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4.思いもよらない告白に
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火曜日の午前中。社長室の生け込みに伺ったら、冴島社長は外出中で、昨日に引き続き、今日も会うことはなかった。
「本日の作業、すべて終わりました」
予定通りに作業を終え、秘書室にいる小山田さんに報告すると、彼女が社長室を確認しに行く。
するとドアを開けるなり、「うわぁ」と感嘆の声をもらした。
「一気に秋らしくなりましたね」
「メインはボルドーのダリアです。花器も渋みのあるブラウンにして、落ち着いた感じに仕上げました」
小山田さんは社長室に入ると、「きれいですね」と感慨深げに言った。
「花って前は興味がなかったんですが、もらうとうれしいものですね」
「どなたからかプレゼントされたんですか?」
「ええ、夫から」
「素敵な旦那さん。ご結婚されていたんですね」
よく見ると薬指に指輪がある。先週会ったときは緊張していて、そこまで目がいかなかった。
「先月、一年目の結婚記念日だったんです。花をプレゼントされたのなんて初めてでしたし、サプライズするような人でもないので、その分余計に感動してしまって……」
小山田さんの、見とれるほどきれいな横顔の頬に赤みがさしていた。
幸せそうだな。
こういう顔を見てしまうと、うらやましいなと思う。こんな感情は久しぶりだ。
おかしいな。大切な人へのプレゼントだとおっしゃって花を買っていかれるお客様をこれまでもたくさん見てきたのに。どうして今になって、こんなふうに思うのだろう。
そして、その日の閉店間際。午後七時にさしかかろうとしている頃だった。
早番の塔子さんは先にあがり、榎本くんは閉店作業に取りかかっていた。わたしは本日最後のお客様である常連の樫村さんの対応をしている。
深紅のバラを束ね、ラッピングしてリボンを巻く。
今日の樫村さんは少し気合が入っているような気がする。樫村さんがバラの花を選ぶのは初めてだ。
記念日のプレゼント? それともまさかのプロポーズ?
手を動かしながらなにげに視線を上げると、樫村さんが緊張気味にわたしの手もとを見つめていた。
バラのラッピングを終えると、それを樫村さんにお渡しする。それからレジカウンターのうしろに置いてある小さい花器からオレンジ色の実をつけたホオズキを数本手に取った。
「これ、サービスです。いつも買っていただいているので」
「ホオズキなんて懐かしいなあ」
「花瓶に入れて、毎日お水を換えてください。一週間はもつと思います」
「ありがとう。飾らせてもらうよ」
樫村さんはうれしそうに言ってくれた。さっきまでのピリピリした緊張感が薄れ、いつもの朗らかさが戻ったようだった。
喜んでもらえてよかった。
十日ぶりぐらいの来店だった。仕事もお忙しいだろうに、また来ていただけて本当にありがたい。
そんなことを考えながらホオズキを包装紙に包んでいると、ふいにレジカウンターに名刺を置かれた。
「扇《おうぎ》出版さん?」
「はい、僕の勤め先です」
扇出版といえば、誰もが一度は聞いたことのある老舗の出版社だ。
「樫村さん、出版社さんで雑誌編集のお仕事をされているんですね。すごいなあ。やっぱりお忙しいんですか?」
「そうですね。ライターもしているので毎日締め切りに追われてる感じです。だから花を飾って癒やされたいなと思って」
「それでうちの店に来てくださるんですか?」
「ええ、まあ」
素敵なパートナーの方に買っていかれるのかと思っていた。それが自分のためだったなんて。あまりにも意外でぽかんとしてしまった。
「あの、春名さん」
「は、はい」
樫村さんが改まるように姿勢を正すので、わたしもピンと背筋を伸ばした。
「たぶんもう気づいているかと思うんですが、春名さんのことを前からいいなと思っていました。今度ふたりで食事に行きませんか?」
そう言った樫村さんは、ついさっきお渡ししたバラの花束を差し出してきた。
「えっ、わたしに!?」
こんなふうにお客様から好意を示されるのは初めてだった。うれしいというより戸惑いのほうがはるかに大きい。
以前、樫村さんのことで榎本くんにからかわれたことがあったけれど。まさか現実になるとは思ってもみなかった。
「お気持ちはありがたいんですが、お食事はちょっと……。すみません」
どうしよう。樫村さんのことをどうしても恋愛対象として見ることができない。数ヶ月前からうちの店に通ってくれていたのに、一度も胸がときめいたことがないのだ。
「いきなり誘ってしまったんで驚かれたと思います。なので、今すぐおつき合いしてほしいとは言いません。何度かデートして、それで判断してくださってかまいません」
思ったよりも積極的にこられて、彼の顔を直視できない。
樫村さんはきっといい人なのだろうけれど、まっすぐに気持ちをぶつけられると少し怖い。せっかく好意を抱いてもらっているのに。わたしは今、ここから逃げ出したくてたまらない。
「だめですか?」
「……ごめんなさい」
「やっぱり、つき合っている人がいらっしゃるんですか?」
「いいえ、いませんが」
「それなら、ぜひお願いします!」
再びバラの花束を差し出され、ついに頭まで下げられた。
さっきまで店内にいた榎本くんの姿が見えない。
もしかして気を使っているつもりなの?
