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4.思いもよらない告白に
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「違うんです、春名さん。僕は──」
「なにが違うんだよ? 彼女を騙そうとしたくせに」
「それは違う! 僕は本気で……」
「往生際が悪いな。僕は君に会うのは今日で二度目なんだけど、一度目のときを覚えてる?」
苦々しい顔をした樫村さんとは真逆で、冴島社長は口角がピッと上がり、清々しい笑顔だった。
こんなときなのになんだか楽しそう。冴島社長は勝ち誇ったように話を続けた。
「僕が初めてこの店に花を買いにきた日、君はこの近くで電話をしていたんだ。聞くつもりはなかったんだけど、勝手に耳に入ってきたものでね。相手は出版社の人間だよな? 内容から察するに、おそらく平栗さんの取材の件」
樫村さんはバツの悪そうな顔をするが、観念したのか、遠慮なく悔しさをあらわにした。
「取材?」
わたしは冴島社長に尋ねる。
「そう。春名さんと平栗さんが家族ぐるみのつき合いだから、それを利用して彼に取り入って取材を申し込もうとしたんだ」
「ああ、それで……」
ようやく事態を飲み込むことができた。
だけど信じられない。本当にそういう理由でこの店に通っていたの?
そしてそれと同時にひとつの疑問が浮かぶ。冴島社長はやけに平栗さんのことに詳しい。家族ぐるみのつき合いがあることなど、どうしてそんなことまで知っているのだろう。商店街でたまたま耳にしたのだろうか。
「平栗さんのことを春名さんに口添えをしてもらいたかったんだよな?」
冴島社長が樫村さんに確認するように尋ねると、樫村さんが耐えかねたようにすっと下を向く。その様子を見て図星なのだとわかった。
衝撃的な事実にめまいを覚えた。
「僕も半信半疑だったんだけど。平栗さんが大の取材嫌いだと知って確信した。君があの日の電話で、『いざとなったら春名さんに頼んでみる』と言っていた意味がようやくわかったんだよ。だけどその矢先、いきなりこんな状況になるとはね」
バラの花束を渡して告白という展開になるとは、さすがの冴島社長も予想していなかったようだ。
「色恋を利用するなんて、君は最低だよ。春名さんに本当のことを話して口添えを頼んだほうがまだましだったと思うよ」
最悪だ。いい人だと思っていたのに。
まさか樫村さんがそういう理由で花を買っていたなんて、こんな悲しいことはない。
平栗さんの取材嫌いは、この辺りでは有名な話だ。十年近く前に一度テレビ取材を受けたことがあったのだけれど、それ以来断るようになったそうだ。
「樫村さん、わたしが口添えしても、平栗さんは取材を受けないと思いますよ。過去にテレビ取材を受けて散々な目に遭ってますから」
「……散々な目に?」
樫村さんが恐る恐る尋ねてくる。
「はい。インタビューの答えにダメ出しされて撮り直しを強要されかけたそうです。あと、取材クルーの方がテレビに映るのを嫌がる昔なじみのお客様を追いまわしたらしいんです」
そのことを平栗さんが抗議すると、実際の放送ではお客様へのインタビューはカットされていたが、代わりにテレビ局側が用意した偽の客のインタビューになっていた。
ほかにも工房のお弟子さんを叱りつけるシーンがほしいと言い出してきて、断ると、直接お弟子さんたちにマイクを向け、平栗さんに叱られたエピソードを無理やり聞き出そうとしていたそうだ。
わたしは当時、父からその裏話を聞き、テレビ制作のやらせは本当にあるのだと思ったものだった。
「結果的に、最初に聞いていた趣旨からどんどんはずれた内容になっていったそうです。不信感しか残らなくなった平栗さんが素っ気なくなったのは言うまでもありません」
昔、番組を見た父が憤っていた。あれでは平栗さんが単なる気難しい頑固職人のように映って、視聴者が誤解しかねないと。
平栗さん自身、とても穏やかで謙虚な人。家族はもちろん、お弟子さんも大切にしている。そのことは商店街の人たちみんなも知っている。
「わたしは当時高校生で、その番組を見ましたけど。平栗さん自身のこともそうなんですが、革製品の素晴らしさや平栗さんの熱意も伝わってこなくて、なんだか残念だなって思ってました」
平栗さんのこだわりは、機能性、使い勝手のよさ、何年も使い続けることのできる丈夫さ。そして個性や奇抜さより、生活になじむようなシンプルさを追求している。
だけどそういったことは一切宣伝しない。そういうのはクチコミでおのずと広まる。また、知らずに買ってくれた人が使用して初めて商品のよさに気づき、買ってよかったと思ってもらえたらうれしいという考えだ。
作り手の思いのこもったものだけれど、そういったものを押しつけたいんじゃなくて、革製品そのものをもっと見て知って触れてほしい。そして気に入ってくれたなら長く愛用してほしい。それだけでいいのだ。
わたしだってそうだ。
わたしの陰の苦労なんてどうでもいい。考え抜いたこだわりに気づいてもらえなくたってかまわない。
花卉《かき》農家の人たちが育ててくださった花々をきれいだなと愛《め》で、寿命まで大切にしてもらえたら、わたしの花屋としての役割を果たせたような気がするのだ。
わたしはきっぱり言った。
「わたしは樫村さんの力にはなれません」
「春名さん、僕は──」
「なにが違うんだよ? 彼女を騙そうとしたくせに」
「それは違う! 僕は本気で……」
「往生際が悪いな。僕は君に会うのは今日で二度目なんだけど、一度目のときを覚えてる?」
苦々しい顔をした樫村さんとは真逆で、冴島社長は口角がピッと上がり、清々しい笑顔だった。
こんなときなのになんだか楽しそう。冴島社長は勝ち誇ったように話を続けた。
「僕が初めてこの店に花を買いにきた日、君はこの近くで電話をしていたんだ。聞くつもりはなかったんだけど、勝手に耳に入ってきたものでね。相手は出版社の人間だよな? 内容から察するに、おそらく平栗さんの取材の件」
樫村さんはバツの悪そうな顔をするが、観念したのか、遠慮なく悔しさをあらわにした。
「取材?」
わたしは冴島社長に尋ねる。
「そう。春名さんと平栗さんが家族ぐるみのつき合いだから、それを利用して彼に取り入って取材を申し込もうとしたんだ」
「ああ、それで……」
ようやく事態を飲み込むことができた。
だけど信じられない。本当にそういう理由でこの店に通っていたの?
