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4.思いもよらない告白に
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「こんばんは」
ドアが開く音とともに声がして、見ると白のワイシャツにグレーのネクタイ姿の冴島社長がいた。
わたしがすがるような目をしていたからなのかもしれない。冴島社長はわたしに向かって大丈夫だよというふうに頷くと、樫村さんの手もとにあるバラの花束を見て、彼に鋭い目を向けた。
「じゃましちゃったかと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたいだな」
冴島社長の声に樫村さんがドアのほうを振り返る。冴島社長はにやりと笑みを浮かべると、威圧的に言い放った。
「悪いけど彼女をあきらめてくれないか?」
「いきなりなにを言うのかと思ったら……。初対面の相手に随分と失礼じゃないか!?」
樫村さんが憤る。
「男として当然のことを言ったまでだよ。僕のほうが先に彼女を口説いていたんだから」
「僕は三ヶ月以上も前から彼女のことを……」
「好きなら、なぜそれを自覚したときに行動を起こさないんだよ? 躊躇しているうちにほかの男に取られるって思わなかった? まあ、その前に君じゃどっちみちだめだけどね」
「君になにがわかるんだよ?」
「彼女の反応を見て気づきなよ。怖がってるんだけど」
樫村さんが再びこちらを振り返る。わたしは取り繕うこともできなくて、思わず目を逸らしてしまった。
その瞬間ばさりと音がして、視界の端にバラの花束を持つ樫村さんの腕が力なくぶら下がるのが見えた。
「ごめん、怖がらせるつもりはぜんぜんなかったんだ。ただ、この三ヶ月間、このお店に通い続けて、嫌われているふうではなかったから期待してしまったのかもしれません」
樫村さんが申し訳なさそうに言うのを聞きながら、そんなつもりはなかったけれど、思わせぶりな態度を取っていたのだろうかと考えていた。
ふとレジカウンターに置いてあるホオズキが目に留まり、そういえば前にも一度サービスでおまけの花をつけたことがあったのを思い出した。それ以外にも軽く世間話をしたり、鉢物の水やりや手入れの仕方の相談にものったりした。
でもそれらはほかのお客様にもしていることで、決して樫村さんを特別扱いしたわけではない。
「店側が客に親切にするのはあたり前だろう。それを自分に好意があると勘違いしてしつこく迫るなんて、ストーカーの一歩手前だって」
「そんな言い方しないでください」
さすがにストーカーはないだろう。慌てて冴島社長を制止する。
だけどそんなことは無意味だった。樫村さんが語気を強めて言った。
「見ず知らずのあなたにストーカー呼ばわりされるなんて心外です。僕のことをどうこう言う前に、ご自分はどうなんですか?」
意外にも樫村さんも負けていなかった。温厚な性格だと思いきや、なかなか迫力のあるもの言いをする。
「どうって……。僕は君とは違うよ」
「なにが違うんですか? あなただって春名さん狙いでここに来たんですよね?」
冴島社長がハッとしたように目を見開いた。けれどすぐにポーカーフェイスに戻り、こちらに歩み寄ってきた。
「もちろん、春名さん狙いだよ。でも……」
冴島社長が歩きながらそう言いかけて、いったん言葉を止めた。そして三人が顔を見合わせる位置に立つ。さっきよりも近い距離にひやひやしていると、冴島社長は話の続きをする。
「僕がこの店に来るのは、純粋に彼女に惹かれているからだ」
「それは僕だって同じです」
「そうかな? 君の目的はほかにあるんじゃないの?」
「意味がわからないのですが」
「平栗勲《いさお》さんが目的なんだろう?」
平栗さん?
どうしてここで彼の名前が出てくるのだろう。話の脈絡がまったく見えない。
「……なんのことやら。僕にはさっぱりわかりませんが」
「ここまで言ってるのに、まだとぼける気かよ? いい加減、認めなって。平栗さんとコンタクトを取るために、彼が可愛がっている春名さんに近づいたって」
突然の展開に頭がついていかない。
平栗さんに近づくため? わたしは騙されていたの? でもどうして?
次々に疑問が浮かんだ。
たしかに平栗さんは有名な革製品職人だ。そんな平栗さんと親しくさせてもらっているのも事実。
だけど、わたしが間に入る必要性がわからない。平栗さんに興味があるのなら直接お店に行けばいいのに……。
「樫村さん、どういうことですか? さっきのも全部嘘……?」
目的はわからないけれど、好きでもない相手をデートに誘うなんて。どうしてそこまでしないとだめなの?
ドアが開く音とともに声がして、見ると白のワイシャツにグレーのネクタイ姿の冴島社長がいた。
わたしがすがるような目をしていたからなのかもしれない。冴島社長はわたしに向かって大丈夫だよというふうに頷くと、樫村さんの手もとにあるバラの花束を見て、彼に鋭い目を向けた。
「じゃましちゃったかと思ったけど、どうやらそうでもなかったみたいだな」
冴島社長の声に樫村さんがドアのほうを振り返る。冴島社長はにやりと笑みを浮かべると、威圧的に言い放った。
「悪いけど彼女をあきらめてくれないか?」
「いきなりなにを言うのかと思ったら……。初対面の相手に随分と失礼じゃないか!?」
樫村さんが憤る。
「男として当然のことを言ったまでだよ。僕のほうが先に彼女を口説いていたんだから」
「僕は三ヶ月以上も前から彼女のことを……」
「好きなら、なぜそれを自覚したときに行動を起こさないんだよ? 躊躇しているうちにほかの男に取られるって思わなかった? まあ、その前に君じゃどっちみちだめだけどね」
「君になにがわかるんだよ?」
「彼女の反応を見て気づきなよ。怖がってるんだけど」
樫村さんが再びこちらを振り返る。わたしは取り繕うこともできなくて、思わず目を逸らしてしまった。
その瞬間ばさりと音がして、視界の端にバラの花束を持つ樫村さんの腕が力なくぶら下がるのが見えた。
「ごめん、怖がらせるつもりはぜんぜんなかったんだ。ただ、この三ヶ月間、このお店に通い続けて、嫌われているふうではなかったから期待してしまったのかもしれません」
樫村さんが申し訳なさそうに言うのを聞きながら、そんなつもりはなかったけれど、思わせぶりな態度を取っていたのだろうかと考えていた。
ふとレジカウンターに置いてあるホオズキが目に留まり、そういえば前にも一度サービスでおまけの花をつけたことがあったのを思い出した。それ以外にも軽く世間話をしたり、鉢物の水やりや手入れの仕方の相談にものったりした。
でもそれらはほかのお客様にもしていることで、決して樫村さんを特別扱いしたわけではない。
「店側が客に親切にするのはあたり前だろう。それを自分に好意があると勘違いしてしつこく迫るなんて、ストーカーの一歩手前だって」
「そんな言い方しないでください」
さすがにストーカーはないだろう。慌てて冴島社長を制止する。
だけどそんなことは無意味だった。樫村さんが語気を強めて言った。
「見ず知らずのあなたにストーカー呼ばわりされるなんて心外です。僕のことをどうこう言う前に、ご自分はどうなんですか?」
意外にも樫村さんも負けていなかった。温厚な性格だと思いきや、なかなか迫力のあるもの言いをする。
「どうって……。僕は君とは違うよ」
「なにが違うんですか? あなただって春名さん狙いでここに来たんですよね?」
冴島社長がハッとしたように目を見開いた。けれどすぐにポーカーフェイスに戻り、こちらに歩み寄ってきた。
「もちろん、春名さん狙いだよ。でも……」
冴島社長が歩きながらそう言いかけて、いったん言葉を止めた。そして三人が顔を見合わせる位置に立つ。さっきよりも近い距離にひやひやしていると、冴島社長は話の続きをする。
「僕がこの店に来るのは、純粋に彼女に惹かれているからだ」
「それは僕だって同じです」
「そうかな? 君の目的はほかにあるんじゃないの?」
「意味がわからないのですが」
「平栗勲《いさお》さんが目的なんだろう?」
平栗さん?
どうしてここで彼の名前が出てくるのだろう。話の脈絡がまったく見えない。
「……なんのことやら。僕にはさっぱりわかりませんが」
「ここまで言ってるのに、まだとぼける気かよ? いい加減、認めなって。平栗さんとコンタクトを取るために、彼が可愛がっている春名さんに近づいたって」
突然の展開に頭がついていかない。
平栗さんに近づくため? わたしは騙されていたの? でもどうして?
次々に疑問が浮かんだ。
たしかに平栗さんは有名な革製品職人だ。そんな平栗さんと親しくさせてもらっているのも事実。
だけど、わたしが間に入る必要性がわからない。平栗さんに興味があるのなら直接お店に行けばいいのに……。
「樫村さん、どういうことですか? さっきのも全部嘘……?」
目的はわからないけれど、好きでもない相手をデートに誘うなんて。どうしてそこまでしないとだめなの?
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