17 / 62
4.思いもよらない告白に
017
しおりを挟む
「違うんです、春名さん。僕は──」
「なにが違うんだよ? 彼女を騙そうとしたくせに」
「それは違う! 僕は本気で……」
「往生際が悪いな。僕は君に会うのは今日で二度目なんだけど、一度目のときを覚えてる?」
苦々しい顔をした樫村さんとは真逆で、冴島社長は口角がピッと上がり、清々しい笑顔だった。
こんなときなのになんだか楽しそう。冴島社長は勝ち誇ったように話を続けた。
「僕が初めてこの店に花を買いにきた日、君はこの近くで電話をしていたんだ。聞くつもりはなかったんだけど、勝手に耳に入ってきたものでね。相手は出版社の人間だよな? 内容から察するに、おそらく平栗さんの取材の件」
樫村さんはバツの悪そうな顔をするが、観念したのか、遠慮なく悔しさをあらわにした。
「取材?」
わたしは冴島社長に尋ねる。
「そう。春名さんと平栗さんが家族ぐるみのつき合いだから、それを利用して彼に取り入って取材を申し込もうとしたんだ」
「ああ、それで……」
ようやく事態を飲み込むことができた。
だけど信じられない。本当にそういう理由でこの店に通っていたの?
そしてそれと同時にひとつの疑問が浮かぶ。冴島社長はやけに平栗さんのことに詳しい。家族ぐるみのつき合いがあることなど、どうしてそんなことまで知っているのだろう。商店街でたまたま耳にしたのだろうか。
「平栗さんのことを春名さんに口添えをしてもらいたかったんだよな?」
冴島社長が樫村さんに確認するように尋ねると、樫村さんが耐えかねたようにすっと下を向く。その様子を見て図星なのだとわかった。
衝撃的な事実にめまいを覚えた。
「僕も半信半疑だったんだけど。平栗さんが大の取材嫌いだと知って確信した。君があの日の電話で、『いざとなったら春名さんに頼んでみる』と言っていた意味がようやくわかったんだよ。だけどその矢先、いきなりこんな状況になるとはね」
バラの花束を渡して告白という展開になるとは、さすがの冴島社長も予想していなかったようだ。
「色恋を利用するなんて、君は最低だよ。春名さんに本当のことを話して口添えを頼んだほうがまだましだったと思うよ」
最悪だ。いい人だと思っていたのに。
まさか樫村さんがそういう理由で花を買っていたなんて、こんな悲しいことはない。
平栗さんの取材嫌いは、この辺りでは有名な話だ。十年近く前に一度テレビ取材を受けたことがあったのだけれど、それ以来断るようになったそうだ。
「樫村さん、わたしが口添えしても、平栗さんは取材を受けないと思いますよ。過去にテレビ取材を受けて散々な目に遭ってますから」
「……散々な目に?」
樫村さんが恐る恐る尋ねてくる。
「はい。インタビューの答えにダメ出しされて撮り直しを強要されかけたそうです。あと、取材クルーの方がテレビに映るのを嫌がる昔なじみのお客様を追いまわしたらしいんです」
そのことを平栗さんが抗議すると、実際の放送ではお客様へのインタビューはカットされていたが、代わりにテレビ局側が用意した偽の客のインタビューになっていた。
ほかにも工房のお弟子さんを叱りつけるシーンがほしいと言い出してきて、断ると、直接お弟子さんたちにマイクを向け、平栗さんに叱られたエピソードを無理やり聞き出そうとしていたそうだ。
わたしは当時、父からその裏話を聞き、テレビ制作のやらせは本当にあるのだと思ったものだった。
「結果的に、最初に聞いていた趣旨からどんどんはずれた内容になっていったそうです。不信感しか残らなくなった平栗さんが素っ気なくなったのは言うまでもありません」
昔、番組を見た父が憤っていた。あれでは平栗さんが単なる気難しい頑固職人のように映って、視聴者が誤解しかねないと。
平栗さん自身、とても穏やかで謙虚な人。家族はもちろん、お弟子さんも大切にしている。そのことは商店街の人たちみんなも知っている。