そしてそれと同時にひとつの疑問が浮かぶ。冴島社長はやけに平栗さんのことに詳しい。家族ぐるみのつき合いがあることなど、どうしてそんなことまで知っているのだろう。商店街でたまたま耳にしたのだろうか。
「平栗さんのことを春名さんに口添えをしてもらいたかったんだよな?」
冴島社長が樫村さんに確認するように尋ねると、樫村さんが耐えかねたようにすっと下を向く。その様子を見て図星なのだとわかった。
衝撃的な事実にめまいを覚えた。
「僕も半信半疑だったんだけど。平栗さんが大の取材嫌いだと知って確信した。君があの日の電話で、『いざとなったら春名さんに頼んでみる』と言っていた意味がようやくわかったんだよ。だけどその矢先、いきなりこんな状況になるとはね」
バラの花束を渡して告白という展開になるとは、さすがの冴島社長も予想していなかったようだ。
「色恋を利用するなんて、君は最低だよ。春名さんに本当のことを話して口添えを頼んだほうがまだましだったと思うよ」
最悪だ。いい人だと思っていたのに。
まさか樫村さんがそういう理由で花を買っていたなんて、こんな悲しいことはない。
平栗さんの取材嫌いは、この辺りでは有名な話だ。十年近く前に一度テレビ取材を受けたことがあったのだけれど、それ以来断るようになったそうだ。
「樫村さん、わたしが口添えしても、平栗さんは取材を受けないと思いますよ。過去にテレビ取材を受けて散々な目に遭ってますから」
「……散々な目に?」
樫村さんが恐る恐る尋ねてくる。
「はい。インタビューの答えにダメ出しされて撮り直しを強要されかけたそうです。あと、取材クルーの方がテレビに映るのを嫌がる昔なじみのお客様を追いまわしたらしいんです」
そのことを平栗さんが抗議すると、実際の放送ではお客様へのインタビューはカットされていたが、代わりにテレビ局側が用意した偽の客のインタビューになっていた。
ほかにも工房のお弟子さんを叱りつけるシーンがほしいと言い出してきて、断ると、直接お弟子さんたちにマイクを向け、平栗さんに叱られたエピソードを無理やり聞き出そうとしていたそうだ。
わたしは当時、父からその裏話を聞き、テレビ制作のやらせは本当にあるのだと思ったものだった。
「結果的に、最初に聞いていた趣旨からどんどんはずれた内容になっていったそうです。不信感しか残らなくなった平栗さんが素っ気なくなったのは言うまでもありません」
昔、番組を見た父が憤っていた。あれでは平栗さんが単なる気難しい頑固職人のように映って、視聴者が誤解しかねないと。
平栗さん自身、とても穏やかで謙虚な人。家族はもちろん、お弟子さんも大切にしている。そのことは商店街の人たちみんなも知っている。
「わたしは当時高校生で、その番組を見ましたけど。平栗さん自身のこともそうなんですが、革製品の素晴らしさや平栗さんの熱意も伝わってこなくて、なんだか残念だなって思ってました」
平栗さんのこだわりは、機能性、使い勝手のよさ、何年も使い続けることのできる丈夫さ。そして個性や奇抜さより、生活になじむようなシンプルさを追求している。
だけどそういったことは一切宣伝しない。そういうのはクチコミでおのずと広まる。また、知らずに買ってくれた人が使用して初めて商品のよさに気づき、買ってよかったと思ってもらえたらうれしいという考えだ。
作り手の思いのこもったものだけれど、そういったものを押しつけたいんじゃなくて、革製品そのものをもっと見て知って触れてほしい。そして気に入ってくれたなら長く愛用してほしい。それだけでいいのだ。
わたしだってそうだ。
わたしの陰の苦労なんてどうでもいい。考え抜いたこだわりに気づいてもらえなくたってかまわない。
花卉《かき》農家の人たちが育ててくださった花々をきれいだなと愛《め》で、寿命まで大切にしてもらえたら、わたしの花屋としての役割を果たせたような気がするのだ。
わたしはきっぱり言った。
「わたしは樫村さんの力にはなれません」
「春名さん、僕は──」
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