FLORAL-敏腕社長が可愛がるのは路地裏の花屋の店主-

さとう涼

文字の大きさ
上 下
16 / 62
4.思いもよらない告白に

016

しおりを挟む
「こんばんは」

 ドアが開く音とともに声がして、見ると白のワイシャツにグレーのネクタイ姿の冴島社長がいた。
 わたしがすがるような目をしていたからなのかもしれない。冴島社長はわたしに向かって大丈夫だよというふうに頷くと、樫村さんの手もとにあるバラの花束を見て、彼に鋭い目を向けた。

「じゃましちゃったかと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたいだな」

 冴島社長の声に樫村さんがドアのほうを振り返る。冴島社長はにやりと笑みを浮かべると、威圧的に言い放った。

「悪いけど彼女をあきらめてくれないか?」
「いきなりなにを言うのかと思ったら……。初対面の相手に随分と失礼じゃないか!?」

 樫村さんが憤る。

「男として当然のことを言ったまでだよ。僕のほうが先に彼女を口説いていたんだから」
「僕は三ヶ月以上も前から彼女のことを……」
「好きなら、なぜそれを自覚したときに行動を起こさないんだよ? 躊躇しているうちにほかの男に取られるって思わなかった? まあ、その前に君じゃどっちみちだめだけどね」
「君になにがわかるんだよ?」
「彼女の反応を見て気づきなよ。怖がってるんだけど」

 樫村さんが再びこちらを振り返る。わたしは取り繕うこともできなくて、思わず目を逸らしてしまった。
 その瞬間ばさりと音がして、視界の端にバラの花束を持つ樫村さんの腕が力なくぶら下がるのが見えた。

「ごめん、怖がらせるつもりはぜんぜんなかったんだ。ただ、この三ヶ月間、このお店に通い続けて、嫌われているふうではなかったから期待してしまったのかもしれません」

 樫村さんが申し訳なさそうに言うのを聞きながら、そんなつもりはなかったけれど、思わせぶりな態度を取っていたのだろうかと考えていた。
 ふとレジカウンターに置いてあるホオズキが目に留まり、そういえば前にも一度サービスでおまけの花をつけたことがあったのを思い出した。それ以外にも軽く世間話をしたり、鉢物の水やりや手入れの仕方の相談にものったりした。
 でもそれらはほかのお客様にもしていることで、決して樫村さんを特別扱いしたわけではない。

「店側が客に親切にするのはあたり前だろう。それを自分に好意があると勘違いしてしつこく迫るなんて、ストーカーの一歩手前だって」
「そんな言い方しないでください」

 さすがにストーカーはないだろう。慌てて冴島社長を制止する。
 だけどそんなことは無意味だった。樫村さんが語気を強めて言った。

「見ず知らずのあなたにストーカー呼ばわりされるなんて心外です。僕のことをどうこう言う前に、ご自分はどうなんですか?」

 意外にも樫村さんも負けていなかった。温厚な性格だと思いきや、なかなか迫力のあるもの言いをする。

「どうって……。僕は君とは違うよ」
「なにが違うんですか? あなただって春名さん狙いでここに来たんですよね?」

 冴島社長がハッとしたように目を見開いた。けれどすぐにポーカーフェイスに戻り、こちらに歩み寄ってきた。

「もちろん、春名さん狙いだよ。でも……」

 冴島社長が歩きながらそう言いかけて、いったん言葉を止めた。そして三人が顔を見合わせる位置に立つ。さっきよりも近い距離にひやひやしていると、冴島社長は話の続きをする。

「僕がこの店に来るのは、純粋に彼女に惹かれているからだ」
「それは僕だって同じです」
「そうかな? 君の目的はほかにあるんじゃないの?」
「意味がわからないのですが」
「平栗勲《いさお》さんが目的なんだろう?」

 平栗さん?
 どうしてここで彼の名前が出てくるのだろう。話の脈絡がまったく見えない。

「……なんのことやら。僕にはさっぱりわかりませんが」
「ここまで言ってるのに、まだとぼける気かよ? いい加減、認めなって。平栗さんとコンタクトを取るために、彼が可愛がっている春名さんに近づいたって」

 突然の展開に頭がついていかない。
 平栗さんに近づくため? わたしは騙されていたの? でもどうして?
 次々に疑問が浮かんだ。
 たしかに平栗さんは有名な革製品職人だ。そんな平栗さんと親しくさせてもらっているのも事実。
 だけど、わたしが間に入る必要性がわからない。平栗さんに興味があるのなら直接お店に行けばいいのに……。

「樫村さん、どういうことですか? さっきのも全部嘘……?」

 目的はわからないけれど、好きでもない相手をデートに誘うなんて。どうしてそこまでしないとだめなの?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ
恋愛
番(つがい)の物語。 ※短編集となります。時代背景や国が違うこともあります。 ※定期的に番(つがい)の話を書きたくなるのですが、 どうしても溺愛ハッピーエンドにはならないことが多いです。

ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました

蓮恭
恋愛
 恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。  そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。  しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎  杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?   【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜

葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在 一緒にいるのに 言えない言葉 すれ違い、通り過ぎる二人の想いは いつか重なるのだろうか… 心に秘めた想いを いつか伝えてもいいのだろうか… 遠回りする幼馴染二人の恋の行方は? 幼い頃からいつも一緒にいた 幼馴染の朱里と瑛。 瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、 朱里を遠ざけようとする。 そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて… ・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・ 栗田 朱里(21歳)… 大学生 桐生 瑛(21歳)… 大学生 桐生ホールディングス 御曹司

あなたが居なくなった後

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの専業主婦。 まだ生後1か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。 朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。 乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。 会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願う宏樹。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……。

処理中です...