「わたしは当時高校生で、その番組を見ましたけど。平栗さん自身のこともそうなんですが、革製品の素晴らしさや平栗さんの熱意も伝わってこなくて、なんだか残念だなって思ってました」
平栗さんのこだわりは、機能性、使い勝手のよさ、何年も使い続けることのできる丈夫さ。そして個性や奇抜さより、生活になじむようなシンプルさを追求している。
だけどそういったことは一切宣伝しない。そういうのはクチコミでおのずと広まる。また、知らずに買ってくれた人が使用して初めて商品のよさに気づき、買ってよかったと思ってもらえたらうれしいという考えだ。
作り手の思いのこもったものだけれど、そういったものを押しつけたいんじゃなくて、革製品そのものをもっと見て知って触れてほしい。そして気に入ってくれたなら長く愛用してほしい。それだけでいいのだ。
わたしだってそうだ。
わたしの陰の苦労なんてどうでもいい。考え抜いたこだわりに気づいてもらえなくたってかまわない。
花卉《かき》農家の人たちが育ててくださった花々をきれいだなと愛《め》で、寿命まで大切にしてもらえたら、わたしの花屋としての役割を果たせたような気がするのだ。
わたしはきっぱり言った。
「わたしは樫村さんの力にはなれません」
「春名さん、僕は──」
「なにが違うんだよ? 彼女を騙そうとしたくせに」
「それは違う! 僕は本気で……」
「往生際が悪いな。僕は君に会うのは今日で二度目なんだけど、一度目のときを覚えてる?」
苦々しい顔をした樫村さんとは真逆で、冴島社長は口角がピッと上がり、清々しい笑顔だった。
こんなときなのになんだか楽しそう。冴島社長は勝ち誇ったように話を続けた。
「僕が初めてこの店に花を買いにきた日、君はこの近くで電話をしていたんだ。聞くつもりはなかったんだけど、勝手に耳に入ってきたものでね。相手は出版社の人間だよな? 内容から察するに、おそらく平栗さんの取材の件」
樫村さんはバツの悪そうな顔をするが、観念したのか、遠慮なく悔しさをあらわにした。
「取材?」
わたしは冴島社長に尋ねる。
「そう。春名さんと平栗さんが家族ぐるみのつき合いだから、それを利用して彼に取り入って取材を申し込もうとしたんだ」
「ああ、それで……」
ようやく事態を飲み込むことができた。
だけど信じられない。本当にそういう理由でこの店に通っていたの?
そしてそれと同時にひとつの疑問が浮かぶ。冴島社長はやけに平栗さんのことに詳しい。家族ぐるみのつき合いがあることなど、どうしてそんなことまで知っているのだろう。商店街でたまたま耳にしたのだろうか。
「平栗さんのことを春名さんに口添えをしてもらいたかったんだよな?」
冴島社長が樫村さんに確認するように尋ねると、樫村さんが耐えかねたようにすっと下を向く。その様子を見て図星なのだとわかった。
衝撃的な事実にめまいを覚えた。
「僕も半信半疑だったんだけど。平栗さんが大の取材嫌いだと知って確信した。君があの日の電話で、『いざとなったら春名さんに頼んでみる』と言っていた意味がようやくわかったんだよ。だけどその矢先、いきなりこんな状況になるとはね」
バラの花束を渡して告白という展開になるとは、さすがの冴島社長も予想していなかったようだ。
「色恋を利用するなんて、君は最低だよ。春名さんに本当のことを話して口添えを頼んだほうがまだましだったと思うよ」
最悪だ。いい人だと思っていたのに。
まさか樫村さんがそういう理由で花を買っていたなんて、こんな悲しいことはない。
平栗さんの取材嫌いは、この辺りでは有名な話だ。十年近く前に一度テレビ取材を受けたことがあったのだけれど、それ以来断るようになったそうだ。
「樫村さん、わたしが口添えしても、平栗さんは取材を受けないと思いますよ。過去にテレビ取材を受けて散々な目に遭ってますから」
「……散々な目に?」
樫村さんが恐る恐る尋ねてくる。
「はい。インタビューの答えにダメ出しされて撮り直しを強要されかけたそうです。あと、取材クルーの方がテレビに映るのを嫌がる昔なじみのお客様を追いまわしたらしいんです」
