんはわたしが作ってきたかごブーケをソファの前にあるローテーブルに置いてくれた。
 そのあと飲み物と料理を取ってきてくれるというので、言われた通り、ソファに腰かけて待っていた。

「お待たせ。ちょうどシャンパンがいい感じに冷えてたよ」

 グラスを受け取って、恐る恐る口をつける。

「おいしい」
「よかった」

 でもレストランで頼むとボトルでいくらするのだろうと、つい貧乏くさいことを考えてしまう。
 だってシャンパンなんて、友達の披露宴でしか飲んだことがない。外でお酒を飲む機会もすっかり減り、おしゃれなバーやレストランなんて、ここ数年行っていない。

「料理も遠慮なく食べて。これ、コタのところで作ったものなんだ」
「この間の洋食屋さんの方ですか?」
「そう。洋食屋はデリバリーはやってないけど、別事業でパーティーなんかのケータリングはやってるんだよ」
「別事業? すごいですね」
「コタはなかなかのやり手なんだよ。店をやりながら別事業を立ち上げて、ちゃんと軌道に乗せている」

 実家を継いだだけじゃなくて事業の幅も広げているんだ。さすが冴島さんのお友達だ。

「あとでコタを紹介するよ。あいつ、今忙しそうだから」

 視線の先には、コタさんとおぼしき人がアイランドキッチンでお肉を焼いている。彼の隣には紅葉さんも立っていた。
 料理はホームパーティーの域を超えて本格的だった。テリーヌ、ローストビーフ、色とりどりのカクテルサラダなど、普段あまり口にしないものばかり。おいしくて、つい食べることに夢中になってしまった。

「お料理もすごくおいしいです!」
「春名さんって食べるの好きだよね」
「前にも似たようなこと言われました」
「あれ、そうだっけ?」

 冴島さんは笑いながら首を傾げる。

「わざとらしいですよ」
「だから違うんだって。変な意味じゃなくて、いつもおいしそうに食べてくれるから気持ちいいんだよ」
「はい、食べるのは唯一の楽しみみたいなものですから。母も料理上手ですし」

 開き直って答える。
 どうせ今さら隠したって無意味だ。わたしが食欲旺盛なのはすでにバレているのだから。

「春名さんは料理しないの?」
「お恥ずかしいんですが、ほとんどしません。家事のほとんどは母がやってくれていて、甘えっぱなしです」
「お母さんって、いつもお店にいる塔子さんっていう人だよね?」

 冴島さんが自信なさげに尋ねてくる。

「そうなんです。すみません、ちゃんと紹介していなかったですよね」

 今のこの曖昧な関係で紹介するのは変じゃないだろうかと思い、躊躇していた。そんな状況で、自分の母親なのに「塔子さん」と呼んでいるのだから、不思議がられるのはしょうがないと思う。

「いいよ。でも近いうちに紹介してもらいたいな、交際相手として」

 冴島さんはきれいな顔で微笑んだ。
 好意があるようなことをこう何度も言われてしまうと、だんだん慣れてくるものらしい。戸惑いながらも受け流していると、冴島さんが言った。

「それって了承したと思っていいのかな」

 ストレートに言われてしまうと、どう答えていいのかわからない。答えを出すのはどうしても勇気がいる。
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