「困ります、頭を上げてください」
レジカウンター越しだから、まだなんとか耐えられるけれど、それ以上近づかれたら……。
そのときだった。
「本日の作業、すべて終わりました」
予定通りに作業を終え、秘書室にいる小山田さんに報告すると、彼女が社長室を確認しに行く。
するとドアを開けるなり、「うわぁ」と感嘆の声をもらした。
「一気に秋らしくなりましたね」
「メインはボルドーのダリアです。花器も渋みのあるブラウンにして、落ち着いた感じに仕上げました」
小山田さんは社長室に入ると、「きれいですね」と感慨深げに言った。
「花って前は興味がなかったんですが、もらうとうれしいものですね」
「どなたからかプレゼントされたんですか?」
「ええ、夫から」
「素敵な旦那さん。ご結婚されていたんですね」
よく見ると薬指に指輪がある。先週会ったときは緊張していて、そこまで目がいかなかった。
「先月、一年目の結婚記念日だったんです。花をプレゼントされたのなんて初めてでしたし、サプライズするような人でもないので、その分余計に感動してしまって……」
小山田さんの、見とれるほどきれいな横顔の頬に赤みがさしていた。
幸せそうだな。
こういう顔を見てしまうと、うらやましいなと思う。こんな感情は久しぶりだ。
おかしいな。大切な人へのプレゼントだとおっしゃって花を買っていかれるお客様をこれまでもたくさん見てきたのに。どうして今になって、こんなふうに思うのだろう。
そして、その日の閉店間際。午後七時にさしかかろうとしている頃だった。
早番の塔子さんは先にあがり、榎本くんは閉店作業に取りかかっていた。わたしは本日最後のお客様である常連の樫村さんの対応をしている。
深紅のバラを束ね、ラッピングしてリボンを巻く。
今日の樫村さんは少し気合が入っているような気がする。樫村さんがバラの花を選ぶのは初めてだ。
記念日のプレゼント? それともまさかのプロポーズ?
手を動かしながらなにげに視線を上げると、樫村さんが緊張気味にわたしの手もとを見つめていた。
バラのラッピングを終えると、それを樫村さんにお渡しする。それからレジカウンターのうしろに置いてある小さい花器からオレンジ色の実をつけたホオズキを数本手に取った。
「これ、サービスです。いつも買っていただいているので」
「ホオズキなんて懐かしいなあ」
「花瓶に入れて、毎日お水を換えてください。一週間はもつと思います」
「ありがとう。飾らせてもらうよ」
樫村さんはうれしそうに言ってくれた。さっきまでのピリピリした緊張感が薄れ、いつもの朗らかさが戻ったようだった。
喜んでもらえてよかった。
十日ぶりぐらいの来店だった。仕事もお忙しいだろうに、また来ていただけて本当にありがたい。
そんなことを考えながらホオズキを包装紙に包んでいると、ふいにレジカウンターに名刺を置かれた。
「扇《おうぎ》出版さん?」
「はい、僕の勤め先です」
扇出版といえば、誰もが一度は聞いたことのある老舗の出版社だ。
「樫村さん、出版社さんで雑誌編集のお仕事をされているんですね。すごいなあ。やっぱりお忙しいんですか?」
「そうですね。ライターもしているので毎日締め切りに追われてる感じです。だから花を飾って癒やされたいなと思って」
「それでうちの店に来てくださるんですか?」
「ええ、まあ」
素敵なパートナーの方に買っていかれるのかと思っていた。それが自分のためだったなんて。あまりにも意外でぽかんとしてしまった。
「あの、春名さん」
「は、はい」
樫村さんが改まるように姿勢を正すので、わたしもピンと背筋を伸ばした。
「たぶんもう気づいているかと思うんですが、春名さんのことを前からいいなと思っていました。今度ふたりで食事に行きませんか?」
そう言った樫村さんは、ついさっきお渡ししたバラの花束を差し出してきた。
「えっ、わたしに!?」
こんなふうにお客様から好意を示されるのは初めてだった。うれしいというより戸惑いのほうがはるかに大きい。
以前、樫村さんのことで榎本くんにからかわれたことがあったけれど。まさか現実になるとは思ってもみなかった。
「お気持ちはありがたいんですが、お食事はちょっと……。すみません」
どうしよう。樫村さんのことをどうしても恋愛対象として見ることができない。数ヶ月前からうちの店に通ってくれていたのに、一度も胸がときめいたことがないのだ。
「いきなり誘ってしまったんで驚かれたと思います。なので、今すぐおつき合いしてほしいとは言いません。何度かデートして、それで判断してくださってかまいません」
思ったよりも積極的にこられて、彼の顔を直視できない。
樫村さんはきっといい人なのだろうけれど、まっすぐに気持ちをぶつけられると少し怖い。せっかく好意を抱いてもらっているのに。わたしは今、ここから逃げ出したくてたまらない。
「だめですか?」
「……ごめんなさい」
「やっぱり、つき合っている人がいらっしゃるんですか?」
「いいえ、いませんが」
「それなら、ぜひお願いします!」
再びバラの花束を差し出され、ついに頭まで下げられた。
さっきまで店内にいた榎本くんの姿が見えない。
もしかして気を使っているつもりなの?
「困ります、頭を上げてください」
レジカウンター越しだから、まだなんとか耐えられるけれど、それ以上近づかれたら……。
そのときだった。
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