そのことを平栗さんが抗議すると、実際の放送ではお客様へのインタビューはカットされていたが、代わりにテレビ局側が用意した偽の客のインタビューになっていた。
ほかにも工房のお弟子さんを叱りつけるシーンがほしいと言い出してきて、断ると、直接お弟子さんたちにマイクを向け、平栗さんに叱られたエピソードを無理やり聞き出そうとしていたそうだ。
わたしは当時、父からその裏話を聞き、テレビ制作のやらせは本当にあるのだと思ったものだった。
「結果的に、最初に聞いていた趣旨からどんどんはずれた内容になっていったそうです。不信感しか残らなくなった平栗さんが素っ気なくなったのは言うまでもありません」
昔、番組を見た父が憤っていた。あれでは平栗さんが単なる気難しい頑固職人のように映って、視聴者が誤解しかねないと。
平栗さん自身、とても穏やかで謙虚な人。家族はもちろん、お弟子さんも大切にしている。そのことは商店街の人たちみんなも知っている。
「わたしは当時高校生で、その番組を見ましたけど。平栗さん自身のこともそうなんですが、革製品の素晴らしさや平栗さんの熱意も伝わってこなくて、なんだか残念だなって思ってました」
平栗さんのこだわりは、機能性、使い勝手のよさ、何年も使い続けることのできる丈夫さ。そして個性や奇抜さより、生活になじむようなシンプルさを追求している。
だけどそういったことは一切宣伝しない。そういうのはクチコミでおのずと広まる。また、知らずに買ってくれた人が使用して初めて商品のよさに気づき、買ってよかったと思ってもらえたらうれしいという考えだ。
作り手の思いのこもったものだけれど、そういったものを押しつけたいんじゃなくて、革製品そのものをもっと見て知って触れてほしい。そして気に入ってくれたなら長く愛用してほしい。それだけでいいのだ。
わたしだってそうだ。
わたしの陰の苦労なんてどうでもいい。考え抜いたこだわりに気づいてもらえなくたってかまわない。
花卉《かき》農家の人たちが育ててくださった花々をきれいだなと愛《め》で、寿命まで大切にしてもらえたら、わたしの花屋としての役割を果たせたような気がするのだ。
わたしはきっぱり言った。
「わたしは樫村さんの力にはなれません」
「春名さん、僕は──」
0
お気に入りに追加
378
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
あやかし花屋の花売り少女
あーもんど
キャラ文芸
町外れの寂れた商店街にはある一つの妖しい花屋がある。
客は何故か皆異形の姿をし、変な言葉遣いをする者が多い。
そんな花屋の女店主である少女は今日もまたあやかしに花を売る。
※一話1000~2000字程度
※本当はもっとたくさん話を書く筈だったのですが、アイディアが尽きたため一旦完結扱いとさせて頂きます。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

FLORAL《番外編》『敏腕社長の結婚宣言』
さとう涼
恋愛
『FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主』の番外編です。
本編の続きとなり、いくつかのエピソードで構成されています。
咲都、冴島などのキャラそれぞれの視点で時系列に話が進んでいきます。
甘め&溺愛系のエピソードもご用意しました。糖度はあくまでも当社比です…。
☆『FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主』
第14回恋愛小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございました。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる